適度に空いている道路を通り、目指していたレストランには予定より早く到着した。
シャンクスがシャワーに入っている間に予約を入れておいたので、すぐに通された。
ドア口で名前を確認してきたウェイトレスが、早速リカルドに目を留めたのに笑った。
気だるげな風情が、あっという間にとろりとしたものに変わり。
リカルドは、サーヴィス代わりに苦笑を刻んだ。
泥沼なヤツめ。

赤茶系のウッドで建てられたコロニアル・スタイルの店内に似つかわしく、同じような色味を帯びたテーブルは店の奥。
駐車場と店内が見渡せる角。
「オレらエサか?」
鋲留めされた革の椅子に腰掛けるなり、リカルドが笑った。
天井ででかいファンが回り、スモーカーズ・クォータの空気はさほど悪い濃度ではない。
「適当に世の中のジャンルぜんぶカヴァできてそうじゃん」
シャンクスが一番奥、ウィンドウと壁に挟まれた角に座り。リカルドがウィンドウ側。
オレが室内側を取った。

「アイビー系が足りないな」
リカルドが笑ってシャンクスに答え。煙草の拉げた箱をバックポケットから引き出し、いいか?と軽く翳して見せた。
シャンクスがドウゾ、とにこっと笑った。
コイツは礼儀正しいヤツが好きだ。
ますます泥沼だな、リカルド。覚悟決めとけ。

この時間帯は客が入り込み始める直前だ。
リカルドの"サーヴィス"が利いたのか、珍しくさっさとウェイトレスが現れ。これまた珍しく氷がガッチリと入った水のコップを3つ
テーブルに置いていった。
メニュウをシャンクスとリカルドにも手渡す。

「ナマモノ平気?」
ひょい、と見遣ったシャンクスに、リカルドが頷き。
「先に飲み物頼もうか」
オレを見上げてきた。
遠慮しないで呑め、ということだろう。
軽く頷いて返す。

「シャンクス、あンた何にする?」
「なん?再会をシャンパンで祝わなくていーの、オマエら」
にぃ、と笑いからかってくるシャンクスに、二人で苦笑する。
「ンなタマだと思うか?」
「それならテキーラだろ」
リカルドの声に思い出す。
16の夏、初めて出会って最初に飲み交わしてから、いつでもスタータはテキーラのショットだった。
ガキらしく、腕を交差させて、ガンと呷る。

「よく倒れなかったよな、オレたち」
リカルドが笑い、同じことを思い出していたことを感じ取る。
会っていなかった期間が嘘のように、フィットする。
コイツを恋人に、だって?冗談も程ほどにしとけよ、シャンクス。
こんなにウマが合うヤツと、セックスなんかしている暇はない。

シャンクスが面白そうな顔をして、交互に見比べてきた。
すい、と見上げて、眉を引き上げていた。
感づいたか?

見上げた青空を思い出して告げる。
「ぶっ倒れはしたけどな」
「軽い手合わせだったのにな」
「どこでマジになったんだろうな」
「顎がクソ痛かった」
「言ってろ。暫く青あざ消えなかったぜ」
そういえばリカルドとはケンカを一緒にやりはしても、互いとケンカしたことがない。
あるのは手合わせだけ。
二人揃って公園のグリーンに"ぶっ倒れた"のは、確か出遭って3週間目かなんかだった筈だ。
それ以来、手加減というものを覚えるハメになったっけな。

「で。何を飲むんだ?」
リカルドに訊けば、コーク、と短く返された。
チャレンジは一度だけ。以来、注射器に手を伸ばしたことはない。
シャンクスがぱた、とメニューを降ろし。興味津々と言った風に、猫目で見上げていた。
「ドライヴァだからか?それとも訳アリ」
「訳アリ」
ふわ、と煙を吐き出し、リカルドが笑った。
「そう、じゃお好きにナ」
にぃっこりとまたシャンクスが笑った。
相当気に入ったのだろう、滅多に晒さない笑顔を今や大安売りだ。

「アンタたちは気にしないで飲めよ。デジグネィティッド・ドライヴァは確保できてるしな」
リカルドが僅かに目許を細めた。
きっとヤツにも猫の尻尾が見えたに違いない。

「で、シャンクス。何にする」
「喉乾いたからシャンパン。その後適当」
オマエらのために乾杯してやる。
そう言って、けらっと笑っていた。
リカルドが目線を寄越してきた。
「アップル・サイダーで色合わせしよう」
ぶふ、と笑う。リカルドも、小さくハハ、と笑った。
「オオケイ、じゃあ頼んじまうぞ」

うずうずと待機していた気配のあるウェイトレスを呼び寄せた。顔馴染みではあるオンナ。
シャンパンをボトルで1本と、アップル・サイダのグラス、そしてギネスをパイントで頼んだ。
「グラスはフルート1つでいいのかしら?」
「2つで」
「フードが決まったら、ワタシが来るわ。気軽に呼んでね」
「アリガトウ」
リカルドの声が聴こえるチャンスがあるといいな、アンタ。
内心で語りかける。
売り込みすぎると、魚は逃げるぞ、とこっそりとアドヴァイス。

