ルチオーラのパーキングは空けておいて貰えた。
真っ直ぐにテーブルに案内され、好き勝手にオーダしたものを、時間をかけて平らげた。
始終会話はふわふわと浮いたまま、テーブルの上を漂い。優しいイタリアンの味に絡んで、妙に素直に内に堪っていった。

アントレをいくつかと、あとはワインばっかりのシャンクスに。
リカルドが、肉もパスタもちゃんと食え、と。プレートに寄せて差し出していた。
一口づつ。
すう、とシャンクスが目許で微笑んでいて。
まだまだ気分がいいままで居るのだということが解った。
纏う空気が、甘く重めで。仕種のひとつひとつに色香が滴っていた。

「気に入った?」
ゆっくりめの口調で訊くシャンクスに、リカルドは小さく頷く。
「ベスト5には入らないけどな」
緊張気味のウェイタが空の皿を下げに来て笑い。ワインのボトルをもう1本追加した。
渋めの赤。

ワイングラスを持ち上げたまま、シャンクスが下からリカルドを覗き見るように窺っていた。
「5位はオレの手料理、4位はベンの。3位はウサギチャンの手料理で、2位がアルトゥロ」
「1位は?」
すい、とリカルドの視線が合わされて来て、眉を引き上げた。
「ベンのお母さん」
「―――今度伝えておく」
「オレが初めて食べた美味い家庭料理が、ベンのお母さんのだったんだ」
リカルドがシャンクスに言って、ミネラルウォータを飲んでいた。

「こんどさ、」
シャンクスの目が輝いている。
「5位、味見させてナ」
そう言ったシャンクスがくぅっと唇を引き上げたのに、オレは4位が食いたい、と目線と共にリカルドに言われ。
明日は家で夕飯を食うか、と結論を出した。

「けど、いまはこれでいいや」
あん、と口を開け、くわせろー、と甘えて笑ったシャンクスの口に、リカルドがステーキを放り込んでいた。
「ゴハンを美味しく食うヒトは好きだ」
リカルドがふんわりと笑って言っていた。
「ゴハンを感謝して食うと、もっと美味いんだって知ってたか?」
租借しているシャンクスの目を見て笑っていた。
こく、と飲み込んだシャンクスが、
「いまは美味いよ、」
そう目許をくしゃ、とさせて笑った。
コドモみたいな素直な笑み。シャンクスが滅多に見せない。

「今みたいな顔、オレ好きだよ」
リカルドがさらりと言って、オレを見た。
「ベンのと同じくらい」
「…そりゃどうも」
にっこりとリカルドが笑って―――そういうコイツの笑顔垂れ流しも珍しい―――また、シャンクスに、今度はパスタを差し出していた。
スプーンの上のニョッキ。
そして。ぱく、と食べたシャンクスに、満足げに笑っていた。
にこにこと、二人揃ってレアな笑顔垂れ流し。

ちらりと目線を店内に投げかけると、ざ、と視線が落ちていっていた。
ウェイタの視線然り。
ワインを飲み干しながら、"相思相愛"のようでよかったな、と。どちらにも内心で語りかける。
窓の外にはキレイな夜景が広がっていて、妙に笑えた。
まったく妙な三角関係が、立派に成立しちまってる。
そして。
今日はウェイタもウェイトレスも。リカルドにちょっかいを出す気にはなれないらしい。


ヴァイヴにしておいた携帯電話がポケットで震え。失礼、と断ってからそれを持って店外へ出る。
仕事の話。
持ち込まれた依頼は、ポップ・カルチャとグローバライゼーションについてのことだった。
いくつか提案を出し、返事を貰い。締め切りを確認してから電話を切った。

不意にリカルドの言葉を思い出し。
久方ぶりに、実家に電話をかけてみる。
ワン・コール。
ツー・コール。
スリー・コール。
『―――ハイ?』

聞こえてきた声が、母親のものであったことに胸をどこかで撫で下ろした。
「母さん、元気そうでよかった」
『―――ベン』
ああ、そんなに吃驚するなよ。
「久しぶりにリカルドに会っている。母さんの作ったメシが一番美味いってまだ絶賛してる」
『帰っていらっしゃいよ。リカルドも連れて。元気なの?あなたも?』
「元気さ。リカルドもな。変わらないままだ」
『そう。…父さんがあなたの記事を読んで、この間考え込んでいたわ』
「顰め面じゃなく?」
煙草に火を点けて訊けば、違うわよ、と優しい声が聴こえた。

『ねえ、帰っていらっしゃいよ』
「考えておくよ」
『待ってるわ』
「また連絡するよ」
Mum, love you. そう言って通話を終え。
煙草を吸い終えるまで、夜空を眺めていた。
優しい夜を味わう。

