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 Marmol del vidrio (ガラス玉)
 
 
 ストアで、ダブってると思ってたマクシーの形になったもの。
 それを、あっさり渡された。
 どこにも、写真家本人の「近影」などナイそれ。
 
 ヒトの感情に聡いヤツなんだろうな、と思った。
 良くも悪くも、思い立ったことはすぐに実行して。
 単純に。そして渡さされるものの中に好意しかない。
 
 そんなものをもらったのは、いつまで遡ればいいのかわからなくなるから。
 経験値を思い出すのはヤメにした。
 ただ、単に。とてもうれしかったから。
 それだけを言って、となりで見ていた。マクシーが知らない間に消えてしまう以前にださていた作品集の頁をリカルドが静かに辿る、
 重い紙が捲くれていく音が微かにして。
 紙に焼き付けられたシャシンは、まだ物柔らかなトーンを見せていた。
 
 マクシーと最後にあったのは。コレが出版された記念、とか言って開かれていたパーティだった。
 そして一目見るなり。ヒトのことを影に引き摺っていって。
 ゆっくりと死ぬのはヤメナサイ、と確か言われたっけ。
 ううん、おれより先に周りがソレに捕まるのは何でだろうネ?と返したんだ。
 マクシー曰く。
 ―――あ、ダメだ。
 思い出した言葉。いまそれを思い出すのは止しておこう。
 ヤバイ。
 覗き込んでいたシャシンがブレた。
 『ほそっこいの。それは、おまえが―――』
 かつ、と。大理石の床をコインが転がるみたいな。硬いアクセントがキレイだった声が半分、再生される。
 どこかで、ノートPCのキィを叩く音がしなくなっているのを知覚した。
 
 また頁の繰られる音がしている。
 目線を動かしたなら、そのまま視界が撓んで歪むかもしれない。
 けど、……あァクソなんてタイミングだよ。
 視界に広がるもの。
 ―――これ。
 『ちょっとおいで、ほそっこいの。気分転換だ』
 そんな一言で連れ出されて、珍しく気分のよかった夏の日に。撮られたなかからの1枚。
 オフを取ってアムスでバカ騒ぎしていたところを、問答無用でマクシーに掻っ攫われた。
 国境を越えてベルギーまで連れ出されて。
 夏草の真ミドリのなかに、十字軍遠征の頃に作られた修道院の廃墟があった。
 
 好きなところに座れ、というから。
 石組みが崩れて、屋根から陽射しが落ちてくる石床に積み上げられた瓦礫の上を選んだ。
 ちら、と。マクシーが確かに笑うのが見えたからワケを訊けば。
 ほそっこいの、そこはね。イスタンブールで死んだ騎士の墓だ、と。
 そんなことを言ってシャッターを切っていた。崩れた墓廟。
 
 マクシーがヒトよりは、景色を取り込む目をもつ人間だってことはわかっていたから。
 修道院の廃墟、そのなかでも墓のなれの果てに座り込んで。
 おれへのあて付けと思い込みで勝手に死んだ連中のハナシをして。自分の名前が面白おかしく噂にでるのが迷惑だ、
 そんなことを言ったなら。
 ほそっこいのが喰いすぎたんだろ、それは。と、あっさり返された。
 レンズを軽く睨んだなら。
 おまえの牙がわかってそれでも飛び込むのなら勝手にさせておけ、と。
 フィルムの巻き上がる音と一緒に言って寄越された。
 
 そのあと、何度が場所を変えて、結局は。アムスには戻らずにしばらく撮影にヨーロッパを南まで下る、と笑ったマクシーに。
 おれも何週間か「くっついて」まわった。
 一緒に旅していたマクシーのカノジョも、辛辣具合はコイビトと同等で。
 だけど、容のイイ胸の間に挟まれてただ眠るのは気持ちよかった。
 
 ―――おれは、すっかり。
 思い込もうとしていたんだよ。きっといまごろ、どこかでカノジョと。あのときふざけて3人で話していたみたいにマクシーは、
 『ビーチの傍で晴耕雨読』
 『たまには恋人を撮って、って?』
 『恋人は撮らないよ、見せないから』
 『うーわ、マクシー。アナタがそんなにパッショネイトだとはおれ知らなかった』
 『『コドモが偉そうに』』
 顔を、3人で見合わせてわらった。
 そんな具合に気侭にあのコイビトと『生きて』いるんだろう、って。
 
 マクシーが切り取った景色の中にいる「おれ」はまるっきり。
 廃墟のなかに溶け込んでいた。モノクロ、なのに夏草の色も。空の青みもぜんぶ。
 あのときのままだ。
 記憶と同じ。
 ただ、―――あぁ、クソウ。
 ダメだ。
 ぱつ、と。
 テーブルトップに何かが落っこちた。
 瞬きをしたなら。
 
 おれは。ヒトのいるところで泣いたことは無かったのに。
 
 ぐ、と。頭を引っ張れそうな具合に片腕に抱え込まれた。リカルドに。
 コイビトの腕ではありえないけれども、それでもおなじほどおれの欲してるそれ。
 腕に閉じ込められたなかで目を伏せても勝手にまた零れていって。
 リカルドの撮った『場所』の絵を思い出していた。冬の晴れ間、小さな教会。
 
 『カメラを持って、走り出たんだよ。小さな町だ』
 ネガフィルムを覗き込んだなら、咥えタバコで静かに微笑んだ横顔。流れ落ちていった髪。
 
 なんで、こうもおれはズレルかな、タイミングが。
 わかってるさ、―――認めたくなかったんだ。
 もういないってことを。
 大事な思い出めいたモノのなかに、"クール"な笑みでカオを出していたヒトが。
 どこにも。
 ……マクシー。
 
 
 拳で目元をきつく押さえていたなら。
 漸くすう、となにかが落ち着いていって。
 手を下ろし、目を上げれば。
 トン、とクリネックスのハコ。うー……定番じゃねぇかよ。
 
 ごそ、と引き摺りだせば。
 髪をくしゃりと乱してリカルドの手も離れていった。
 ―――明らかに慰められてる。
 いまになって気付いた、やっとキィの音がし始めたことに。
 
 ぱたり、と。
 マクシーの容は背表紙で閉じられて。
 テーブルに、無理やりにあいた隙間に腕を伸ばしてカオを伏せた。
 「アタマ痛いからちょっとネル」
 
 「ん、」
 と隣から。
 「ああ」
 と向かいから。
 
 さらり、と。コイビトの掌に、伸ばした手を撫でられていった。
 静かに、もうすこしだけテーブルの上の空間をリカルドがひろげていくのもわかった。
 あー…クソウ。これって「あいされて」ンのか……?
 
 
 
 
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