Noche tierna
帰りの車の中、シャンクスは随分と御機嫌なようだった。
リカルドは静かに煙草を咥えたまま、運転していた。
時折蹴ってくるシャンクスの足癖の悪さに、その度にリカルドが眉根を寄せていた。
ヤツが"大事"と言ったものは、本当に大事にしているものだと気付いたのは、高校の頃だった。
当時ヤツが大事にしていたのは、最初のカノジョに貰ったという銀のスネーク・チェーンのブレスレットだった。
ソレを取り上げたハイスクールの上級生には、後でリカルドと二人で、ヤキを入れに行ったことを思い出した。
そういえば、アレの後。あの上級生の姿を見なくなってたな。
ひょい、とシートの間からシャンクスが顔を出し。リカルドに、
「もー蹴らない」
とにこお、と笑っていた。ミラーでヤツが眉を寄せていたのが見えたらしい。
丹精な顔立ちのせいもあるのだろう、リカルドの表情は雄弁だ。
それでも。その表情に怯まないガールズは多い。
シャンクスもそのクチだな。
仕事柄、クソ度胸があるのも知っている。
「リカァルド、次も乗せてナ?」
にこお、とシャンクスが笑顔を見せ。リカルドがひょい、と肩を竦めた。
「蹴らなきゃな」
「うん、大事にしてるってこと、忘れないからさ」
シャンクスが滅多に見せない笑みを浮かべた。
謝罪込みってか。珍しいな。
相当気に入ったらしい、リカルドのことを。
ミラー越し、眼差しを合わせてき、にぃ、と笑った。に、と笑みを返す。
リカルドは、結構面倒見がいい。
先ほど会ったトーニも、ヤツを慕っていたクチだ。
"男殺し"も実はウソじゃ無いかもな。
車は滞りなくアパートメントの前に到着した。
ゲストパーキングが空いていると、オーナから携帯電話にメールを貰っていたのでそこへ入れさせた。
リカルドは、いまは省電力モードで動いている。
実は相当草臥れているらしい。随分と静かになっていた。
表情もあまり動かなくなっている。
部屋に戻り、「先に風呂入って寝ちまえ」と言えば。
「いやシャワーでいい」
とほぼ棒読みで言ってきた。
シャンクスも、すい、とリカルドを見上げていた。
「シャワーもメインバスの方がキモチいいよ、」
「浴びれればそれだけでも」
「ん、場所わかるよね?」
「あー」
「連れてってやろう、来いよ」
「や。示してくれれば」
そう言ったリカルドのセリフは無視されているのか。
シャンクスがすい、と背中を押して、さっさと連れていっていた。
「タオルも出してやれよ」
言えば、
「はーぁい」
機嫌のいい返事が返ってきた。
予備のコンフォータや枕を用意している間に、シャンクスが戻ってきた。
"いいコ"に徹しているらしい、"まだ"。
「タダイマ」
とさん、と背中に寄りかかってきたシャンクスに、オカエリと返事をする。
「"おねむ"だね、」
「あぁ」
くくっと笑っているシャンクスの頭を撫でる。
「かァわいいねェ、なんか」
「表情が"寝させろー"って訴えてるだろう」
「ウン、すっげカワイイ」
ふわふわに柔らかな笑みを上らせているシャンクスの目許に口付けを落とす。
「そういうあンたもカワイイ」
目を細めたシャンクスが、
「服脱ぎながら半分寝てたよ、」
と言ってきた。
「昔から器用なヤツではあった」
そしてソコも、慕われる所以。
言い寄ってきたオトコを何人地面に沈めたかは―――本人の名誉のために黙っておこう。
少なくとも、ソレを誇りに思っているようなヤツではないので。
「自慢してンな…?」
すい、と顎に手を添えてきたシャンクスを見下ろす。
「自慢し甲斐があるヤツだからな」
さらりと前髪を耳の横に掻き分けてやる。
翠目がキラキラとルームライトを弾いていた。
「"おれ"は……?」
甘い声が訊く。
「オレがこんなに長く、褒めもできないようなニンゲンと付き合ってると思うか?」
に、と口端を引き上げる。
さらりと耳朶を指先で撫でる。ふわ、とした産毛が指の腹に心地よい。
シャンクスが僅かに口端で笑った。
「愛してるよ」
囁いて。トン、と唇にキスを落とす。
シャンクスがゆっくりと一度瞬きをした。
なんだよ、驚いたのか?
くくっと笑う。
そのままくしゃりと髪を撫でる。
ドア一枚隔てた向こうで、扉が開く音と閉まる音が聴こえた。
ペタペタとウッドのフロアを濡れた足が歩く音。
「―――挨拶してきていい?」
がちゃ、と扉が開いて、髪がまだ濡れたままのリカルドが覗いた。
「いまは忙しいと思うぞ」
部屋の隅に置きっぱなしだったかばんの中を漁り。歯ブラシを取り出したリカルドが、無言で戻っていった。
す、と振り向こうとしていたシャンクスに、ほらな、と言う。
ああ、と思い出す。
歯ブラシ中のリカルドも、"カァワイイ"と評判よかったっけな。
特に眠たげなリカルドは、"絶品"らしい。
「なぁ?なぁ、ベン?」
「邪魔しないで覗いてこい」
する、と腕を放してやる。
ぱ、と喜色満面になったシャンクスは、尻尾がピンと立った御機嫌猫だ。
この調子だと、さっき誘っていたのも嘘のように忘れていそうだ。
なぜか枕を取り、するするとバスへ向ったシャンクスの背中を見て、仕事でもするか、と思う。
シャンクスのことだ、一緒に寝たいと言い出すだろう。
…ああ、それならいっそのこと。
静かに眠れるようにベッドに寝かせちまおうか。
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