頭の中、不意にアイデアが浮かんだ。
「……ふン」
煙草を揉み消して、店内に戻る。
妙に甘ったるい店内の雰囲気に苦笑した。
ふわふわとろとろと、蕩けた笑みを零しっぱなしのシャンクスと。ふわりと穏やかな顔で煙草を吸っているリカルド。
"恋人同士"に見えて、妙に笑えた。
キーを預けて、歩いて帰っちまおうか。

リカルドが、こちらに目線を上げて来た。
シャンクスが、でないところがさらに笑える。
ハンドサイン。
"二人っきりのほうがいいか?"
"馬鹿言え"
喉を掻っ切るサインで応えられて、また笑った。
テーブルに足を踏み出したら、シャンクスが、すう、と目線を投げかけてきた。
"満腹の猫"。
とろりと艶っぽい笑みを目だけに浮かべていた。
ハイハイ。幸せなんだな、よかったな。

ベック、と音にしないままに呼ばれた。
テーブルで、席に戻る前にシャンクスの髪を撫でる。
掌に懐くように、僅かに首を傾げられた。
さらりと撫でてから放す。

「オレも本屋に寄る用事が出来た」
言えば、仕事の依頼か、売れっ子は大変だな、と。リカルドが笑った。
「あ、じゃあ」
く、とシャンクスが目線をリカルドに投げかけた。
リカルドが煙草を揉み消しながら首を傾けた。
「ダンス・セクション。探そっか、」
とろりと柔らかいシャンクスの声が続ける。
「多分あるよ、絵」

こく、とリカルドが頷き。またオレに目線を上げて来た。
「今日はオレが払う」
笑って首を横に振る。
「ほとんど酒代だから、こっちで持つよ」
ウェイタを呼び寄せ、カードを目の前で切らす。
サイン、で支払いは完了だ。

「あ、そうだ」
甘ったるい、"幸福"を滲ませたコイビトの声。
「リカァルド、」
目に艶を過ぎらせたシャンクスに、リカルドが真っ直ぐの目線で返す。
「いま、キスしたらワインの味するよ……?」
誘う声に、逃げ送れたウェイタが、ぴく、と肩を揺らしていた。
カワイソウニ。

「好きじゃない」
リカルドがあっさりといなし、立ち上がった。
「まだフルーツのほうがいいな、」
すい、と肩を竦めていたシャンクスが、その言葉に、ぱあ、と笑顔を弾けさせていた。
「わかった、」
コドモのように素直な声。
甘いな、リカルド。
喉奥で笑う。

「あと、」
シャンクスの椅子を引いてやりながら、リカルドが言った。
優雅に立ち上がりながら、なに、とシャンクスが目で訊き返していた。
「ベン以外の味は共有したくない」
―――おい。
「忘れるなよ」
リカルドがにっこりと笑っていた。
――――まぁじで三角関係か?

「―――ドリョクしてみるよ、」
おまえのいる間は、とこっそり付け足していたシャンクスのセリフに、また溜息を吐く。
「どうしようとそれはアンタの自由だけど。オレにも拒否する自由があるだろ」
な、と。まるきり邪気のない笑顔で、リカルドが笑っていた。
「マルボロならいい、ってベンも言ってたし」
男女どちらの店員も、固まっていた。
―――ったく。

にっこりとしたシャンクスに、けれどちっともそんなことは気にしていないリカルドが言う。
「マルボロはオレの味。他のブレンドは知りたくもない」
「わかった、いい?」
首に抱きつく勢いのシャンクスの額をトン、と突いて歩き出していた。
ごつ、とシャンクスの頭を後ろから軽く突く。
「ひとまず店内は止めなさい」
「―――ん、」
にこおと、嬉しさがにじみ出ているシャンクスの顔に苦笑する。

「ベン、どっかでフルーツ買ってくれ」
悪魔の笑顔ってヤツを浮かべたシャンクスの背中を押して店外へ出る。
シャンクスが店員たちにひら、と手を振っていた。
「あンた、車の中で食いだしそうだから却下」
キィをリカルドに放る。
「本屋の棚の影でキスしようと思ったのに」
告げられたセリフに、一つ溜息。
「家帰るまで禁止」
セキュリティ・カメラの映像がネットで垂れ流しにされるぞ馬鹿。

「はぁい、」
ちゅ、と唇にキスされて、また溜息を落とす。
もう少し周りを認識できるようには―――なろうともしないだろうなぁ。

「ベン、ナビよろしく」
「了解」
「シャンクスは後ろでいいコにな」
リカルドがにかりと笑って、ドアを開けてやっていた。
「What's for reward?(ご褒美ナアニ?)」
歌うように言ったシャンクスに、乗れば教えてやるよ、とリカルドが言っていた。
エスコートしなれたな、オマエ。




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