Reuni
Ón(再会)



しばらく一緒に暮らしていた脚本家は、書斎に篭もらないと1行も書けない様なニンゲンだった。机の周りは資料が山積み、
辛うじてキイボードの上にだけ空間があった。
他にも幾つか浮かぶ「モノ書き」も大抵似たり寄ったりで。
定位置で書くか、バーの隅っこのテーブルで書くか、差はそれくらい。

だから、隙間が見えるデスクのあるこいつの「書斎」には最初驚いた。
おれが落として歩く本にしたって、気がつけば元の位置に戻ってる。
「書く」場所にもそれほど拘ってはいないんだろう。現にいまだって、リヴィングから「ツマラナイ、」と言った所為かは怪しいけど、
ソファでノートPCに何か打ち込んでいる。
凭れかかってもモニタは見えないから、なにを書いているのかは知らない。
声を掛ける前は、キッチンテーブルにたしかいたよな。

「なに書いてンの。」
背中に寄りかかったままで聞いた。
「文章」
「うん、何を書いてンの」
さら、と応えられて聞いた。
「"ピアシングにおける心理"」
身体と精神のバランスがどうこう、どこかで聞いたな、確か。

「なぁ?」
「はン?」
あぁ、思い出した。感覚が先だね。
「スプリット・タンのヤツとキスすると、ちょっとイイよ」
まあ、もちろん、それだけじゃないけどさ。
ちろり、と裂けた舌。おれはする気ないけどね。
「ワッカに舌先通すのも一興だな」
「けどさ?それだと」
「ん?」
ピアシングの話に移っているおれの「コイビト」に言ってみる。キイを打つ音は絶えず聞こえてくる。
「信用してるヤツとしかセックスできない」
指、引っ掛けられたらオシマイじゃん、そんなのな。

「オマエは頭がいい」
か、と音が止まって。
これはおれが最初に驚いたことの一つ、肌に。すうっと染みるくらい馴染みの良い掌が。
頬を撫でてくる。
次いで、とん、と軽く。唇にかすかな熱が掠めてくる。
「それでも定期健診は欠かせないな」
色気がないね、まったくさ。

「面白そうな子いる、」
ちらりと腕の向こうに見えたモニタに目線を投げる。
「紹介状を書こうか」
そう、面白そうな子。こいつの「親友」以上に。いるかな?
「おれ、人生においてそういうもの必要だった試しがないヨ、ベン」
唇を押し当てる。
「自力で勝負か。いいな」

何日か前が、デンワを掛けて来た相手。洩れ聞こえる声と、こいつの様子で興味が湧いた。
ふわ、と唇を啄ばまれて、少しわらう。
「いまのとこ、敗戦記録は無し」
だと、思うな。どうなんだろう?自殺されたのは、おれの負けになるのか?や、むしろ相手の試合放棄で不戦勝、なのかなおれの。
「ネコ」
「ん?」
なに、と言いかけ。
深く口付けられた所為で言葉が宙に浮いた。

舌先が滑り込まされて、ふわりと僅かにヴァニラの香りが抜けていく。ただのキツイ葉っぱじゃないのが確か最初も気に入った。
『アーク・ローヤル』。
自分で吸うより先に、人ヅテで葉巻の味を知った身としては?妙に懐かしい感もあるけれども。
細かいパーツも好きな相手とするキスは無条件にウレシイ。
温度とか、絡めたときの舌触りとか厚み。―――オマエ、けっこうパーフェクト。

髪に指を差し入れた。絡み取る。
"あまい口付け、"腐るほど吐いた台詞の一つ。
けど、実際そうだから、しょうがない。
オリジナリティを探すんだけどね、口説き文句とか口説かれ文句とか。混ざりすぎててわかんないねェ。
弊害だよ、おれ。

あまやかされるみたいなキスは、そのまま受けて。
意識を浮かせると気分がイイ。
勝手に抜けていくあまったれた声は。これはまぁ、オリジナルだ。
キディポルノなんかには、でてないしね。アタリマエだけど。

