Amistad  


出て行くシャンクスの背中を見送ってから、リカルドに目を向けた。
「猫だろう」
「ああ」
くう、とヤツが笑い、オレも笑う。
「「"意外"」」
感想が一致した。
ヤツが知っているオレの"コイビト"は、落ち着いた年上のグラマラスなビジンばかり。
テーブルマナーからエスコートの極意まで、一通り教わったオンナたち。

「イキがよさそうなヒトだな」
リカルドの声に小さく笑う。
「活動的ではあるな」
座れよ、とソファを指して、飲み物をオファーした。
「ノン・アルコールならなんでも」
「珍しいな」
見下ろしたなら、ヤツが苦笑した。
「呑まれてな。暫く使い物にならなかった」
言葉の裏に滲む感情。さらりと告げる割には、重みのある科白。

「カナディアン・ドライでも?」
肩を竦めると、リカルドが小さく頬を吊り上げた。
声はなく、相変わらず目で語るヤツだ。
「ベン。電話を借りてもいいか?」
リカルドの声にドウゾ、と子機を放る。
「"ウサギちゃん"か?」
ヤツがドライヴウェイから連絡してきた時に、言っていたことを思い出して訊いた。
「そう。泣きウサギ。いつもはかわいいワイルド・キャットなんだけどな」

「オマエが"カワイイ"というからには相当なんだろう」
好意を滲ませる声に告げたら、リカルドが笑った。
「好きな子だからな」
「へえ?」
ビールを飲ませるつもりで冷やしていたグラスに、琥珀色の炭酸飲料を注いだ。
カクテルにするために、買い置きしておいたもの。
窓際で苦笑気味に通話相手に言っているリカルドの声を無視して、自分用にはギネスを注いだ。

通話を終えたリカルドが、ソファに戻ってきて。ローテーブルに子機を置いていた。
灰皿を見つけ、黒のデニムのバックポケットから拉げた赤い箱を取り出していた。
見慣れたボックス―――月日が経っても、ブランドは変わらず、か。
ライタで咥えた煙草に火を点ける仕草も、一緒に吸い出した頃から変わらない動作で。
けれど随分とスムーズになっている手付きに、小さく笑った。
きっとヤツも同じコトを思う。

グラスを前に差し出してやり、向かいのソファに座った。
サンクス、と告げた声に小さく頷く。
真正面から向き合う。目が随分と穏やかになっていた。
いい傾向だ。

「いい家に住んでるな」
ひら、と手を動かしたリカルドに、肩を竦める。
リカルドが笑った。
「オマエの文章は、あちこちに散らばっていて見つけづらい」
「ディオン・マクマイケルって学生が、一覧作ってたぞ」
「ネットに繋がるのは面倒だ」
過干渉と放置を繰り替えす母親とはまだ折り合いが悪いのか、常時接続を嫌う傾向は相変わらずらしい。
PC然り、携帯電話然り。

ふと思い出した。
「ウサギちゃんは彼女か何かか?」
言えば、リカルドが声を上げて笑った。
「アルトゥロの弟弟子だ」
アルトゥロ…ヤツの兄貴、か。
「仲直りしたのか」
「仲直りというかな……ヴェガスでちっと巻き込まれて、腰をざっくりやられて入院しているところへどうやって知ったのか、
オレのとこへ来てな?」
柔らかな眼差しのまま告げてくるリカルドに視線を向けたまま、タバコを引き出した。
咥えれば、リカルドがすい、と火を寄越してきた。
貰う。

「ICUに一応入ってたオレを、いきなり殴ってなァ……"馬鹿者"と怒鳴られた」
2メートル近くある、ガタイのいい兄貴だった筈だ。
「よく生きてたな」
「まったくだ」
煙を吐き出して、一呼吸置く。
「で、個室に入っていたのをいいことに、2時間ばかり怒鳴りあってな…いろいろと、気付かされた」
「ナースやドクタどもがよく黙っていたな」
言えばリカルドが小さく笑った。
「ダダを捏ねてるガキに、道理を教えてる兄貴の図のまんまだったからな…出てくる必要性は感じなかったらしい」
「成る程」
上手く蟠りは解消できた、ということか。

「兄貴にAAのアドレスを渡されてな。"やり直しは利かないが、仕切りなおしはオマエ次第だ"って言われて、暫く入ってた」
去年の夏の終わりに届いた葉書では語りきれなかったことは、そういうことらしい。
「アル中仲間にカメラマンが居てナ、ソイツにいろいろ教わって、今のオレが在る」
名前を訊けば、知っている人物だった―――"マックス・シュトゥートハウザ"。
5年ほど前から活動が怪しくなっていたフォトグラファ。
シャンクスに言えば、アレも知っているだろう。一流だったカメラマンだ。

