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 「くる?」
 ぽん、と意識のレヴェルが1段上がった。
 「くるんだ?」
 「もう直ぐだろ」
 「ふゥン?」
 に、とベンが面白そうに唇を引き上げていた。
 「そっか」
 
 通りに面した窓のある部屋、それは丁度ココだったからすぐにソファから窓辺へ移った。
 冷やしてある空気が逃げるのも別にいいや、開いて。通りを見下ろした。
 すぐさま、湿った熱風が地面から上がってくる。
 
 メインストリートからは何本かずれた、適当に細い道にそれらしい影はいまの所ナシ。
 向かい側、通りを隔てた歩道を歩いていた人間が見上げてきただけ。あー、ウン。あんたたちを見たかったわけじゃないから。
 
 紙束がまとめられていく音が聞こえて、広げていた資料だか何だか、そういったものを片付け始めたのだろうと見当をつける。
 「クルマで来ンのかー」
 窓外へ目をやったままで訊いた。
 「見せびらかしたいんだとよ」
 言い残して、いなくなった。
 ライブラリ並に片付いた書斎まで、「仕事道具」と戻ったな?
 あのオトコの片付け方は面白い、無駄が無い。
 アタマの中は、結構な面倒くさがりなクセしてな。
 
 逆説がいろいろ詰まっているコイビトの頭の中をちらりと考えかけ。
 耳が音を拾った。
 癖のある低域のエンジン音。
 それがまず響いてきた。あ、アレだ。
 「自慢する」だけあるな、確かに。ハンターグリーンのCJ-5がコーナを折れた。
 
 「ベン!来たみたいだ」
 書斎の方へ声をひとまずかける。
 「解った」
 アパートメントの前にそれが停まる。黒髪のドライヴァだった。
 この熱いのに、ああ、熱いからか?ジープらしくフルオープンで。乗っているヤツが良く見える。
 キイを抜く腕に、鳥、あぁ多分、イーグルだ。彫られていた。無駄のない動きでクルマから降りてくる。
 陽射しに馴染む褐色の肌色、ネィティブなんだ。あぁ、そうか。別に人種のことは言う必要もナイしね。
 あっさりした動きでカバンと。陽射しがカメラケースの上で跳ねていた。
 
 第一印象、ってやつは。
 ハーレーか。クロムハーツ、あー、寧ろ後者だね。喜んでモデルにするだろうな、そんな印象だった。手強い野生動物、
 どれほど綺麗にのびる筋肉なんだろうと女が悦んで夢想しそうな類。
 すい、と首が伸ばされた。長めの黒髪が上手い具合に流れた。
 
 「Hei, ya」
 窓から声を掛ける。
 「リカァルド?よーこそ」
 そのまま、線を伸ばし見上げてくると、片手がひらりと空に揺れた。
 サングラスはしたままだ。
 ふぅん?どんな眼してンだろうな。
 好奇心、ってヤツ。期待度大だな、おれのこういうカンは外れた試しがナイ。
 
 声だけが届いた。
 「エントランス開けたから上がって来いと言え」
 オーケイ、と返し。また窓外に身体を半ば乗り出した。
 「リカァルド。エントランスは開いてるってさ。来いよ、204だから」
 サムズアップ。
 それが返された。ハハ。カワイイじゃんね?
 
 エントランスに消えてって、見えなくなった。
 涼しげな気配と、乾いた大地の木霊、そんなものが後に残ってるか?
 いなくなった後の気配もジョウトウ。
 
 「ベン?」
 「ん?」
 アシュトレイを片手に戻ってきたコイビトに言ってみた。
 「すげ、美味そう」
 に、と笑み。
 「言うと思った」
 眼がすう、と細められ。にぃい、と笑い返された。あ、オマエ機嫌良いな。
 
 「抱いても、その逆でもどっちも美味そう、オマエよく転ばなかったネ…?」
 くっく、と勝手に笑いが零れていった。
 「足りてたからな」
 「そこらのオネ―サンよりよっぽど面白そうじゃねえの、手近な方が」
 「乳が恋しい年頃だったんだよ」
 「あー。ナルホドね、それは良く判る」
 軽い口調にまた笑った。
 
