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 Postre (デザート)
 
 
 意識せずに零れていった言葉に。ジブンの状態を逆に知ったみたいだった。
 あったかいなぁ、と。ぼうっとしていた意識が漸く朧に輪郭を取り始めて、額を預けていたなら。
 そうか、おれはウレシイのか、と。
 今朝目が覚めたときよりも、ずっと。
 
 あー、アレに似てる、と。せめて覚えのアルものを引っ張り出そうとしてみても。
 この、奇妙な具合にジブンの内側がじわり、と。不快いじゃなくアタタカイヨウナ感じはすぐには思い浮かばなかった。
 だから、柔らかく抱いてくる腕にもうすこし何かを明け渡して。段々と形を作り上げていく意識の欠片やなんかが、緩んだままな
 最後のちょっとした時間を
 ウレシイと感じたなら、それはそれでいいや、と。原因や理由を探すのをヤメタ。
 抜け落ちていったいい夢でも、みてたのかな。
 
 ギリギリまで享受した身体の快楽と、食っちまったキモチの破片が美味かったのか。
 しばらくはデザァトもいらない、と。
 あぁ、一番的外れに、けど近いのは。そうロビンに言ったときだ。
 やっと一桁じゃなくなった誕生日に。二人して馬鹿な賭けをして、贈られる全部のケエキを食べてみようとした後。
 ぺろり、とロビンがジブンの唇にくっついたザッハトルテのチョコレート。その欠片を舐めとって。
 あと、同じモノが17箱ウィーンから来てるの、だれかが好きだと言ったから。そう溜息を吐いていた。
 『ブタペストのがイイ、って言ったよ』
 『ガマンなさい、ジブンは食べないくせに』
 そんなことを言い合って、デザートフォークでミニ・フェンシングもどきな具合になってわらった。
 あのときの、ほわ、とした感じ、それに近い。
 
 さら、と髪を撫でる手に、意識がまた戻る。
 キスを幾度も落とされて。
 寝惚けて言った訳じゃないことを、もう一度腕に力を戻して示してみた。
 「―――起きた、」
 それから、ゆっくりとカオを上げた。
 「オハヨウ。晩飯食いに出るぞ」
 猫の舌のチョコレート、大昔の好物。
 閉じ込められていたときに、口に出来たのはオンナが目を盗んで与えてきた小さな欠片、チョコレイト。
 それが声になったら、コレかもだナ?
 いまじゃ喰えない代わりに、コレ?
 コイビトの名を呼んだ。
 
 声と同じだけ、柔らかい眼差しが見下ろしてくる。
 甘い銀灰、色味は鉱物じみて硬いそれが、ふわりと穏やかに。
 「キモチよかったね、」
 選ぶ必要もナイ笑みがもう浮かんでいるのがわかる、自分でも。
 「ああ、」
 そうベンが頷いて。とん、と唇にキスが落ちてきた。
 「とてもな、」
 あまい声に目を細める。
 「持ち出し禁止…?」
 「持ち出し禁止」
 「―――ちぇ、」
 笑みを刻んだまま、唇を啄ばんだ。
 
 
 
 
 いつまでも腕に留めておきたいが、そういうわけにも行かず。
 しばらく抱きしめたままでいてから、キスで区切りをつけて、腕を緩めた。
 ふわふわと蕩けた風情のままのシャンクスに着替えを出してやり。自分も新しいシャツを出して着替え。
 ベディングを新しく敷き直し、整えてから洗濯物とシーツを抱えて先にランドリールームに出て行った。
 朝方に回しっぱなしだった洗濯物を乾燥機に放り込み。自動で回してから、ベッドルームに戻る。
 のんびりと着替えているシャンクスの髪を整えてやり、サブのバスルームを片づける。
 
 身形を整え、出て行けば。ローライズだけを穿いたシャンクスが居て。
 一度肩口に口付けを落としてから、シャツを着せかけ、ボタンを留める。
 「リカルドは、」
 「リヴィングだ。DVDは見終わっているみたいだぞ」
 「そ?」
 行こうと歩き出したシャンクスに、転ぶなよと笑いかけ。
 裸足のままのシャンクスが、のんびりとドア口で振り向いた。
 
 「―――あのさ?」
 「ん?」
 すう、と首を傾けたシャンクスを見詰める。
 「ゆめかな?声が聞こえた気がするンだけど、」
 「どんな声だった?」
 答えずに訊いてみる。
 夢現にシャンクスが見せたような、とても幸せそうな笑みをちらりと浮かべていた。
 ベッドサイドに置いていた時計を取り、ストラップを嵌めながらシャンクスの方に足を向ければ。コイビトは、
 「ナイショ」
 と嬉しそうに言い、ふわ、と笑った。
 