「で、オマエは、ベン?」
黒目を見遣る。
「文章は読んでるんだろう?」
「オマエがまだ一緒に高校にいる頃に書いた経済の論文が一番難しいのはどういうことだよ」
笑った。
最初の賞を取った論文。
リカルドと娼婦の実家で缶ビールを飲みながら書いた処女作だった筈だ。

「ツマラナカッタだろう?だからいろいろと遊んでみた」
「成る程な」
「で。大学を卒業する頃には、すっかりそっちに嵌っててな」
ちらりとお堅いビジネスマンだった父親の顔が過ぎる。
「オヤジに勘当されてから、フラフラと気の向くままに書き散らしてるってワケだ」
リカルドが僅かに目を細めた。
"お堅い"だけに人種差別的だった父親は、リカルドにはいい印象はないだろう、と思いきや。
「オマエの母親の作るパイが美味かった。せめて連絡してやれよ」
母親の心配をされた。
「…そうだな」

母を思い出す。
独善的な父親に尽くす線の細いライン。
それでも芯が強いのは知っている。だから元気にやっているだろうとは思う、が。
「誕生日に花でも贈ってみる」
言えばリカルドが頷いていた。
柔らかな眼差し―――そんなカオもできるようになったのか、オマエ。

それから暫く、仕事の話をし。
いつの間にかシャンクスとの出会いの話にもつれ込み。
去年の夏にイビザ島での野外パーティで出会い、そのまま今日に至ることを話した。
常識的にはとても"軽い"出会いと付き合いと評価されるソレ。

「泣きウサギが、"愛し合ってるんでしょ"って言ってたぞ」
リカルドの声に、少し目を見開いた。
「優しい子なんだよ」
少し自慢げな声に、"好きな子"というフレーズの深さを鑑みる。
「驚かなかったのか、」
「あの子も恋愛中なんだ。相手はオレの"兄弟"だ」

「アンラッキーだな」
リカルドに言えば、ヤツは小さく笑って。
「オレにとっては天使なんだ」
そう呟いた。
"片思いのままでいい"と浮かべた表情で言っていた。心底、そう思っている眼差し。
「…泣いてるんだろう?」
と言えば、リカルドはまた小さく笑った。
「寂しがり屋なんだよ。まあ、アイツもそろそろ迎えに向ってる筈だしな」
「ふゥん」
「それこそ"愛し合ってる"連中だから、問題ないだろう」

その話はそこで切り上げられ。また仕事関連の話に移ろっていった。
今度は、ローケーションの話。
オレが行った様々な国や地域を、ヤツは面白そうに聞いていた。
これからはリカルドも、あちこち飛ぶつもりだという。

「しばらくは、こっちに居ろよ」
誘えば、リカルドは僅かに目を細め。
「シャンクスが迷惑がるだろ」
そう言っていた。
「冗談。アレの方がオマエの到着を待ちわびていたさ」
「ハ!」
「美食家なんだよ」
笑ったリカルドに言えば、黒目を面白そうに細めて返される。
「相思相愛、じゃなかったか?」
「パターンは色々だろ」
「本気で電話で誘っていたのか!」
げらげらとリカルドが笑い出した。
「オマエに喰らいつきたくて、ウズウズしてる目をしてたぜ」
シャンクスの目線を思い出す。

「オイオイ。ハントダウンされる気は無いぞ」
「誘う気満々だぜ?」
方眉を引き上げ、笑う。
「遠慮しとくよ」
笑ってリカルドが手を振っていた。
代わる代わる同じオンナを同じベッドで抱いたこともあったが、と。若かりしころの記憶が浮かび上がる。
自分で振り返っても思う、"ロクでもないティーンエイジャ二人"。
シャンクスの過去と、多分イーヴンなくらいに"ヤンチャ"ではあった。

リカルドがくくっと笑った。
「少なくとも。オマエの"本命"に入れ込む要素は作りたくないな」
「魅力的だろ?」
「オレの好みはがっちり把握してるクセにな、ベン」
ガツ、と拳を打ち合って笑った。
リカルド好みの相手。確かにイメージはあっさりと脳裏に浮かぶ。
「ま、心変わりするようであればいつでも」
オレに気兼ねするな、と言えばリカルドは肩を竦めた。
そして会話は尽きることなく、高校の頃の悪事の記憶へと雪崩れていった。




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