「荷物」の中から。
薄くないパッケージを引っ張り出した。再販のお約束、豪華特典つきセット。回しっぱなしだったフィルムを編集してメイキングだとか、
衣装合わせしてる最中の馬鹿話、その中の出していいトコだけ摘んだりとか。
特に、コレは。衣装の数からして、尋常じゃなかった。コスチュームプレイだけど、ジャンルでわけると。
ぱ、と裏を返す。あ、やっぱり。
オーディオ・コメンタリ―、監督と一緒にしてるね、芸術カントクも。
またきっと。映画小僧がそのままオトナになったみたいな監督は、この芸術カントクに食われてるに違いない。

アントワンの軽妙だけど、容赦ない毒舌を思い出す。
プリンセス役のコに。
『その歩き方じゃココットだ、お嬢さん』
雌鳥と高級娼婦の引っ掛け。
言われて怒ってたよなァ、あのコ。
それがまだかわいい方だったから。
だけど、ああいうクツまで履かせてフツウに歩け、ッて方が異常。
シノワ・テイスト混じりのエキセントリックな宮廷衣装は。クツの踵は、足の半分くらいまでしか無いんだし。
ずーーっと爪先立ち、無茶だよね。
どうせ見えやしないのに、クツの先しか。それもほんの一瞬、ドレスが翻る刹那とか。
そういったリアリティを何もかもに要求するから、よっぽどバジェットが無いとアントワンをフィルムに誘うことはそもそも成立しない。

そんなことを思いながら、リヴィングに戻った。
「おーまたせしました、これがそう」
煙草休憩中の連中の間に、パッケージを押し遣り。リカルドがすい、と見上げてきた。
「めったやたらと制作費がかかった、一見、宮廷劇」
「一見?」
パッケージを手に取りながら、瞳が見つめてきた。
やたら、真剣だ。ベンはそんな様子を見守り中、フン?心境はリカルドの兄貴か?

「そう、一見。中身は、まあ。愛と復讐と裏切りと殺人と陰謀、がテーマかと思いきや……!そんな映画」
まぁ、観てみなって。
「…へえ」
好き嫌いは分かれるけど、ライティングとキャストは絶品、そう言った。
「なぁかでも、」
付け足した。
「ん?」
「芸術カントクが、とにかく凄い。小物と衣装はアタリマエだけどセットの隅まで絶対見とけよ?フェイク無しだから」

そしてコイビトに振り向いた。
「ベーン、オマエこれ観た?」
「観ていない。その頃は刺青師のところに入り浸っていた」
「あ、そ」
リカルドに眼を戻す。
「あーと、」
注目すべきは!と、戻した目線の先。観ていい?いい?とまるっきりフリスビーを投げろと言ってくる犬っころ、そんな印象の黒目が
きらきらっと見上げてきて。追加しながらわらっちまった。
「おれ、コレで助演男優賞イタダキマシタ」
「それはオメデトウ」
ふわり、とリカルドが笑みを浮かべて。

「ジャンキーにしちゃ、よくガンバッタと我ながら思うヨ」
ふわり、と目を細めて。リカルドがすい、と指を折り曲げた。
ん?
少しばかり身体を傾ける。
背中に腕が回されて。オメデトウ、と言われた。ようこそオカエリ、そんな口調だ。
掌が背中を緩く叩いてきて。
「終わったら元通りだったけどネ」
バラシタけど、妙に笑えた。
同じように、髪もくしゃりと掻き混ぜられた。これは、コイビトから。

「けど、いまはもうこっち側だろ、」
近くから声が届く。
「オカゲサマデ」
「ならいいさ」
くぅ、とリカルドの肩口に一瞬額を押し当てて、身体を浮かせた。
「ちょうど、アンタのみた写真の頃と被るから。ギャップをオタノシミください」
おれもちゃんと観ろよー?と茶化して。
どうやら前評判と、クリティークのゴタクは知っていたらしいコイビトに向き直り。
ふわ、とこれまた優しいカオとぶつかった。
あまり、他では晒さない部類の表情だ。
"親友"といるときくらいか、あとは?

まぁ、いいや。
なんとなく、触れたかったから手を伸ばした。
す、と引き寄せられて。腕の中に気がついたらいた。かすかに、また煙草のヴァニラめいた残り香がした。
「一緒に観るのか?」
落とした声で訊いてくる。
リカルドはパッケージのセロファンを軽く破いていきながら、さっさと自分で観る支度を始めていた。
「どちらでも……?」
薄く笑みを浮かべて返す。

「観なければ、何をしたい?」
目尻にキスが落ちてきた。
「ギフト、試してみるとか、」
わらった。




"魅力的"なオファに、小さく笑い返す。
「まあ、リカルドの"観る"は、リモート・コントローラで巻き戻し、プレイ、巻き戻し、の連続だろうけどな」
勉強が出来ない、と言っていた割には集中力があり。好きなことには没頭するタイプなのを知っている。
バイクのリノベーション、リメイク、メンテナンス、それらを最終的には一人でこなしていたわけだから。

『兄貴は奨学金で大学に行った。オレには無理だけどな』
そう言って笑っていた17のリカルドを思い出す。
『大学は逃げないさ。それより好きなものを探せよ』
『スキだぜ?バイク、オンナノコ、セックス』
『オレも好きだけどな……まあ考えてみろよ』
『んー』
引っ越すことが解る直前の頃に。アリゾナの州道の、今にも倒れそうな木造のバス停の下で交わした会話。
漸く見つけられたみたいでよかったな、と。素直に思う。

