「コイツがさ、」
コイビトを指差した。
リカルドがまっすぐな視線を送ってくるのを、受け止めて。
「オマエはさ、突風に乗る鳥なんだ、って言ってた。風みつけたんだ、それとも羽かもね」
コイビトはさっさとまたコーヒーを淹れ直しにカウンターの方へ歩いていった。
ひどく嬉しそうににこりと微笑んでから、それこそ嬉しくてしょうがない、って顔。そんな笑みで一杯になった顔をベンに向けていた。
―――んー、ちっと羨ましいかも。
余計な感情抜きで、そういうの。
けど、まぁ。無いもの強請りは止しておこう。
「で、どうですか、リカァルド・クァスラ。」
「ん?」
ひら、と指先を視線の前で揺らした。
「アシスタント時代の、アンタのエベレストの出来具合」
ご機嫌麗しい声で、イイね。ほんとに嬉しいんだなってわかる。写真家ってのはどうしてこうもみんな、判りやすいかな?
「高いけど、登れないわけじゃない」
にこお、と。
自信、というよりは自然と湧き起こる内側からの熱情を信じている顔。
「そっか」
こっちまで嬉しくなっちまうよ。
おれのなかの熱量、てのは。多分。
あの閉じ込められたまっくらな部屋のなかで、生き延びるのに使い切っちまって、もう無いんだ。だから、ヒトからのそれが素直に
嬉しい。
観ているだけでもね。
リカルドが、なにか思い当たったような顔を一瞬だけして。
「貴重なものをありがとう」
そんなことを言って、頭をかるく、けれど妙に真摯に下げてきて困った。
「パブリックになってるモンも混ざってるし。おれはただの媒体だから礼言われても困る」
写真が束ねられていくのを眺めて、
「でもまあ、礼っていうなら?」
言葉に乗せる。
「オレが見たのは、アンタのプライヴェート・プロパティだ。生写真はフツウは見れない」
―――そうなんだ…?別のダレカと住んでた時はそいつの作品、踏んづけて歩いていたことがあることは、黙っておこう。
ワザとじゃないけどさ?いくらなんでも。
もどってきたコイビトが。とん、と髪に唇で触れてきた。
―――あ、でも。
おれ、こいつのコラムの載ってる雑誌、踏んで滑ったことはあっても原稿は踏んだことないし。
"大事なモノは大切に、"ナルホドネ。
ま、踏んだのもこいつとは関係のない場所だし。
あ、そうだ、続き。
「アイサツ、好きなときにさせてくれたらいい。礼」
邪気の無い笑み、ってやつ。
それを乗せてみた。
「寝てる時は危険だから薦められないのは言ったよな」
「ウン、言ってたね」
「冬眠明けのクマレベルだっていうから。アンタに怪我させても責任取らないよ」
「だから寝た子は起こさないって、リカァルド。それか、うんといい気分で眼が覚めるかもしれないよ…?」
ベンが隣で苦笑してる。
「あーあとさ、」
「ん?」
ひょい、と顔を覗き込んだ。
「オマエさ?おれの顔見たらもう撮る気無くなった?」
「なぜ?」
ぱちくり、と瞬きされた。
だってよ?
「ぜんぜん、その話出てこないから」
声と顔のギャップはそれほどナイと思ってたのに、と。
言いながら、コイビトにわらって寄りかかった。
後ろから腕が回されて。とす、とアタマに丁度イイ重みが加わった。
「"撮る"ために来たわけじゃなかったからな」
「あ、それとも。ガキの方みたいなのが撮りたかった?」
マジメに返してくるリカルドにジョウダンを少しばかり混ぜ込んで戻せば。
「オレは会いに来てたんだぜ?」
そんなことを言って、リカルドが笑い顔を見せた。
「でも、」
続けられる言葉に、眼で先を促がす。
「練習台として大いに使わせてもらう」
うわは?!
ってのが擬音かも知れない。
生まれてハジメテ、ンなこと言われたぞ。
「Mon Dieu,」
―――マイ・ゴッド。
大いなるオドロキだぜ。
跪かれたことはあっても、この言われようって―――、うーわ。
ぼそ、と。上から。
「不敵発言、」
コイビトの声が落ちてきておれも笑った。
「最初がよすぎると後から苦労するよ、ダァリン」
とす、と。
朝されたみたいにリカルドの額に指を押し当てた。
に、と。端正な顔が笑みに崩れていき。
「まぁじなハナシ、」
つ、と額を押してみる。
「モデル運、使い果たすヤツいるんだって、デビューから2年くらいで」
お気をつけアレ、と付け足した。
モデルはヒトに限らないからな、と。
「けど、ま?」
とす、と額を押し遣って。
ん?と跳ね上がられた眼差しにあわせる。
「おれ撮ったヤツで潰れたのは!オマエの師匠くらいだ。どう、マクシー。―――生きてる?」
すう、とリカルドの表情が真摯なものへと移っていく。
そして、一言。
「死んだよ、」
「―――そう。あの人さ、コンバーティブルの後ろに犬とおれ乗っけて。遊びに連れてってくれたんだ。チビの頃」
言葉、受けて。
唯一の楽しい思い出、ってヤツの一個。それを無理やりに引っ張りだした。なに、死ん―――…?だめだ、いまは考えたら……
意識から浮かせる、とつぜん齎された事実を。
「ホームカウンティのノース・キャロライナの教会に埋められた」
「覚えてたら、…名前教えて。機会があればいくから」
「ちょっと待て」
「―――ん、」
安眠枕、ならぬなんだ?とにかく。コンフォータではある胸にまた寄りかかった。
意識を別の層にあわせる、いまは。
腕を伸ばし、また別の写真をかばんから取り出すと、リカルドがその裏にアドレスと、数字、これは多分電話番号、
それを書いていっていた。
表に返されて、テーブルの上をすい、とその一枚が滑ってきた。
裏に返す。
――――わ。
雑な字。
――――――ヤバイ。
いま、すっげこいつのことカワイイって思っちまった。
リカァルド、おまえやっぱすっげ、イイって。
表側は。
空のほかは何も無いような、田舎の教会と簡素な墓地。
撮った人間の感情が映しこまれてて、それでいて
感傷過多になっていない、冴えた陽射しをそのまま、冬なのかな取り込んで。
いい写真なんだけどさ、それよりリカァルド、オマエ。
「リカルド、」
「ん?」
ぐい、と腕を掴まえた。
「一世一代のアドヴァイスしてやろうか?」
「ん?」
「天使だろうがウサギだろうがラッコだろうがバービィだろうがなんだろうが!」
「"バービィ"???」
ほんのすこし、リカルドの眼が大きくなったか?かまわねぇよ、カワイイだけだっての。
「いいから!」
いいか、と念を押す。
じい、とまっくろな眼が見つめてくる。
あーもう。キスしてぇっての。クソ。
「惚れちまったら、ぜったい!手紙書け」
完璧だから、と断言した。
「わかった」
「ウケを狙ってタイプとか、PCとか使うなよ?手書き。オーケイ?」
「オオケイ、」
おれのコンフォータがゲラゲラ笑い出してた、うるせえよ、オマエもそう思うだろうが。
「That's my future baby」
それでこそおれの未来系ベイビイだっての。
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