ざぁ、と。
フェイスボウルに水が勢い良く流れている音がして。ドアの間から覗きこんだなら。
もうすっかりタブは閉められていて、クロームのカップに水が入れられていた。

鏡に、すっげえ「カワイイ」ものが映ってた。
眠りかけの子犬だとか、猫。ああいった連中がする半目。
顔立ちがなまじ綺麗に整ってるから余計にカワイイじゃねぇの。
歯ブラシ咥えて、眠そうーに。

アーミーだかマリーンだかの訓練生じみたカッコがまたイイね。
ヴェトナム物を撮るなら即オーディション受かるよ、オマエ。ちらっと意識が泳いで。
ぶくぶく、って擬音を付けたくなるような具合に。ひょい、と身体を折って歯磨き粉を漱いでた。

ハーレーに乗ってたって言ったけ。見たかったかもなぁ、腰の線とか絶品じゃん。
ふ、と動きが止まって。
フェイスタオルを長い腕がカウンタートップから取っていっていた。
あ、カオ洗うんだ。
ぽん、と持ってきていた枕を軽くバウンスさせる。
そして、タオル越しに眠そうな目がこっちを向いた。
「リカァルド、良く眠れそう」
「…眠い」
「んー、じゃあこれ」
「アリガトウ」

半分以上眠ってる声に笑いを押さえる。
ぽん、と腕の中に枕を抱かせて、また背中を軽く押し遣った。
「カウチでいいわけー?」
「いい」
裸足で歩く音までかぁわいいっての。
「ベッド明け渡すよ?」
「いい」
「そ?」
ぼう、っとしてるみたいだから、おれがドアを開けた。

見れば、ロウテーブルはもう退かせてあって。
薄手のコンフォータをちょうどカウチに置いたベンがわらってこっちを見た。
ん?そんなに珍しいことおれしたか?
枕を抱いたまま、カウチに進んでいきそのまま横になると「おねむ」さんは一度枕に顔を埋めて。背もたれの方にカオを向けると。
「おやすみ」
それだけを言って、ぴくりとも動かなくなった。

唐突に、思い出した。
むかぁしむかし、まだおれが一桁前半だったころの。お気に入りの「共演者」。
でかい、ジャーマンシェパードの「カイザー」。出番の前はトレーナが何と言おうと必ず気に入りのドッグベッドまで歩いて行き。
とさり、と横になってすぐに寝付いていたこと。
ライトに背を向けててね。おれが呼んだら、尻尾だけはたはた、と振ってくれた。

―――かぁわいいなあ。
かわいい、ぜったいかわいい、構う、そう言おうとベンを見上げたなら。
リカルドの背中を指差し。
「リカルドのパンツ引き下ろし禁止」
釘を差された。先手打たれちまったよ。
「えええええ」
抗議。リカルドの眠り込んだ背中をおれも指差す。
「しーっ。あと。キスは本人の了解を得てから」
「えええええええ!」
たかだか挨拶じゃねぇかよー。
「ベーン!」

すう、とコイビトが長い指を唇の前に持っていき。
さらり、と眠り込んだリカルドにコンフォータを掛けてやっていた。
「オヤスミの挨拶じゃねぇの、それくらいー」
声を落として抗議する。
「"それくらい"でも本人に訊け。礼儀礼節は大事だぞ」
「ほっぺた?」
「アウト」
「ええええ」
ほら、電気消すぞ。そう言われて。
「まだおれおやすみって言ってナイ」
言い募ってみた。
「小さな声で言え」
「ん。」
思わず、見上げて笑いかけた。

カウチの肘掛の側から覗き込んでみれば、完全に眠り込んでいるリカルドがいた。
す、っと切り取ったような端正なラインの頬から頤へのカーブをみつめた。
「起こすなよ」
静かな声が届いた。
「オヤスミ、」
ゆっくりとカオを近づけて告げる。
キス禁止ならば。寸止めって手があるし。そんな間合いはいくらでも。目瞑ってたって出来るし。

静かな寝息が枕に吸い込まれていってる。あぁ、オツカレサマだもんなぁ。
付き合ってくれてアリガトな?お遊びに。
触れるギリギリ、そうっと言葉に乗せた。
「オヤスミ、いい夢を」
誘惑だなァ、やっぱりキスしたい。
「ぜったい、許可取るからな」
囁き声に混ぜて、唇を浮かせた。

振り向き、ジェスチュア。
『せめて触ってイイ?』
返事は。
コイビトは肩を竦めて。
「そっとな。寝起きのヤツは危険だぞ」
かなり寛容なお許しがでた。
眠っている猫に触れるよりそぅっと。
まだ少し水分を含んでいる髪に触れて。それから額に指を滑らせた。
「おやすみー」
起きる気配は無しだった。フフン。アタリマエだ。
「ダイスキだぞー、覚えとけよぅ?」
睡眠学習か?ハハハハ。

音を立てないようにカウチから離れて。
「消していいよ」
もうリビングのドアのところにいたベンに言った。
まっくら。
窓からの月明かりだけだ。
廊下からの灯かりでシルエットになっているヤツの方へ戻って。
「触った」
自慢した。
ほら、もう行くぞと言われたけどね。

ドアを静かに閉める。
「よかったな」
頭を撫でられた。
「ウン、まあな」
さら、と降りてきた前髪の隙間から見上げる。
「いま、おれが葛藤してるのワカル?」
その手首を掴まえた。
「ふぅん?」
うん、と返事してから捕まえた手首の内側に唇で触れた。
「あっちで寝たいし、」
ふわりと和らいだ眼差しで見下ろされているのを感じる。
瞳を上げずに、もういちど今度は掌に口付けた。

「オマエはいまから何するの」
「ひとまず風呂には入ろうかと考えていたんだがな」
「ウン?」
すこしずらされた指先が、唇を辿ってきた。
それを、ちらりと舌先で追った。少しばかり。
「口直しするか?」
低い声が落とし込まれる。
「じゃァ一緒に行くかな、」
瞳を跳ね上げた。
「一緒に入るか?」
「んんー?」
ふわ、と甘い、柔らかな笑みがまた落とされて。
する、と腕を回した。
腰を抱き寄せられて、またいっそう胸が重なる。

「朝さ、」
見上げた。
「ん?」
「美味そうなカオにさせといて」
とん、と額にキスが落とされて。
くく、とわらっちまった。




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