ソファじゃなくて、カウチの方に飛び乗った。
トレイにディスクが引き込まれていき。
妙に神妙なカオでセッティングを終えたリカルドは、ラグに座り込んだままソファに凭れかかっていた。
「そこで観ンの?」
おおい、と声をかける。
片足を引き上げて、片手にはリモコン。
「うん、」
リカルドの意識が半分以上、モニタに持っていかれてるのがわかるから言ってみた。
「画面近すぎ、せめてこっちだ、」
カウチの反対の端を指差した。フロアにはもたれかかるスペースは余裕にあった。
「ん、」
視線を動かさないまま、身体だけ移動。うわ、でっかい犬みたいだネ。
「もうちょっと右」
動くか?
ほんの少し、右側、ってことはおれのいる端の方へ移動させた。
書斎から資料やノートPCを持ったベンが横を通っていっても、もうすっかり視界には入っていないみたいだった。
メニュウがモニタに表われてるのを眺めて。
あ、一応ちゃんと第一幕から観るんだ、と。本編を選んだのにすこしわらった。
カウチに半分寝そべって。腕を伸ばせばテーブルのモノにも。ほんのすこし身体を伸ばせばリカルドにも腕のリーチの範囲。
ダイニングテーブルのあたりから。キイを軽くタッチしていく小さな、乾いた音が休むことのないリズムで聞こえてくる。
オーケストラの演奏が始まって。
すう、とモニタのなかでは舞台の俯瞰からアップにとカメラが切り替わっていた。
バレエ、観るのハジメテって言ってたっけ、さっき店でそういえば。
マジメな目が、ちょっと困惑を隠せていない。
かぁわいいなあ。
腕を伸ばして、水をグラスに注いだ。気泡がのぼっていく音がほんの少し届いて。
モニタではもう幕が開いていた。
「ふぅん、」
この一声は。舞台のセッティングにかな。
フルでこの演目をするのは珍しい。大体はダイジェスト。
そのまま、また身体を伸ばして。
別のグラスに気泡の上がらないただのミネラル・ウォーターを注いで。
「はい、ドオゾ」
渡す。
「アリガトウ、」
画面に表われるダンサァたち。
ちら、と目線を投げ。おれに向かってすこしだけ笑みを刻んでいた。いいっていいってー、構いたいだけ。
また、とさりとクッションにカオを埋める。目線の直ぐ先にあるリカルドの肩越しに、モニタが見えた。
一際、目を引くダンサァが表われ、モニタが急に引き締まる。
「これ、セト?」
リカルドの問いに、そうだよと答えて。
「……うーわぁ、」
どんなインプットがあったンだか知らないけど。ひたすら絶句して観ているリカルドを鑑賞する方がおれは面白いかな。
すこしばかり腕をまた伸ばして。
邪魔にならない程度に肩に触れた。
「すげぇ、ダンサァだろ、」
「……すげぇ」
カウチに半分伸びたまま、なんだか妙に居心地が良いままで。多分ダレよりも雄弁な踊り手は確かに観るに値する。
すぐに最終幕になり。
ダイダエン。
すぐにインタビューに切り替わっていくのにまたわらった。
視聴時間は、一人分。わかりやすいねえ、オマエ。
そんな具合に次々とディスクが再生されては、たまにインタビュにプリマも加わっていた。
あとは、メインのダンサァが二人かそこら。
そして、舞台の演出者たち。
これは比較的、でてくる数は少なかった。
たしかになぁ、クラシックの舞台は限度があるよナ。
ふ、とコーヒーの匂いに気がついた。
すいすい、とリカルドの肩を揺すった、かるく。
「…?」
「まだ、観る?」
「もーいい」
「じゃ、さ。コーヒーでも呑も」
「ん」
くう、と。フロアから立ち上がってリカルドが思い切り身体を伸ばしていた。
んー、まぁね。4枚は観たよな、少なくとも。
あ、思いついた。
ぺた、と。
デニムのバックポケットの辺りに「触った」。
ひょい、と見下ろしてくる。
1、といったら2、って具合の反射。
ぺた、ひょい。
ハハハー、触られ慣れてンなあ?お気の毒様ー。
「なんかついてた?」
「うん、ラグの糸」
おもいっきり嘘バレバレだよな。これ。
何の疑いももっていない声におもしろいから返したら。
「サンクス、」
―――うーん、コレは。バカ正直?
笑いを押さえておれも立ち上がって。
「リカァルド、そのまんまでいろよー?」
とん、と。肩を押した。
「…?」
真顔で、疑問符だらけで見つめ返されても。返事のしようはないダロ。
きっと、楽しめる連中だけの知っている秘密。
おれが返事をする気がないのを見て取って煙草を咥えなおしたリカルドに、感想を聞きながらいったい何文字打ち込んでるんだかわからないヤツのいるテーブルまで進んだ。
「シャシンシュウのとはまるっきり"別人"」
「そりゃあね?表現のフェィズが違うだろうし」
「だな」
「本質はダンサァだよ、やっぱり。躍ってる方が綺麗だね」
「ん。でもオレが撮りたい顔はヒトツもなかった。役作りが完璧だね」
「クラシックは決まり事が多い、その分表現はそれぞれだよなぁ、」
そんなことを言って。会話を切り上げようとしたなら。
「アンタも映画のときはそうだった、」
「―――ハイ?」
イキナリの感想に吃驚しちまった。だって、筋のわかる見方しないんだよな?
「オレはいまのアンタの顔の方が好きだね」
さら、と髪を撫でられて。最初にもたれかかってたソファの後ろに置いてあったストアのペーパーバッグを取りに行っていた。
だからおれも、そ知らぬカオでノートPCのモニタに目線を投げたままのコイビトのいるテーブルまで行って。
家の中ならキスしていいか訊いた。
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