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 終始、どこか。
 柔らかい何かに、半歩引き上げられてるかと。
 感覚はすべて、開いていってなにもかもを直接に伝えてくるのに。それを、ひどくあまったるくて温かくて、快楽に鳴くのに
 それさえ溶かし込んで。
 肌から僅かに浮いた表層にずっと、それが残っているかと。
 喉を吐息でも喘ぐのでもない、感情が全部混ぜ合わさって温かく濡れたみたいなソレが競りあがって。唇から零れる、
 その先から食まれて言った。
 
 ―――エサ、だって……?ふ、ざけろ。
 ジョウダンじゃない、これだけどこかのドアをノックしちまう、セックス・ドラッグなんてお目にかかったこと、ない。
 身体の表層が形を無くして、ただ、深いそれでいて紛れも無い快楽だけを与えられて、求めて、また深まる。
 底が見えない、その不安も。名を呼ばれていくだけでまたあまく熔けていくだけになり。
 背が浮き上がる。
 
 齎される熱も、身体の奥から指先まで拡がっていく悦楽も。その声でまた深みを増して、形を無くした身体はそれでも何かを
 抱きしめる。
 なにかを、自分が口走るのはわかっても、それが音として知覚できない。
 広い中に、ただ緩やかに浸かっているわけじゃない、指先の動きだけで、その髪が肌に触れるだけで切れ切れに抑え切れない声が
 洩れてくのがわかる。
 まして、その唇が触れ、身体を抱き上げられたなら。
 勝手に緩んで、焦点の曖昧になるほど潤んでる、だろう視界に。
 穏やかにやさしい腕をもつ、コイビトが映って。力の抜けかける指先で縋った。
 
 「―――融、ぉけ…そ、」
 表情、それが。深いところで悦楽を共有してる、こと。隠さずに伝えてくる。
 いつもより、すこし温度の高い唇が、余すところなく落ちてきて。
 「―――ふ、ぁ」
 笑いたいんだか、甘えたいんだか。その両方、もしかしたらもっと。
 指先を、肌に埋めて。
 まだ自分がいることを知る。
 
 「融けちまえよ、平気だから」
 届く声に。
 内を埋め尽くす熱より、欲情する。それも、とろり、と。
 「―――ック、」
 湧き起こる感情。
 深まるばかりのソレと。呼吸するより容易くいまはある悦楽。
 愛してるよ、と低い囁きが降る、ふわ、と。肌に乗る。
 溶け入る、おれのなかのどこか深くまで。
 「う…ぁ―――」
 震えた。
 
 身体の奥、滑り落ちていくとろりとしたもの。繋がりの境界さえもうわからない、また、肌に零されるのがわかる。
 ―――や、だ、って。これいじょう、無くなっちまったら、わかんな―――…
 だけど、あまえるばかりの声、それが零れていく。
 泣き声じみたソレ。
 宥めるように。
 「ここにいるだろ、」
 もてるもの全てで、縋りつきたくなるような声、それが深くまで落とされる。
 
 また、きっと。
 名を呼んだ。
 緩く押し上げられて、指先まで震えた。
 「ここにいるだろう、シャンクス、」
 包み込み、だけどそれだけじゃない。胸の奥から耐え切れずに押し出される声まで、好きなだけ取り上げていく腕がまた回されて。
 
 四肢で縋った、のかもしれない。
 手足じゃ足りなくて、なにもかも。
 開いていく、抱きとめられて。抱きしめて、それでも腕は滑って。
 また、なにかを口走った。
 
 高まる先から、また押し上げられて。背中と、肩と。手で、唇で触れ。
 ぱ、ともう何度目か。
 フレア、見えて。
 与えるよりも多く齎されて。感情も快楽も力強さも、混ざり合って。
 追いきれなくなった。
 
 ギリギリで。
 アイリス・アウト、灯かりが勝手に全部落とされる前に。
 すきなもの、のカオが。見えた。
 隠さずに、感情を乗せた眼差しがおれをみてた。
 穏やか、あたたかい。引き起こされる快楽と、矛盾してナイ、それ。
 
 キスを強請って、目を伏せる。
 やわらかい、あったかい、やさしい。気恥ずかしいくらいのあまい感情の羅列。
 唇を開き、息を零す。
 願ったものが齎されて、腕をまわそうとして。
 すべり落ちた、意識ごと。
 
 
 
 
 ふわ、と羽が落ちる柔らかさで。シャンクスが意識を飛ばしていった。
 "媚薬"であることは間違いない。
 けれど。内面をここまで和らげるクスリは、他に知らない。
 今朝方の、苦しそうな表情は欠片も無く。
 ふわふわと、シフォンのような柔らかい笑みが、口許に刻まれたままだ。
 
 上等なモスリン。
 そんな顔もあンた、できたんだな、と。額に張り付いた髪を退かしてやりながら思った。
 瞼の上に口付けを落とし。
 ゆっくりと身体を引いて、一つ深く息を吐いた。
 最初抱き合った時には傷だらけだった内面が、随分と和らいでいたことに安堵した。
 
 「気持ちよかったな」
 返されないと解っているのに語りかけるのは、妙な気分がする。
 意識を飛ばしたままでも、引き止めるようにくっ付いてきた身体に、大丈夫だ、とそれでも声をかける。
 「大丈夫だシャンクス、ここにいると言ったろう?」
 回されていた腕をゆっくりと引き下ろし。指先に口付けを落とす。
 きれいに整えられた爪。
 細長い指はカールして甘えてくるかのようだ。
 
 ヘッドボードに背中を預け。シャンクスの身体を抱き寄せてから、リネンを引き上げた。
 片手で赤い髪を梳きながら、もう片手で煙草を引き出し。咥え、火を点けた。
 窓の外、薄いカーテンの向こうでは、漸く陽が傾き始めたところだ。
 じじ、と紙が焼ける音を聴きながら紫煙を吸い込み、最後まで吸い切り。
 きっちりと揉み消してから、シャンクスの隣に身体を横たえた。
 腕の中に抱えなおし、目を瞑る。
 
 1時間ほど休んだら、風呂に入って気持ちを入れ替えよう。
 身形を整えてから、ああ、晩飯は食いに行くか。
 どこかアットホームな店がいい。
 優しい味のパスタでも食わしてくれるイタリアンにでも行くか?
 ふわ、と。また羽根が落ちるように微笑んだシャンクスに口付ける。
 「あンたの中のどこかに、いまの感情が残るといいな」
 囁いて、目を閉じた。
 
 僅かに開け放してある窓の隙間から、遠く人工の鳥が飛んでいる音が聴こえた。
 意識を底に横たえる。
 朝を待たない眠りは、すぐにやってきた。
 
 
 
 
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