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 日差しの暑さに、資料を纏めてベッドサイドに置いた。
 寝ながら煙草は吸わない主義だが、ベッドルームで禁煙しているかというとそうでもない。
 座って1本でも吸おうか、と思ったときに。ずいぶんとふんわりとした風情を帯びたコイビトが戻ってきていた。
 濡れたままの髪、濡れたままの身体。
 落ちる雫を羽織っただけのローブに吸い込ませている。
 すう、と翠の双眸が合わされる。
 口端がゆっくりと引きあがっていく―――ふン、あンた何を考えていた?
 
 「こっち来い、その頭拭いてやろう」
 ひょい、と手招きする。
 く、とシャンクスが首を傾けていた。ぽた、と雫がフローリングの床に落ちる。
 「ぼたぼた鬱陶しくないか?」
 この気温だから風邪をひくとは到底思えないが。
 「タオル取りに戻るの面倒、」
 柔らかい声に苦笑する。
 「最初から首に巻いて来い」
 軽口。
 「"Booooo"」
 「ブーイングされてもなァ、」
 苦笑して、片手を広げる。
 
 する、と近寄ってきた濡れ猫を見詰める。く、と翠が細まり、きらりと金の光を弾いていた。
 笑いかける。
 「代わりにキスでも?」
 "コイビト"の甲斐性。
 「髪が乾くまで……?」
 甘い声が返されて笑う。
 「いくら天気が良くても、30分キスばっかりしている気などないぞ」
 「身体も濡れてる、シンパイない」
 くくっと笑ったシャンクスに片手を差し出す。
 「折角キレイな髪が痛むぞ」
 
 する、とシャンクスが頬で手に触れてきた―――猫の仕種。
 冷たい雫が手指を伝う。
 するりと身体が落ちてくるのを受け止める。
 「言うの忘れてた、オハヨウ、」
 ふわ、と微笑んだコイビトの頬に口付ける。
 「オハヨウ。もう昼だぞ」
 「ゆうべ、ちょっと遊びすぎた、」
 くう、と唇を吊り上げたコイビトの濡れた髪を梳く。
 「そういや、この時間帯に会うのは久しぶりだな」
 目の横に口付けを落とす。
 一瞬落ちる瞼。
 その仕種がうっとりとリラックスしている猫のようで、なかなか気に入っている。
 
 「―――ん、寝るときオマエいて驚いたよ、朝」
 小さく柔らかい声に、そうっと頬を撫でる。
 「インタビュウが早めに終わったんだ。一応コールはしたんだが、あンた出なかったしな」
 「何時?とか聞かないヨ、」
 囁き声、健全な明るさに似合わない艶を帯びたソレ。
 「答えるのも無駄だな」
 頬に唇で触れ、耳朶にそうっと口付ける。
 ふう、と甘くなる、風情が。
 勝気な猫が、懐いた表情を見せる一瞬。
 
 「ああ、そういや。オレの親友なんてモンにあンた興味あるか?」
 指先が背中を滑っていくのを感じながら訊いたならば、すい、と眼差しを合わせられた。
 「―――さぁ…?」
 「今度ここに呼ぶつもりでいるんだが、あンた、どうする?」
 濡れた赤い髪を後ろに撫で付けながら、目許に落ちた雫を吸い上げる。
 「行く当てなら腐るほどあるし…。気にしないでイイよ」
 自分がそいつを気に食わなけりゃいなくなるまで、と続けたコイビトに頷く。それはそうだろう。
 けどまあ、妙な自信を持って言わせて貰えれば。
 「気に入らない訳がないと思うがな、」
 それだけを言って、そうっと唇を合わせる。
 
 柔らかく啄ばんで、ふんわりと綻んだそこに舌を差し入れる。
 緩く絡ませて、からかうように少し奥に逃げた舌先を掬い上げて、吸い上げる。
 強弱を付けて、甘やかすように口付けを深めてから。鳴り出したコール音にそうっとそれを解いた。
 「……?」
 「噂をすれば、ってヤツだな」
 ゆら、と揺れた翠に笑いかけて、ベッドサイドの電話に手を伸ばす。
 こんこん、と受話器を指で叩いて笑いかける。
 「声、聴いてみろ。イイ声してるぞ」
 とん、と肩に額を預けてきた恋人に告げてから、受話器を引き上げた。
 
