Talentoso(天才)


「―――――――――あつい」
ぱか、と目が覚めた。
熱いはずだ、と。モロに差し込んでくる陽射しに顔を顰めた。
何回か、起こされた気がする。
浅い眠りと、深い眠りと、その両方で同じように。

そろ、と自分の内側を探ってみる。『声』も『音』も、もう聞こえてこなかった。
リネンを引き伸ばして伸びをして。
助かったな、と柄にも無く思った。
余計なケミカルの世話になってないから、いまは。いつまでもアレが残っていたら始末に困るところだった。
誰彼と無く遊ぶってのも。折角『美味そうなもの』が家にいるのにつまらねぇし。

ドアの向こう、は。
もうモノゴトがちゃんと動き出した気配がしていた。
サイドテーブルの時計をみて、思わず驚いた。
「―――なに、まだ9時前」
オドロキ、そんなことを口に出した。

あっついから、ベッドの端まで移動した。
おれが大抵寝てない方のサイド。
こっちは、まだ日が差してこない。
そういえば、普段からこっちがわで寝ればイキナリ起きて「あちぃ」って言わないで済むんだよな、と。
ぼーっとしばらく考えてた。

「起きっか、」
深いのと浅いのと気分がいいのと、泥沼じみたものと。混ざり合った眠りの名残があって、アタマのなかがまだ少しばかりとっ散らかってる。
「こーゆーときはさー」
独り言を言いながらベッドから出た。
「起きて直ぐにヤレレバいいンだけどなー」
抱くのでも、抱かれるのでも。
いねぇし、あのバァカ。

ウォークインクロゼットにもぐりこんで、適当に引っ張り出した。着替え。
そういえば、と思い当たる。
いまのコイビトとはそれを『したこと』が無い、って事実。
「―――あらま、」

着替えを半分引き摺って、面倒だから手近のバス、狭いけどこっちでいいや。
まだ微妙に寝ている身体を押し込んで。頭から湯に浸かった。スコールみたいで気持ちがいい、あぁ、そういえば。
雨のシーン好きだったな、と。
ざあざあざあざあ、水の流れる音のなかで、ぼーっとしてた。
ワザと、テイクを間違えて。
「アメフラシ」の水、使い切らせてディレクターに怒られたこともついでに思い出した。
撮影を見ていたロビンに、あとでファイルの角で額を軽く小突かれたことも。

優秀なエージェント、おかげで17まで生きてたんだね、きっと。
最後にあったの、何年前かなあ、と。そんなことを考えた。
バスタブ6杯分くらいの水を流しきって。
適当に掴んできた着替えに袖を通して。
べたべたに身体が濡れたままでもかえって面倒だ、おざなりに拭いて。
こればっかりは、物心ついたときからの恐るべき習性、ってヤツな。
『身だしなみ』。
寝てたって完璧に出来るっての。
速いし。

良く、バスルームでおれが溺れ死んでるんじゃないかって言われるのは。水を際限なくながしてる時間が長いからなんだな、きっと。
ベンは、最初の頃思わずわらっちまうような呆れ顔してたけど、いまはもう慣れたみたいだ。
生きてるよ、といえば。ご苦労様と返された。
しっかしさ。ハジメテ寝た翌日に言う台詞かね、ソレ?
……おもしれェヤツ。

ぺた、と濡れた裸足で。
そのままベッドルームから出てって。
テレビの音がしたニュースチャンネルか何か。カリフォルニアイングリッシュだったから。
音の方へ歩いていって、リビングのドアを開ければ。
二人そろって、テーブルから。
「「オハヨウ」」
見事なリエゾンにまた笑いそうになった。

ひらひら、とりカルドを指差す。
「挨拶してもいい、」
許可が要るって言ってたし、昨日。
「今したのは何だったんだ?」
リカルドの目が笑ってた。
「オマエラからの挨拶。おれからはー?イイ?」
ベンは、くっくわらってた。

