自分の持ち物をシャンクスが把握をしていないのは、今に始まったことではない。
どうせ出演作のDVDは総てもらい物なのだろう、エージェントか監督か制作会社からの。
「あとで年順に見てみる。ベンのことだからそうやって管理してるんだろ?」
リカルドが言ってきて、頷いた。
「重要なのはコイツだからな。だったらコイツのなにかを中心にファイルするのが筋ってものだろ」
「そんなに観なくていいよ」
シャンクスが言っているのに、リカルドが頷いた。
手許の写真の束から10枚程引き出した。
風景と、人物の写真。
「こういう絵は売れる」
テーブルに並べた。総て同じ温度と距離を保ったままの写真。
シャンクスが、視線を落としたリカルドの頬にすばやくキスをし。テーブルを覗き込んできた。
リカルドは、小さく苦笑してから、真剣な眼差しになって選ばれた10枚を見詰める。
「まだどことも契約してないんだろう、オマエ」
言えば、リカルドが笑って頷いた。
「漸く撮れるようになったばかりなんだ」
イコール、自信を持って他人に差し出せる写真。
「マックス・シュトゥーテハウザ、だっけな?」
じぃ、と写真を見詰めているシャンクスの髪をさらりと撫でて掻き上げてやりながら、訊く。
ここ5年ほど姿を消している名フォトグラファ。
シャンクスがす、と視線を上げた。翠とかち合う。
やはりあンたも知っている名前だったか。
「弟子になったのか?」
「いや…どちらかというと、お互いに没頭することを探していた」
返事に理解する。その人物とは、アルコール依存症患者リハビリ施設で出会ったのだろう、と。
教える者と教わる者。
「なるほど」
頷いて、煙草を揉み消した。
シャンクスはまた写真に目線を落としていた。細かい部分には興味はないらしい。
「そういえば。アンドリュー・マッキンリィって知ってるか?」
リカルドの口から、どちらかというとファッション・インダストリとアートの方面にいる写真家の名前が飛び出て、少し驚いた。
シャンクスも、見入っていた写真から目線を上げていた。
「知っているが、どうした?」
「オレのエベレストなんだ」
…ふン?
「アンドリューが……?」
シャンクスも、リカルドの言葉に不思議そうだ。
ひょい、とリカルドが身体を屈め。かばんの中から厚い写真集を取り出していた。
「でもさ、オマエの写真とタイプ違わなくない?」
シャンクスがリカルドを見遣りながら、ぴ、と砂漠を写した写真を指に挟んでいた。
「これ、おれスキだな」
「アリガトウ」
にこ、とリカルドが笑い。
「アンドリューの作品の深さが、オレが目指しているトコ」
そう言って。
「ふぅん、」
にこお、と笑ったシャンクスの前に、す、と写真集を置いた。
「"アプサラ"、だ。好きなの?」
シャンクスが尋ねる。
確か去年のベスト・アーティスティック・フォトグラフ賞の一つを、掻っ攫った作品が載ってる本の筈だ。『アプサラーの庭』
「この、アンドリュー。女優の間じゃ人気があるンだよ。ポートレイト撮られるのがステイタス、ってくらいに」
シャンクスの言葉に、リカルドが僅かに方眉を引き上げた。
「ヒトを深く撮る人だよね」
そう言って。リカルドに僅かに微笑んでいた。
「数日前に、初めて見た」
有名バレエダンサが赤い花弁が浮かべられたプールから上がる瞬間を捉えたページを開いた。
水に濡れた白い肌に鮮やかな赤の花弁が張り付き。心理学的には艶かしさを訴えるはずの一瞬は、けれど"美"という言葉に
集約される―――芸術的な作品。
「コンセプトと対象のバランスが上手いと思う。これが忘れられなくて買った」
コラムを書いていた雑誌の特集にも取り上げられていた写真だ。賞を取った一枚。
確かに記憶に刻まれる。
「アシスタントしてたころから、センセイよりよっぽどイイ眼してた」
美しい絵から目線を外さずに、シャンクスが言った。
「美の対象がハッキリしてるし。おれもこれ好きだよ」
リカルドが、眼を煌かせた。
「なぁ、アンタ。撮られたことあるのか?写真があったら、見せてもらえないか?」
