いつもの癖で、カギを持って出なかったから。
エントランスのスピーカから話すのも面倒で、窓の下から呼んだ。開いているのが見えたから。
アレは、自然の風が好きとかで空調嫌いの節がある。
デジャブ、上下入れ替えで。リカルドが顔を出した。

「開けたと言ってるぞ」
「迎えに来いって伝えろよ、」
下からひらひらと手を振った。
「あんたでもいいけどー?」
リカルドが一旦窓から引っ込み。何かを言い合ってわらっている声が通りまで落ちてきた。
すい、とまたリカルドが覗く。
「いま行った」
「了解、」

エントランスまで歩いていき。
咥えタバコの姿が、がちん、と音を立ててエントランスを開けた。このドア、ガラスと石組みで重いんだよ。
「タダイマ」
すい、と首に腕を回した。
「オカエリ。Safe Sex?」
「Sure thing, darling(もちろんだよ、ダァリン)」

コイツはおれやリカルドより背が高い。
もう少し擦り上がるみたいにされて抱き上げられ。キスされた。
エレヴェータのドアが閉まって、開くまで。2階の部屋は直ぐだ。
時間と質は正比例しない、ってののイイ例。

「風呂入る時間、アル?」
舌を唇に残したまま聞いた。
「そのために帰ってきたんだろ?まあ長風呂は遠慮しろよな」
「シャワーでも別にイイけど」
とろり、と甘いトーンに同じように返す。
「なら車の前で待ってるさ」
「―――ん」

きゅう、とキツく吸い上げられ。ぞくり、とまた感覚が波打つ。
放れていくときに、息が零れたのは半分以上が生理的反応、残りがサーヴィス。
す、とエレヴェータのドアが開いた。
「あ」
ドア口にリカルドを見つけた。オートロックを肩で半分抑えて立っている。

すいすいっと近付いていく。
「タダイマ」
「おかえり」
にこお、と笑いかけてみる。
「キスしてイイ、」
少し目を細めた相手に聞いて。
「しなくていいよ」
「ちぇー」
通り過ぎ様、形のイイ耳を引っ張った。

「待たせてヤル」
リカルドからも水の匂いがした。シャワーでも浴びてすこしはリフレッシュできたのかな。
「早く出てきたら、考えるよ」
「じゃあ3分」
「了解」
後ろから。
「さっそく交渉か?」
そう笑うベンの声がした。
「そう、」

バスルームがおれを呼んでる、じゃあまたあとで。そんなことを言い残してさっさと廊下を抜けた。
後ろでまたなにか連中が言ってたけど、まあいいや。
着替えは…あー、と。
どこの部屋にあるんだったっけな。
部屋から人の気配がすう、と無くなっていった。

「ま、いいや。あとで」
バスルームのドアを開ければ、シャワブースの前に1セット。畳まれたのが置いてあった。
「―――うわ、」
読み込み済み?
「つか、アレは面倒くさがりの構いたがりだ」
プラス、保険だろうな。コレを着ておきなさい、とでも言うところ。
白のTシャツ、タイトなのはお約束なんだろう、黒のローライズのデニム、左足に赤でドラゴンのプリント付き、あとはひどく
薄手のハーフスリーブのプリントシャツ。トム・フォードとおれの好きなデザイナ連中の組み合わせ。
そう悪くないセレクションだったから由とした。

ざっとセブのと混ざったトワレだの、匂いや諸々を一旦流して。着替えを即効で済ませる。このあたりはまぁ、得意技。
ガキの頃からの訓練済み。
ランウェイのバイトも結構役に立つネ。適当に残りの仕上げ、アクセントの類も付け足して。

ざ、と鏡で点検。おし、イイ子じゃん痕のこしてねぇな。後でセブを褒めてやろう。
玄関を抜けて、階段を飛ばして下りて。
マーブルのロビーを抜け、エントランスまで。

さっきのジープが低くアイドリング音を立てていた。
「お。」
指でフレームを作って入れ込んでみる。
うーん、もうすこし右にずれてる方がバランスが崩れて絵としては完成度が高いのにね。惜しい。
オトコ二人がタバコをくっつけて火の受け渡し。
フロントウインドウ越しにちょうど見える。
「残念」
ぱ、とフレームを解く。

幌ごと降ろされた窓、フレームに手をかける。運転席側。
「戻ったよ、」
「努力は認めよう」
すい、と額に唇が降りてきた。
ふゥん?
乾いた、さらさらとした。そういった形容詞が似合いそうだ。
ま、いまから?
すこしは温度が上がればいいね、被写体としてでもいいからさ。

バックシートに滑り込んだ。うーん、微妙に狭いな。
「ベーン、」
「なんだ」
ごつ、とシートを膝で軽く突いた。
「狭い、」
「ジープだからな」
すい、と振りむいた顔に言う。
「もっと前でろ、前。狭いー」
「無茶言うな」
「前、前前。」

ごつごつ、と背骨あたりを狙ってシートを小突き。
走り出したクルマには夕方の湿った風が巻き込まれてくる。
「オレの愛車なんだけどな」
「大事に小突いてる、膝で」
リカルドに返し。
風が気分良くてすこし笑いかけた。
「けど、狭ッ」

「ああ、わかったわかった」
半分以上身体をウィンドウに預けていたなら。
トラフィック・ライトが赤になり。クルマが止まった瞬間。ぐいっと引っ張られて。
「わ?」
ナヴィシートにいた。正確には、その膝の上、ってか。

「暴れたら放り出すぞ」
コイビトが笑っていた。
「それ以前の問題じゃねぇの?」
思わず肩越しに見上げ。
ちゅ、と。
えらく可愛らし気な擬音付きで唇にキスをされた。
落ちかけた陽射しに。銀灰色が光を微妙に溶け込ませていた。
ふぅん?
機嫌いいね、おまえさ?まじで。




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