 「いいなぁ、天然?」
 「あの頃は天然一筋だったなァ」
 「うらやましー」
 半ば本気のジョウダン半分。
 「あの手この手で努力したもんだ」
 エントランスへ向かう背中へ投げて。
 ちらりとプラスチック・サージェリーの功罪を考えて。
 「見て綺麗と触ってキモチイイは別次元だってこと、なんでわかんないかなァ?」
 顔なじみの「ハリウッド・ビューティ」、そういう連中を一瞬思い出した。
 リカァルド、あれは。触ってキモチ良いし見てジョウトウの部類だな、良いことだ。
 
 ドアブザーの鳴る音でぱつりと意識が切り替わる。
 もう開けている必要もなくなった窓を閉め。
 エントランスのドア、それが開けられる音が直ぐに続いた。
 
 酷くシンプルな挨拶、「よう」「よぉ」そんなものが交わされていく。
 それを耳が拾う。
 ハイファイブ、にしては短いテンポで拳なり打ち合わされる音。
 空気が揺れた気配。
 デッカイの同士が挨拶してンのかね。
 旧知の間柄、それこそ一緒に何かと「経験」してきた同士のもつ親しさ、そんなモノが底に流れる声が届く。
 
 「元気そうだ」
 おれの。
 「オマエもな。また背が伸びたんじゃないのか?」
 まだ。
 「オマエもだろう?」
 これ、おれの。
 
 楽しそうだね、オマエら。良かったネ。
 こういう類のダチの持ち合わせは非常に少ないおれとしては。妙に「微笑ましい」に近い気持ちがどっかから一瞬流れてきて。
 また直ぐに消えていった。
 また、すい、と空気が流れる。
 ゲストの荷物を片手、片腕はゲストの肩に。あーあ、ダチだねェ、って笑いだしたくなる絵面がひょっこり視界に戻ってきた。
 
 うっかり笑い出しそうになる。
 こういう絵面を欲しがるディレクターの名前が14人、顔つきで浮かんだから。
 おれの格言。本当のビジンは女優にならない、これは変更しておくか?ジェンダーフリーに、「俳優」ってさ。
 
 そんなことを思ってたら。
 またイキナリ。
 「紹介しよう、オレの最愛だ、」
 そういう紹介はアリなのか?疑問だ。
 言葉を受けて、リカルドがサングラスを外して同じ流れで右手を差し出してきた。
 「リカルドだ。暫く世話になる、よろしく」
 デンワ越しよりは、微妙なトーンで低すぎない声が届いた。
 
 「よろしく、おれ名前ナイみたいナ?」
 荷物をさっさとゲストルームだか空き部屋だかに置きにいく姿に目線を投げる。
 「シャンクス」
 そいつが言って寄越した。
 「―――だってさ?」
 「よろしく、シャンクス」
 底に笑みが覗く声が言い直してきた。ますます気に入った。
 茶色よりは、本当に黒に近い瞳、それが僅かに和らいでいた。
 
 「おれネ、握手しないんだよ」
 ごめんネ、とわらいかける。
 「失礼」
 「ぜんぜん、」
 差し出されるのと同じ自然さでまた手が収められていった。にっこり、と笑顔付き。
 トン、と窓辺から離れて通り過ぎざま頬へ軽く口付けて挨拶。
 「ゆっくりしてけよ?おれしばらくしてから戻るね」
 おれのより少したかい位置にある黒の目を少し覗いてから、離れた。
 
 「ベーン、いってきまぁす」
 「ああ。メシ食いに出るから、適当に戻って来い」
 「戻らなかったら出かけといてナ」
 笑み一つで野生動物めいた印象を和めてみせるリカルドにまた、いっこ、サーヴィスで笑いかけてから出て行きかけたなら。
 戻ってきたコイビトに、頬へキス一つで送り出された。
 ふぅん?オマエさ。これでおれの戻る確立が5割にあがるの知っててやってンな?
 
 
 
 
 
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