真剣に、写真に興味を持っているのだろう。リカルドが酷く嬉しそうだ。
「辞めるギリギリの頃、御大よりおれアシスタントの方が気に入って。速攻で浚ってったモン」
にぃい、と笑ったシャンクスを見詰め、お願いする、と言っていた。
「持ってきてれば、あると思うんだけど。NY帰ればもっとあるけどね、しばらく遊んでたから」
ふぅん、とリカルドが僅かに首を傾けていた。
どうやら、アンドリューの人となりを、少しは知っていて。シャンクスの『おれがおとせなかったフォトグラファはいない』という
先ほどの言葉を反芻し、少し考えているのだろう。
アンドリューをどう知ったのか、興味深いところではある。
「ベーン、おれのモノってここに何があるんだっけ?」
「写真も束であったぞ。何年前くらいに撮った写真だ?」
「辞めるギリギリ」
ファイルした写真が頭を翳め。
「ああ、確かにあったな」
立ち上がる。
「とってこよう」
リヴィングを後にし、書斎へ向う。
目指すファイルを棚の上の方から引き出し。そのまま中身は出さずに戻る。
プラスティックのファイルから、写真の束を引き出す。
年代別、カメラマン別に分けた後から、アノニマスの山。
なるほど、アンドリュー・マッキンリィだったか、と納得がいく40枚程を、そのままリカルドに手渡す。
「クソみたいなのの中に、いいのがあったらそれアンドリューの」
シャンクスの言葉に、リカルドが頷き。フルカラーとモノクロを分けた束をゆっくりと捲り始める。
「あとのは、タダの綺麗なクソガキ」
はは、と笑ったシャンクスの声に、ちらりと目線を投げかけ、また写真に眼を戻した。
観る眼を持つ人間にとって。"タダの綺麗なクソガキ"にはあンたは見えない。
面白そう、と眼を光らせながら、シャンクスがリカルドとオレを交互に見ている。
リカルドは、写真に捕らわれているみたいだ。職業カメラマンではなく、本能でカメラマンなのだろう、親友は。
崩れた廃墟の中で横たわる"人形(ギニョール)"じみた写真。
荒れた公園に忘れ去られた"幽霊(シャドゥ)"をイメージさせる写真。
コンセプトと素材。
作りこんで写し取った作品と。その後ろの方に纏めてあった素の"ガキ"の写真を何度も見比べて。
リカルドが、ふわりと笑った。
「尊敬する」
黒い双眸の中を、アイデアや計算などが渦巻いているのが見える。
エベレスト攻略の手掛かりでも見つけたらしい。
シャンクスも嬉しそうに、きらきらした目線でリカルドを見ていた。
コイビトは "夢中"になっている人間を好む。
迸る情熱(パッション)に、引き寄せられる体質のようだ。
だから、タイクツで死に掛けていてもしばらく"役者"をしていられたのだろう。
"魅了"するのが本能のニンゲン。フツウの"恋人"にはなり得ないタイプ。
あンたも苦労するな。
内心で呟いた言葉を感じ取りでもしたのか、シャンクスがするりと振り向き。あん、とキスしてきた。軽く齧られる程度。
直ぐに離れる唇。
くしゃ、と赤を撫ぜてやり、立ち上がる。
アンドリューの写真と比べると。やはりリカルドの写真はバランスが取りきれていない、まだ。
「時間をかけて撮れば変わるぞ、リカルド」
「ん」
まだのめりこんでいるリカルドの返事に笑う。
「コンセプトは決まっているみたいだからな」
リカルドが頷く。
「計算する式が、まだ足りていないんだ」
すい、と漸くリカルドが顔を上げて見詰めてきた。
シャンクスが、他の束からつい、と一枚引き出し、
「これ、その大御所がスタジオで撮ったヤツ、でもアンドリューのスナップの方がいいだろバランス」
リカルドを見詰め、続ける。
「半分本能とあとは計算じゃないの?」
告げられたアドヴァイスに、リカルドが頷く。
「この間、いいバイトしてな。漸くフィルムを満足に買えるようになった」
裕福では決してない親友が、に、と笑った。
「だから、修行に出てきたんだ」
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