外に出てから、思い出した。
おれ、何か約束してたっけ、きょう。たしか?
まずは、記憶の浚い直しからスタートだ。
eメールと、デンワで散々駄々を捏ねられたこと。
イビザの夏のバカ騒ぎ、あれにはティーンエイジャの頃から顔をだしていたから。
どこから聞きつけたのか、何故今年は来ないんだと。オーガナイザ共やEUを飛び歩いてるレジデントDJ連中が
それこそ6月くらいから相当煩くて。
入れ替わり立ち代り、なぜだ、なんで来ないんだ、どうしたんとそればかり言って寄越された。

で、中でも一番ウルサカッタ、もうけっこう長い付き合いになるセブ・フリーダーソンが
連絡して寄越してたことを……やっと思い出した。
―――セブ。多分、トップのまま残り続けるだけの実力も、運もルックスもあるヤツ。
NYCをベースにしてるナイジェルに騙されて、おれがいるっていうんでわざわざスペインの島まで来たのにすっぽかされた、と。

フォロワ―や信者共を万単位で抱えて何言ってやがら、と返し。
『おれはね、卒業したンだよ、ダァリン』そう言ったなら。
島の次は一旦ヤツのホームグラウンドのロンドンに帰って。またすぐにNYCに行くから、『サウスだろうがアラスカだろうが
顔みにいくからな』だとさ。
ご苦労なこった。

『まぁ、この辺りなら?オマエ顔知られてないかもね、来れば』と言ったのが一昨日で。
ご丁寧にラガーディアから到着してるンだな、これがそういえば今日。
だけど、おれは黙ってたんだヨ。サヴァナには結構いい美大がある。ってことは、当然
クラバーはいるってこと、ハハ。

良いハコを教えてやれば、根っからのオーガナイザはブランドネームになりかけた自分をちよっとはワスレラルかも、だろ?
ネーム・ヴァリューを掴んじまってからのノー・ネイムの魅力、人生ってのは不条理だね。
だから、ハコの前で待ち合わせをした。足跡は隠したつもりでもバレテルじゃねえの、オマエ。信者がちらほら、もうカミサマを
待ち構えてる。

カオを見るなり挨拶代わりに憎まれ口で。
「この夏はツマラナカッタ」
セブの文句を聞いて笑った。へぇ……そうなんだ?
「おれのアリガタサがわかったろう?」
「ジャッジとエアーがもう次は来ないと言い出したぞ」
「ハハ、じゃあギャラ上げろよ」
金で動くような奴らじゃないけどね、確かにな。

「"卒業した"って?オマエ」
そうだよ、とセブに答えながらこのハコのオーナの女の子にキスした。簡単に紹介して。女の子の眼がキラキラしいてるのを
間近で見てた。
「そのハナシは後で」
「オーケイ」
応えて、テラスに上った。上から、今夜の手はずを企む二人を見下ろす。セブのテンションがすっかり上向きになっているのを確かめて、わらった。
見上げてくるのに、ひらと手を振る。
「逃げねェよ」
手摺から笑みと一緒に返せば、ガキみたいににっこりされた。

コイビトとそのトモダチ、あれは感動の再会、ってやつ?2−3時間は放っておいてやろう、と思ったから、少なくともそれくらいはな。
手馴れた会話で締めくくりテラスまで上がってくる「身体込みのダチ」を、手招き。
「オマエはそれで何時から出るツモリ?」
口付けの合間に聞けば。
「早め、1時」
そう返された。

「ふぅん?寄るかもナ、夏の音不足解消」
「卒業したんじゃなかったのかよ」
すこしばかりキツメに肌にクチヅケラレテわらった。わかりやすいなぁ、相変わらず。
「バカ騒ぎからはね」
セブの首もとのタトゥを軽く齧り返した。
「ま、おまえからはしばらく、しないかも」
「言っとけ」

耳がいいね?4分の1リップサーヴィスなのわかってンな?
「ほんとだって。遊んでこうぜ、ここで」
1時間ちょい、くらい。そう付け足したなら。
奴隷になった気がする、とダチが苦笑した。
「奴隷じゃないよ、トモダチだろ?」
「コイビトに近い、」
疑問型、オンナノコなら秒速で陥落しそうな上目遣い付きで返される。
「さぁ―――?どうだろう」

やんわりと笑みを浮かべようとしたならラウンジの壁際、ソファに放りだされてけらけらわらった。1時間なんて直ぐだな、
この調子なら。
そう思った通りの展開で、まぁ、うん。長引いた、予想より。
リカルドが来てなかったらもうすこし付き合っても良かったんだけど、いまの優先順位は明らかにあの、まだだれのものでもない
ヤツが上。
手強い、とコイビトが言った通りなんだろうけどね、そこがまたイイ。


「セーブ、ケイタイ借りる」
ごそ、と。
脱ぎ捨てたまま放り投げてあったTシャツの下から引っ張り出した。
あ?なんだよその手。あぁ、ハイハイ。
すい、と掌に唇を押し当てる。
「借りるよ」
「ドウゾ」

うー、頭に手があると喋りづれぇんだけどな。
髪を長い指が何度も梳いてくる。んー…でも気持ちはいいね。
覚えたナンバを押し。
これが既に奇跡に近いから、セブが眼を見開いていた。する、と頬を指が撫でていった。
「オマエ、相手のナンヴァ覚えてンのか」
「あぁ、驚く?」
コール音を聞きながら返事した。
いままでは誰のナンヴァでも、かけるときは適当に周りに訊いていたから。

5コール目に。
『Yes?』
お返事だ。
「あ、ナンダヨ。せっかく気ィきかせてやったのに、寝てないの」
機嫌の良い声に言ってみる。
『寝るか』
「リカァルドは元気」
ロング・ドライヴだったしね?
『これからメシに行く。あンたどうする?』
「んー、」
そっか。ディナーに行く程度はダイジョウブ、と。暗に返される。
「行く、」

トン、ともうとっくに脱げていたクツをセブが放って寄越した。
「―――アリガト。……あ?場所?」
ついでに拾いに行くぞ、場所はどこだ?と言われて。
「あー、と…でも。おれ風呂入りたい」
ごつ、とダチに頭を小突かれた。
オマエが無茶するからだろ、とセブに文句を言っていたなら。
『ならさっさと帰ってこい』
スピーカから音が洩れていた。
苦笑している声に、すい、とセブが眉を引き上げた。
「ライ、」
言って通話を切れば。
「ハン、いい声」
そうわらっていた。

「運が良ければ、拝めるよ今夜あたり」
「へーへー」
「「またな」」
がぶ、とキスをして。送る、と言うのを断ってダウンタンからクルマを拾って部屋まで帰った。




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