「コイビトに先したらな」
コーヒーカップの内側にコイビトの笑みが吸い込まれていってた。
優先順位は間違うものじゃない、と言って。リカルドが親友を指差しているのを見つめた。
「ゲスト優先、ってしきたりも世の中にはないか?」
に、とわらいかけ。
「恋人の方が重い。大事にしろ」
そんなことを言ってる『親友』にベンがますます笑い始めていた。
うううん、昨夜、ていうか今朝っていうか。十分大事にしたと思うけどなあ。

大体8歩で近付いて。
座ってる背中から盛大に抱きついた。
濡れてるの移してやる。
「オハヨウ、」
わざと濡れた髪をこめかみあたりにくっつけて。
「おはよう」
やさし気な声と。ふわ、とした笑みが朝の挨拶だった。こいつからの。
そして、さらりと撫でられて。アタマ。
「ちゃんと拭け」
そんなことを言ってた。

「メンドウ、」
「タオルは?」
「嫌い」
「ワガママ」
とん、と唇にキスが落ちてきて。座ってたのが立ち上がり、どうやらタオルを取りに行っちまったらしい。

窓がわに座ってたリカルドは、終始にこりとしていた。
肩のあたりに光が乗ってた。
「リカァルド、」
とん、と肩に腕をまわした。
「濡れ猫は嫌だ」
む。
そういうことを言うか。おまけに、額に指を置かれてるぞおれ。

「条件がどんどん増えるね、オマエ」
「そ?常識の内だと思うが?」
ぱつ、と水滴がテーブルトップに落ちた。
肩に腕を預けたままでいたなら、やっと戻ってきたコイビトが後ろからタオルでヒトの頭をごしごしやり始め。
まだ額に指を置かれてお預け、ってヤツ。

「――――なんか、」
リカルドの光を弾くような機嫌の良い目に話し掛けた。
「なに?」
「トリマーに連れてこられた愛玩動物みたいな気がする」
「大事にされてるな、アンタ」
「その分、リカァルド、構ってやれるよ?」

乾いたなって思った頃。
やっぱり同じタイミングでタオルが退かされて、首が自由になった。
「オハヨウ、良く眠れた?」
別にイイ、とか言ってるのは無視して。
「ああ、ありがとう」
すい、とやっと退かされた指のおかげで。
軽く頬に唇で触れた。

「これくらいなら許可イラナイだろ?」
「眠ってる時はやめておいたほうがいい」
「してないヨ」
「凶暴らしい」
声が勝手にあまくなってるのがわかるけど、まショウガナイ。
おれ、コイツのこと好きだし。
「おれも、寝起き悪いからいっしょ」
そのキモチはよーっくわかる、とわらった。
肩を竦めて、責任取らないから、と言ってるのに返して。

「リカァルド、」
キスしてみようよ、と言いかけたなら。
さらりと指が髪を撫でて。額にとん、とキスされた。
―――朝の挨拶にしては、ジョウトウって?
「フフン」
ぎゅ、っと肩を一度抱きしめてから腕を緩めた。

そうしたなら、リカルドが立ち上がって。
「アンタなに食べる?」
と訊いてきた。
「――――んん?」
「朝ごはん」
なに、作ってくれるんだ?
ふぅん?
普段、おれ。朝は食わないんだけど。
――――大層、魅力的なオファー、ってやつ。
にこにこと、笑顔つき。
うっかり、ガキじみた笑い顔につられておれまでなっちまうってば。

「オムレツ!トマトの入ったヤツがいい」
「ヘヴィだね。まあいいか。座って待ってろ」
へヴィ……?なんでだ。
卵は2個で十分、とかえして。
手際よく動く背中を眺めて。コーヒーを飲んでいたら。なぜか、リクエストの他の。ハムだとかニンジンだとか玉ねぎだとかも
入っている気配が濃厚で。
戻ってきて、一瞬。おれが朝メシ食う気でいるのに目をすこしばかり見開いてみせたベンに。ジェスチャアで、リカルドを指差した。
あんなに、食えないよ、どうしよう。
いうなればメッセージはそんなもので。
くす、とベンは小さくわらってから。食えるだけ食え、と同じように目線で返してきた。
くっそー、恋の試練って??
オムレツがか!!!




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