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 アタマのシンが、鈍く痛いようだった感覚は消えていて。
 す、と意識が表層に上ってきた。
 
 何時の間にかベッドに寝かされていて。最後に覚えてるのは、ダイニングのテーブルで突っ伏したこと。
 目を開ける前に、なにかがいつもと違うことを感じた。
 熱源が、複数。
 向きあったほうと、背中の側。
 ――――へ?
 
 ぱ、と。
 目が勝手に開いて。
 緩く、身体に休ませるみたいに置かれてる腕の重みはちっとも不快じゃなくて。
 こんな腕の持ち主は1人しかいないわけだけど。直ぐに思い当たるのは。
 だけど。
 「―――ベック…?」
 思わず、落とした声でその名前を確認してみた。
 酷く眠りの浅いこのオトコがおれよりも後に目覚めることなど本当に稀で。
 まして。
 名前を呼ばれても、僅かに指先が動くだけ、なんてのは。
 ハジメテだ。
 
 すう、と。微かな寝息が聞こえて。余程耳を澄まさないと聞き逃すほど微かなソレは。
 まだ深い眠りに付いている何よりの証拠かもしれない。
 伏せられた瞼の作り上げるラインだとか、頬から頤へかけての線、そういったものを間近で視線で辿って。
 唇にほんのすこし、触れた。
 まずはそろりと上げた指先、それから唇で。
 すぐ、先。睫毛が重なるくらいの距離で、瞼が微かにぴくりと動いてはいても。
 目覚める様子は無かった。
 このサイドにいるのは、コイビトだった。それも酷く熟睡してる。
 じゃあ、背中側にいるのは―――?
 
 コイビトの頬をする、と撫でてから。
 こういう事態になるのは、このオトコとはハジメテなわけであるし。そもそも他のヤツを一緒のベッドに上げること自体―――
 心当たりは、一人だけれども。
 
 軽く向き直り。
 目に入ってきたのはどうやらリネンの下の脚の模るジョウトウなライン。
 均質に、キレイに筋肉が薄くついてる。
 「リカァルド……?」
 眼差しだけを上げれば。
 ヘッドボードに凭れかかって。立たせた片膝に頤を乗せて。
 窓の外へ、ぼうっと視線を投げているリカルドがいた。
 
 「―――おはよう?」
 抑えた声で言ってみる。
 寝起きのリカルドはだって、危険、なわけだろ?
 取り扱い要注意、って本人もその親友も言ってるくらいだ。
 「ん、」
 ちいさい声だ。
 フゥン?
 一応、聞こえはするんだな、ヒトの声は。
 それにしても、ブッチョウヅラ。
 編集あけの、ディレクターみたいなカオしてンぞ、オマエ。
 
 「朝だね、」
 低く話し掛ける。
 「ん、」
 自分も寝起きは最悪な方だから、"ご同輩"の扱いはすこしはわかる。
 「よく、ねむれた?」
 単純な問いかけをいくつかしていって、ゆくり気長に意識を上へ引っ張りあげていけばイイだけのハナシ。
 「声」の方へカオを向けて。まだ表情は例の仏頂面のままだけど。
 「んー、」
 そうリカルドが返事してきた。
 なんか。
 眠くてしょうがないのに起きてる犬みたいだね。
 
 「そっか。天気良いみたいだね、」
 ひら、と窓の方を指差してみる。
 「ん、」
 指につられて、また窓外へカオをむける。
 「リカァルド?」
 無反応。
 なるほど?名前を認識できるほど、まだそこまでは起きてないわけだ。
 だったらもうすこし放っておくかな。
 
 コイビトに向き直る。
 さら、とした手触りの髪を指で掬い。
 容のイイ額をそうっと辿り。眉間に口付けてみた、そうっと。
 「おはよう、朝だよ」
 あまったるい、とっておきの声で言ってみる。
 額をそのままあわせるようにして、見守り。
 音が聞こえそうな勢いで開いた目、一瞬も躊躇うことなく。銀灰が一気に覚醒していく。
 「おはよう、いま何時だ?」
 寝起きとは思えない、しっかりした声が訊いてくる。
 片腕に、その頭を抱きこんでみる。
 「わかんねェよ。そんなん」
 頬で髪に触れる。
 
 「なんじ、」
 声だけでリカルドに問う。
 まだそこまでは起きてないかな?アァ、うん。無反応。
 「リカルドが起き切れない時間、おれが普段なら絶対おきてない時間」
 応える間に。ベンが片腕だけをサイドボードに伸ばし、時計を引き寄せていた。
 肩口に預けられたままの頭を、とん、とん、ともう一方の手で軽く触れる。
 「8時5分前、」
 片腕で引き寄せた時計のアラームを止めながらそんなことを言っていた。
 「時間なんか、イイ、」
 髪に唇で触れた。
 