「デジタルはそれが便利」
そう言っていた"最愛"を見下ろす。
好きなもの。
好きな者。
さらりと髪を撫でて、額を出させ。そこに口付ける。
「好きなモノが増えてよかったな、シャンクス」

ふぅ、と目を僅かにシャンクスが細めた。
少しだけ唇を引き上げ。笑みを浮かべた―――完成されたソレ。
魅力的に見せる最も効率のよい笑顔。
こつ、と額を合わせる。
「リカルドはしばらく"帰ってこない"。オレたちはオレたちで遊ぶか、」
さら、と背中をシャンクスの掌が撫でていって。笑いかける。
欲情しているというよりは……気分的には、遊びたいってヤツだ。じゃれあいの延長。
「そして永遠にオマエは見逃し続けるわけだナ?」
きら、とシャンクスの目が光り、笑った。
「別の機会に、見させてもらうよ。リカルドと観たんじゃ、話しが読めない」

テーブルの上から小瓶を拾い上げ、シャンクスの手の中に押し込んだ。
「夕方くらいに一度覗いて。帰ってきているようだったら、リカルド連れて食いに出るか」
口許が、くう、と笑みを象ったシャンクスを、そのまま抱き上げる。
大き目の音量で、版権を持つ会社の刷り込み映像が流れていくのが聴こえた。
とろりと艶を刷いた目線で見詰めてきながら、シャンクスが「買い物行くっていってたけど、間に合うかな」と訊いてきた。
「セト・ブロゥのDVDが欲しいんだよ、リカルドは」
大型液晶テレビの画面に釘付けのルカルドをリヴィングに置き去りにし、ドアを閉める。
ライオンの吼え声が、遠くなった。

かじ、と耳元を齧られ、笑う。
ベッドルームへ向いながら、片手でシャンクスの背中を撫で上げた。
「写真との差を知りたくてしょうがないんだよ」
シャンクスの熱い舌先が、耳朶を押し上げてくる。
「ふぅん?」
甘い声が近くで聴こえ、笑った。
「カメラとレンズの、」
「いや、被写体とカメラマン、主導権を握ってる側がどれだけ作品の持つ雰囲気を変えさせるか、じゃないのか」
ああ、あとでセト・ブロゥのインタビュが載っていた雑誌も出してやろう。
確かそれにも写真が載っていたはずだ。インタビュ風景の。

「リカルドの評価が楽しみか?」
「―――そりゃな?だって、」
ベッドルームの扉も閉め。キングサイズのベッドに歩み寄り、シャンクスを下ろす。
見上げてくるコイビトを、リネンに押し止め。目を覗き込む。
「練習台だし、おれ」
僅かに困った顔。素のシャンクスのもの。
とん、と口付けを落とす。
「ま、楽しめばいいさ」
に、と口端を引き上げる。

「ひとまずは。ウサギチャンに作ってもらったというソレで楽しもうぜ」
ウサギチャン。入れ込んでいたクセに平気で作らせるというから、リカルドの恋愛不能症も相当根深い。
手の中の瓶を、さら、と軽く揺らしたシャンクスのシャツのボタンに手をかける。
さらりと開かせ。薄い色味の肌の表面を撫でる。

「オマエの何がおどろきって、」
シャンクスの声のトーンが、すう、っと変わり。甘みが増していた。
方眉を引き上げ、先を促すと。捲くったシャツの袖のところを指先が辿り。腕から手首まで触れていった。
「…ん?」
空いた片手でシャンクスのボトムスのボタンをはずす。
シッパを引き下ろし、寛がせ。臍辺りから顎まで、ゆっくりと指先で線を引く。
「肌、馴染むんだよ」
シャンクスの言葉に笑って返す。
「そりゃお互い様だ」

「愛してるよ、シャンクス」
笑ってそのまま頬を掌で触れる。
掌に顔を寄せてきたシャンクスが、目を閉じた。
瞼の上に口付ける。
従順な仕種、青年というよりは乙女のようなたおやかな雰囲気が広がる。
口許に浮かべられた穏やかな笑み。
万華鏡。
唇をあわせ、柔らかく啄ばむ。
さらりと頬を撫でて、また啄ばむ。

シャンクスが、空いた手の方でシャツを引き出していった。
しゃら、とマット加工の銀の認識票が、涼やかな音を立てた。
ゆっくりとした動きに、じゃれあうよりは愛しみたくなる。
ああ、本当に。
あンたはオレの"最愛"だよ。
とても優しいシャンクスの声に名を呼ばれ、また頬を指先で撫でる。
「ベック、」
声のトーンで、とても好き、と囁いていた。
微笑む。
僅かに開きっぱなしだった唇の間に舌を差し込み、体重をかけた。

愛しむ。
甘い感情。
沸き起こる度に、まだ残っていたのか、と苦笑にも似た笑みが内心で勝手に刻まれる。
く、と髪に指が差し込まれたのを感じ。口付けを深くする。
あンたの何がそうオレを惹き付けるのか、わからないが。
あンたになら、やっちまってもいい、と。両手を挙げて降参する。
理由は多分、いらない。
あンたほど、ソレを必要としているニンゲンはいなさそうに思える―――否。
ただ、オレがあンたにやりたいだけだ。

シャンクスの爪先がデニムに触れ。く、と喉奥でちいさく笑っていた。
幸せそうな表情に、また愛情が沸き起こる。
目を閉じ、舌を絡ませ、熱い肌の表面を辿った。
愛し合う行為。
"愛しむ"という意思を持つだけで、総ての色が変わる。
シャンクスの肌が、ふわりと温度を上げていた。

もっと。
蕩けちまいな。




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