 『―――あ、やっと捕まった』
 ビンゴ。
 く、と見上げてきた翠に、軽く片目を瞑ってから目を離す。
 「リカルド・クァスラ!!」
 やっと捕まえたのはこっちだ。
 
 笑って返せば、その意味を聞き取ったのだろう。
 親友が、今どこにいるのか訊いてきた。笑いを滲ませた声で。
 シャンクスも小さく笑っている。
 ああ、あンた、興味出てきたな―――?
 「サバナ」
 『サバナ?―――ニュー・オーリーンズか!』
 なんでそこにいるんだ、という口調のリカルドの声の後に。
 キゲンのいいシャンクスが、通るか通らないかの瀬戸際に落とした甘い声で、サヴィーナ、サヴェーナ、サヴァーナ、と
 歌うように言った。
 『この間までオマエ、ハバナにいるって言ってなかったか?』
 言ったさ。
 「それは先月の話だろうが」
 笑って返している最中に、イタズラ猫が首筋を食んできた。やんわりと。
 僅かに高揚しているのか、翠に金を滲ませ、きらきらと輝かせている。
 
 リカルドがこう返してきたってことは。会うことに前向きだってことだな?
 「で、なんだ?オマエとうとう決めたのか?」
 オレとツラを何年ぶりかに付き合わせることに。
 『決めた。オマエが今、サバナにいるってのなら』
 「はン?」
 途中で言葉を切った親友を促す。
 ついでに手を伸ばして、煙草を取り出し。ライタで火を点ける。
 ニコチンの味。
 
 やんわりと腕が回され、体重が乗っかってくる。
 あンた、まンま天邪鬼な猫だぞ。
 かつかつ、と受話器を整えられた爪で弾いていた。
 ふわりと浮かべられた笑顔に、くく、と喉奥で笑う。
 やっぱり気に入ったか。
 
 『新しい車が手に入った』
 「―――ふゥん?で、なんだ?自慢に来るのか?」
 軽口を返す。
 そう、と笑いながら答えたリカルドに聞かせるように、シャンクスが小さく歌った。
 "Death drive to Savana"と。
 しっかりと聞き取ったのだろう、リカルドがまた笑った。
 『オマエが誰かといるなんて珍しいな』
 シャンクスの舌先が耳元を擽ってくる。
 とろ、とした眼差しで見詰めながら、ハヤクきてくれないと死んじゃうヨ……、と囁きかけてくる。
 ハ!
 「あンたな、少しくらいは――――」
 言いかけて、ふわふわに甘い笑みに苦笑する。
 さて、さっきのセリフはオレに言ったものなのかね?それとも間接的にリカルド、か?
 
 近づいてきた唇を啄ばむ。
 とろりと舌を一瞬絡ませ。きつく吸い上げてから緩く放す。
 くく、と甘い声を喉奥でシャンクスが零していた―――計算済みの仕種でもあるが、跳ね上がった息は自然に出たモノだろう。
 「少しいいコで待ってろ、シャンクス」
 耳に直接声を落とし込み、ぺろりとそこを舐める。
 「―――っぅ、」
 さら、と肩を撫でていくシャンクスの頬をするりと指裏で撫でながら。
 リカルドが、独り言のように"行くの止めようかな"と呟いているのを聞き取る。
 
 「―――悪い、リカルド」
 話が途切れた。
 『ベン、それ恋人か?』
 コイビト以外でこういうことを―――まあ、しなくはないな。
 笑う。
 「ああ」
 首元にシャンクスが顔を埋めてきた。僅かに熱を帯びた吐息。
 とろ、と舌先が肌を擽っていく。
 さら、と濡れた髪を撫でてやる。
 
 『オレは邪魔か?』
 笑いながらリカルドが訊いてくる。
 「いや。遠慮しないで来い」
 言っている最中に、シャンクスが顔を上げていた。
 ああ、解ってる。あンた、会いたいんだろう?
 
 案の定、甘ったるい声が、あそぼ、と囁いていた。
 目許、艶めいて色づいている。
 『なぁ、オマエのソレは。オレが手を出していいものなのか?』
 リカルドがからかう口調で言ってきた。
 オイオイ。それじゃあオマエ、シャンクスの思う壺だぞ?
 
 
 
 
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