目を開ければ。
キスを解かれた。―――ちぇ。
まだ食い足りない唇、それが吊り上って行く。
そして。
「あと15分ほどで到着するぞ」

あぁ、これは。
オマエ、嬉しいんだネ。
わかるよ。
そうか、来るのか。
さっきのデンワはじゃあ、オマエの「親友」からだったんだ。

「"リカルド・クァスラ"、」
名前、覚えちまったよ?
「おれね?」
「ん?」
にっこり、と笑みを刻んでみた。
「声だけで、そうとう惚れた」
楽しみだな、とコイビトに言った。




高校卒業間近にして別れた"親友"と7年ぶりの再会になる。
最後に直接通信したのは確か。ああ…大学卒業前だったな。
ちらりと思い出す過去。
さてアイツはどんなオトナに育ったのかと、顔が笑いかける。

うきうき、と。
『声だけで惚れた』と意思表示してくるコイビトの頬を撫で。
「オレが"惚れた"相手だ」
にぃ、と口端を引き上げてみせた。

初めて行った赤茶けた土地で、知り合ったヤツ。
退屈な授業の変わりに、さまざまな自習・実習をヤツと味わった4年間弱。
味わったスリルも、教訓も、成長痛も。
全部がヤツと共有というのは、かなり惚れ込んでいたのだと、当時を振り返って思う。
リカルド・クァスラ―――"年上のビジン殺し"。
低く笑う。

赤毛の猫が、
「オマエがプラトニックねえ、似合い過ぎてて似合わないね、」
と首を傾げて笑った。色を乗せたソレ。
「あンた、マジであっさりとアイツに惚れそうだ」
予測する。アイツをあンたは欲しがるだろう。
「黒星かもしれないがな」
百戦錬磨のあンたも、アイツには、手こずるだろう。
すう、と眉を引き上げていたコイビトに笑いかける。
「あれは突風に乗る鳥だからな」
電話の声を思い出す。
動じているようで、芯では丸きり揺るがなかった。
オレに"同性のコイビト"がいることに。

「撮りさえしたら、見方変わるかもしれないよ」
甘い声が囁く。
「それはどうかな、」
赤い髪を撫でて、ラップトップを閉じる。
「ヤツは頑固だからな」
ヤツが生まれ育ったグランドキャニオンの風景のように。

「フォトグラファ、オとすの得意だったンだけどなァ」
けろりとシャンクスが言う。
オトコもオンナも、ってことだろう。
「オレの"親友"だぞ?」
あっさりとカメラを放棄するようなヤツでは断じてない。

口端を引き上げれば。
「セッション終わったあと。おれ、プロじゃないヤツとは組まなかったし」
成る程。
「"コドモ(U-18)"に手を出すようじゃ、プロじゃないな」
あンたが"仕事"を辞めてから出会った連中はともかく。

「ハ!何でもアリだぜ、あそこは。合意の上だったらね。知らないわけじゃないくせにな」
すう、と微笑むシャンクスの目許を指先で触れる。
「"モラリティ(道徳性)"をどこまで呑まれずに貫かせられるか、ってことだ」
すい、と顔を指先に寄せてきたコイビトに笑いかける。
「堕落するのはいつでもできる」

くう、とシャンクスが微笑みを浮かべた。
ああ。あンたの"噂"も"実態"も知っているさ。
「ま。遊び狂っていたオレが言える科白でもないがな」
そしてリカルドにも。
つまりは。いかに現在のヤツが"プロ"根性を養ってきたか、ということ。
"堕ちる"怖さはヤツも知っている。

「難関だな、」
深い翠。一級のエメラルドのような、透明で硬い双眸が見詰めてくる。
「惚れたら口説くけど」
「失敗したらいつでも慰めてやる」
するりと頬を撫でる。
「成功したら?褒めてくれるんだ?」
「よくできました、と。花丸でも書いてやるよ」
とん、と口付けて、ラップトップを脇に退かした。
「―――ちぇ、」
「そろそろ来る頃合だ」




next
back