 トス、と時計がリネンに置かれて。マットレスが少し揺れた。一動作で、きゅう、と抱きつかれる。
 体温が流れ込んできて、妙な具合にシアワセになった。
 「おはよう、オマエ起こすのハジメテだね」
 さら、とまた髪に指先を潜り込ませたなら。
 「頭痛は?」
 低い声が落とされた。
 静かな、あたたかい。
 く、と目を閉じる。
 「ん、へいき」
 微かに引き摺るようだった痛みは、もう酷く薄らいで遠い。
 
 「オハヨウのキスは?」
 コイビトの少し笑みの潜められた声に、目を閉じたままで唇をちょっとばかり引き上げる。
 「したよ?おれ、オマエのプリンス・チャーミングじゃないみたいナ?起きなかったよ。ナマイキなヤロウだ」
 さら、と腕に力を入れる。
 く、と。
 喉奥で笑って。そして。
 「じゃあやりなおし」
 コイビトが言った。
 ゆっくりと目を開ける。
 
 とん、と。その身体に半分乗りあがって。
 両頬を掌で包んで、額に口付けた。
 「―――ど?」
 うすく唇を浮かせて問う。
 「足りない」
 眉間と、眦にも軽く触れていく。
 瞼の上と。
 さら、と指先を耳元へ滑らせて。
 「……いかがでしょう?」
 頬へも唇で触れたなら。
 「まだ、足りない」
 声が完全に笑ってた。
 カァワイイね?どうしたの、オマエ?
 目を覗き込む。
 
 「"オハヨウ、ダァリン"」
 「おはよう、キスは?」
 こめかみにそのままキスして。
 唇にちかい頬にまた触れた。
 笑い声。
 ちがうな、声がわらってるんだよな。
 コレ。
 
 す、と。
 ほんの微かに唇に触れる。
 腕に力が込められて、抱きしめられて。
 きつく押し当てられる。
 薄く唇を開いて。覗かせた舌先で薄い唇を辿った。
 寝起きの所為で、いつもよりは少し温度が高いかな。
 間近で煌めくような銀灰を見つめて。に、と目元だけでわらう。
 
 「このまま、喰ってイイ…?」
 声を落としてみる。
 「ドウゾ」
 「ほんと?」
 「あぁ」
 唇を押しあてる。
 く、と同じだけプレスされて。笑ったままだった間から舌が滑り込んできた。
 押し上げるように捕まえて。やんわりと絡める。
 朝に似つかわしくないキス。
 
 「シャワー」
 ダレにいうともない台詞がリカルドから聞こえる。
 目線を上げて。
 まだ眠ったままの身体がのそりとベッドルームを後にしようとしていた。
 あぁ、話し掛けたいのに。
 でもキスやめる気もしねぇし。
 ―――ジレンマ。
 
 深く口付けたまま、喉奥でコイビトがわらう。
 おれの抱えた葛藤はとうにお見通し、ってか。
 肩辺りに力が込められるのが掌を通して伝わり、とさ、とリネンに押しとめられかけ。
 首を軽く横に振る。
 長く深い、熱をやんわりと混ぜ合わせるようなそれを交わして。
 コイビトの頬を掌で撫でた。
 言ったじゃん、おれ。
 喰わせろ、って。
 
 口付けが解かれて、目を覗き込まれる。
 その肩をまた押して。銀灰があまい色味を刷いていた。
 頤に唇で触れた。
 喉元。
 喉の窪み。
 ドッグ・タグを軽く歯に挟んで。
 胸元に舌先を滑らせて。視界に、下りてきた髪が薄い幕をかける。
 
 かり、とすこしだけ肌を食んで。
 舌先でキレイに模られたハラだとか、肋骨のまわり。
 摘み食いして。
 喉奥で低く、また笑う声を聞いて。
 ちゅ、と肌に吸い付いて軽く音を立てた。
 
 縦に、す、ってアクセントを落としてる臍のあたりとか、結構好きだなおれ。
 無駄が一切ない身体、特にワークアウトマニア、ってわけじゃないのにナ?オマエ。
 脇腹から腰にかけても、齧って。
 これくらいの線が一番、オトコとしては理想なのかもな、とかふと思う。いつだって。
 
 「喰っちゃうヨ……?」
 吐息で訊いて。
 腰骨の上を舌で押し撫でた。
 一瞬だけ、視界がクリアになる。髪をさらりと撫でられ。
 また、さら、と視界に幕が薄くかかる。
 
 ダレが着せたのかしらないけどさ?
 おれ、PJなんてもってたっけ?
 ま、いいや。
 ぺろ、と。
 アンダーの上から舐めてみる。
 
 「リカァルド、シャワーで目ェ覚めんの…?いつも」
 「そう」
 「寝起き、かぁわいいね」
 ふわり、と甘い声に笑みを刻んだ。
 「あれはまだ寝てる顔だ」
 くく、と笑い。また髪をくしゃりと掻き混ぜられた。
 「みたいだなぁ、また一緒にねよう」
 「でかいベッドを特注しないとな」
 指先にアンダーを引っ掛けて。その線を舌で追いかけた。
 そのまま引き下ろして。
 舌先で辿った。
 
 
 
 
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