 「あンたを隠しちまいたい気もする」
 笑って赤い髪に口付けを落としてやり、背中を押す。
 リヴィングのドアを開ければ、リカルドはダイニング・テーブルで煙草を吸っていた。
 テーブルの上には散らばったネガ。
 サインペンを片手に、ノートを取っていたようだ。撮りっ放しで放置することはない性格らしい。
 いい"師匠"を持ったなオマエ。
 
 「おれのこと飼うって札びら切ったバカもいたよ」
 けらっと笑い、リカルドのほうに歩き出したシャンクスに声をかける。
 「大人しく飼われるタマでもあるまいし」
 
 
 リカルドが、ひょい、と顔を上げ。
 「真夜中までかかるのかと思った」
 に、と笑った。
 「悪い、待たせた」
 言えば、ひらりと手を振って返された。
 
 「リカァルド、コンバンワ」
 シャンクスの声が甘い。
 「あのな?」
 「んー?」
 咥え煙草のまま、ネガをファイルに仕舞い込みながら、リカルドが答えて。シャンクスが、すう、と一歩近づいていた。
 「多分、ゆめにオマエがでてきてネ?ますます好きになったよ」
 ふんわり笑顔で言ったシャンクスに。ふぅん、とリカルドは笑って。
 すい、と煙草を指で退け、とん、とその頬に口付けた。
 「夢だといって忘れるなよ」
 瞬きをしたシャンクスに、リカルドはふわりと笑い。それから立ち上がって、ファイルを片づけに入っていた。
 
 「なあ、ベン。腹減った」
 訴えてくるリカルドに笑いかける。
 「イタリアン?」
 「いいな」
 「シャンクスは他に食いたいものあるか?」
 訊けば、
 「"ルチオーラ"?」
 店の名前で返され、頷いた。幸せいっぱいの笑顔が返された。
 
 「道路が入り組んでるから、オレが運転しよう」
 笑いかけると、リカルドが頷いた。
 「CJ―5は基本的に二人乗りだしな」
 「リカァルド、」
 すい、と肩に懐いたシャンクスを見下ろし、リカルドが笑う。
 「アンタは運転しなさそうだな」
 「バックシートであそんでおこう?」
 とろ、と蜜が滴る声で言ったシャンクスに、リカルドがとん、と額を突いていた。
 「帰りはオレが運転するから、道覚える」
 「教えてやるのに」
 「遠慮する」
 きぱ、と返すリカルドの声に笑う。
 「あ、もう1ヶ月はいるから道知ってるってのに」
 
 充電器にかけておいた携帯電話を拾い上げ、店に3名での予約を入れ。車の鍵を取り出した。
 戸締りを確認し、火元のチェックを済ませ。耳を引っ張られたリカルドが、仕返し、とばかりにシャンクスの鼻を摘んでいるのに笑ってから、行くぞ、と声をかけた。
 気分は幼稚園児の引率者。
 猫の子のような抗議の声を上げているシャンクスから手を離し。リカルドがするりと歩き出していた。
 「シャンクス、行くぞ」
 声をかけ、ドアを開けて待つ。
 とん、とリカルドの背中に肘を当て。くっ付いたまま歩いているシャンクスの姿に笑う。
 
 パーキングまで降りて行き。ダークブルーのレンジローヴァ4.6HSEのキィを開けたなら、リカルドが笑っていた。
 「なんだ?」
 「少なくとも、ハーレーよりはオマエらしい」
 「ハ!」
 笑って乗り込み、夜の街へと車を滑り出させる。
 カーラジオをつければ、リカルドが好きな曲が流れてきて、さらに笑った。
 "Give It Away" ―――やっちまえ。
 
 「まだ連中好きなのか?」
 道中訊けば、リカルドが頷いていた。
 「こいつらを歌えるヤツと"兄弟"になった」
 「それはよかったな」
 「ウサギチャンの最愛だ」
 ああ、オマエは。
 レッドライトで見遣れば、ふわりと幸せそうな顔をしていた。
 自分では幸せにしようとは思わないんだな、相変わらず。
 
 ひょい、と顔がシートの間から生え。
 「オマエを振ったの…?」
 と吃驚顔のシャンクスが訊いていた。
 「振られてない。手に入れようとは思ったことがない」
 開け放した窓から煙草の灰を落とし、リカルドがますます幸せそうに笑った。
 「だからオレは宝物が二つに増えた」
 
 シャンクスが猫のような眼差しで、じいっとリカルドを見据え。
 「あーあ……、リカァルド、」
 そういいながら、ふわふわの笑みを浮かべていた。
 「いいだろう、そういうのも」
 「オマエは昔からそうだよな、」
 言えば、リカルドが小さく肩を竦めていた。本人が心底幸せそうだから、告げる言葉はない。
 
 
 
 
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