リカルドとシャンクスが言葉を交わしているのを聞きながら、手許に戻された写真をもう一度見た。
コンセプト、手法、技術。
ふい、とハードカヴァの写真集を見る。
……うん?
「リカルド、それ見ても構わないか?」
「もちろん」
「アリガトウ」
差し出された写真集を、抱え込んだシャンクス越しに見る。
……おや。

「リカルド、このモデルは」
明るい金髪の男性モデルを指差す。郡を抜いて整った容れ物と中身。
「セトって言う、ロンドン在住のメインダンサ」
「プリンシパル、って言いなさい」
「はあい」
シャンクスが、オレの口真似をし。リカルドが小学生のような返事をした。に、と笑っている。
シャンクスは、ははっと笑って実に嬉しそうだ。
すっかり虜だな、あンた。

アップになった顔写真を見詰める。
確か、大学時代に学生写真コンクールの資料を漁ったことがあった。メイクのトレンドについて調べていた時に。
「多分さ、現役で一番じゃないの?別のエベレスト」
にこお、と笑ってシャンクスがリカルドに言っていた。
リカルドの眼が丸まっていた。

セト。Seth Breaux……ああ。
別の情報が出てきた。
「確かロンドン王立バレエスクールを卒業して直ぐに、女王陛下の前で踊っただろう」
ぽかん、とリカルドの口が開いた。
…知らなかったのか?
「オヤジさんが、アントワン・ブロゥで。舞台芸術家だ。フランス人の」
追加情報にますますリカルドの口が大きく開く。
これほどまで大きくリカルドの眼が見開かれるのも、初めてみるぞオレは。

シャンクスが嬉しそうに、とん、とリカルドの頬を突付いていた。
ぱちくり、とリカルドが瞬き。シャンクスを見詰めて訊く。
「そんなすごいヒトなんだ?」
「いちりゅー」
のなかでもトップ、と。にっこり笑顔で言ったシャンクスに、「Jesus,」とリカルドが呟いた。本人とは面識がなさそうだ。
あれは見れば10人中10人が解る"一流のダンサァ"だ。
実際に見たことが無くても、評判は高い。ゴシップ誌に登場することが無くても、知名度が高い"理想の王子様"。
リカルドは、どのように知ったんだ?

「なあ、シャンクス」
リカルドが、シャンクスを見下ろす。
「ドナルド・ダックを"ダーフィ・ダック"って呼ぶような人間って、相当世間に疎いか?」
すい、と首を傾げ、仕種で問い返したシャンクスに訊いた。
「稀少だね、それ相当」
「Hail Mary,」
リカルドがまた呟く。
「ダーフィダックにリッキーマウス?」
けらけらと笑い飛ばすシャンクスに、
「いや確かロナルド・ザ・マウスか…ああ、ドナルド・マイス?」
と頓珍漢なセリフをリカルドが吐いた。
「ガールフレンドはマリー・マウス、」
「二足で自立歩行の鼠は在り得ない、って眉根寄せてた…17の頃」
「アメリカ探して100人切るぞ、アーミッシュ除外して、」

くっくと笑うシャンクスに、リカルドが首を横に振った。オレを見上げ、
「オマエはなんでこのヒトに興味持ったんだ?」
と写真のモデルを指差す。
「ああ、そうだ。ちょっと待ってろ」
するりとシャンクスに回していた腕を放して。頬に口付けてから書斎に戻る。

あまりにキレイな写真だから、捨てきれずにストックしておいた資料。
モデル不明、フォトグラファ不明の一枚。結局資料には使えなかった。
ファイルを取り出し、プラスティック・フォルダの中からカラーコピーを引き出した。
……ビンゴ。
持って戻れば、シャンクスが。
「アンドリューのダチだよ、このプリンシパル、」
そう言っていた。
それにはリカルドは、深く頷くばかりで。
―――ふン。それは知ってたか…?

二人の前に、カラーコピーを置く。
70年代、マレーネ・ディートリッヒ風メイクを施された無性の顔。
キレイすぎてリアリティの境界線がぼやける一枚。
衣装はレッド・フォックスの毛皮。
バストアップのショット。

「―――あーあ、」
シャンクスが、に、と笑った。リカルドは盛大に眉根を寄せている。
―――ふン?
「あンたもコレ、見たことあったか?」
シャンクスに訊く。
コレはオレが大学時代に、ネット検索で落としたものだ。
不明だらけのビジンシャシン。

「アタリマエ」
シャンクスがくぅっと笑っていた。
「もしかして、実物を見た?」
リカルドが、シャンクスを見る。
「本人から見せてもらったよ。お楽しみ写真ねぇのー?って訊いたらこれの生」
「いつ撮った写真だって言ってた?」
「そのときのおれくらいの年、って言ってたから。多分、本人も"モデル"も16−7かな」
コンテスト用に撮って、でも別のを出したって言ってたかも、とシャンクスが続けていた。
「なんならオマエ、本人に打診してみるか?」
訊けば、目を細め。一瞬考え込んだリカルドが首を横に振った。
「畑違いだ」
「なるほど」
頷く。確かにリカルドの撮る写真とは、ジャンルが違いすぎるか。

「さすがはエベレストだ」
リカルドが深く唸った。
―――ふン?
「ああ、あと。セトのDVDは持ってないよな?」
リカルドがふ、と意識を戻して訊いてきた。
「写真が掲載された雑誌はあるが。さすがにソレはないな」
シャンクスの"資料"の棚にも、なかった。
「……オヤジさんというヒトのは?」
「アントワン・ブロゥ?舞台芸術がメインだからな、オレは図書館で借りた」
「…本屋か」
「でてるよー、DVD」
シャンクスの声に、リカルドが眼を見張る。
「…アントワン・ブロゥの?」
「ウン。映画のネ、美術ディレクションも気に入るとするから」

「………買い物に行きたい」
リカルドの呟きに。
「観たい?アルよ、ニーサン。お安くしとくよ、」
シャンクスがそんなことを言っていた。
…ふン?あンたの資料の中には無かったがな?
「観たい」
リカルドが即答していた。眼が爛々と光りを放ち。相当入れ込んでいるのが解る。
…ふン?
「へーい、うけたまわり」
すい、と立ち上がり。オレの方を見て、にぃっとしていた。
ふン?
「隠してンの、マジで演ってて小ッ恥ずかしーヤツだから」
シャンクスがけらっけらと笑い。書斎の奥の"荷物置き場"に向って行った。
「この間届いたンだ、なんでこの住所しってんだろ、」
そんなセリフが残される。
…誰が送ってきたんだ?
―――ああ、もしかしたらロビンか?




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