ウェイトレスが遠のいたのを、紫煙を噴出しながらちらりと見遣ったリカルドが、するりと視線をメニュウに戻していた。
「ドリンクが来る前にとっとと決めちまおう」
「だな」
ふ、とリカルドがシャンクスに目を上げた。
「アンタは何がいい?」
気遣いを忘れないヤツは、いつでもどこでもポイントが高い。
シャンクスの気配が、明らかに喜んだのが見て取れた。
ドツボ決定。




セイシュンエイガじみたハイスクール時代を実際に過ごすと「こう」なるのか、って見本を眺めた。ケース・スタディ。
おれの目の前に二人。
とは言っても、おれは家庭教師共とテキストしか実際には知らないから、かなりの知識の偏りはあるンだろうけどね。
ひとつ言う台詞の後ろに、多分80くらいの要素が詰まってる、そんな話し振りをこいつらはしていたから面白がってこの場は
聞き役ってのに徹してみた。
バカで礼儀知らずはおれの嫌いなモノで、リカルドはそのどちらでも無い事は当然、ってヤツなんだろうけども?
なにしろこの実は気難し屋のベックマンが親友ってスタンスをやってるくらいだから。

なににする?とリカルドから聞かれてきて、やっぱりな、と思った。
こいつからは、マトモに育てられた人間の匂いがする。
けど、どうなんだろうな、後付けか、元からの本人の気質かな。
ガツガツいろんなトコにぶつかって、やっと回転が緩やかになったヤツ、な気もする。

このステイタスに落ち着くまでに、ぶち切れてオサラバしちまった連中、おれも知ってる馴染みな連中の目の底に過ぎってた
閃きじみたものの名残が、偶ァに自分の目に過ぎってること、オマエ知ってるかのな、となんとなく思って。
好き勝手に頼んだスターターの。オイスターやクラムと、サウスらしくクロウフィッシュのラージプレートが来る前に色味を揃えた
グラス、―――これはリィザ、あぁウェイトレス。に洒落で揃えてもらって軽くあわせた。
名前で呼んでやればいいのに、ベックマン。面倒くさがりめ。

二人も好きなようにスターターをオーダーしているわけだけど。ザリガニ、って言ったら怒られるか、クロウフィッシュ。
コレを食うのは面倒。だからベンに押し遣った。
「イラナイ、これはやる」
そうしたなら、黙って何匹ものちっさいそれをプレートに引き取ってた。
「クラムもいらない、あと全部やる」
ラージプレート放棄。
「不味いわけじゃないんだ、リカァルドも食えば?」
「食ってるよ。お構いなく」
そう言った先から、ベンの前からまっかなちっさいのがリカルドのプレートにも移住した。

器用にクロウフィッシュの爪だけがプレートに積み上げられていくのを眺めていたら。
ころ、と器用に剥かれた一個が移住してきた。
はン?おれ食うの、これ?
「そういや、前に黙ってロブスタを20匹ばかり食ったよな」
リカルドが笑い。
「ビール飲みながらな」
ベンも同じように笑って。
―――うわ。どの大きさなのかは、考えただけでキモチが悪くなるから無視した。

ぱく、っと口に消えていくのもあれば、またおれのプレートにのっかるのもあり。
リィザがサーブしてくれたガンボの中に、しょうがないから2−3匹分の爪を落とした。
「バター、レモン、ビネガをローテーションで組んだよな」
リカルドが言い。
「ホットソース、グリーンソース、サルサも出させたっけな」
これはベン。
あぁ、それで。さっき、メインのロブスタをオーダしたときに、オマエら目がきらっきらしてたわけだ。

エレガントに大雑把、これは。甲殻類を喰うときの鉄則だけど、連中はあっさり合格点だ。
テーブルに近付きたくてしょうがない、って顔してるリィザに目配せする。
フィンガーボウル取替えにおいで、いいもの見れるよ、って。

ちゃんと察したリィザがサーブすることに徹したカオでやってきたタイミングで、おれの読み通り。
ぺろ、っと。指先を舌が舐めていった。はい、リカァルド。よくできました。
うーん、やっぱ。美味そうだね。
骨の目立つ、長い指。スベカラク、女の子はそういうのが好きなモンだ。
生活している、そういう手だしね。
オマケに、喧嘩なれしてることも見る子が見れば、わかるだろうしね。少し割れた拳、なんてオプション付き。

「―――――わ、」
目をプレートに下ろして驚いた。
「ダレだよ?おれの皿を爪の墓場にしたの。こんなにクエナイ」
剥き身が小山。
そ知らぬカオで、お互いを指差していた。ったく、ガキかよ。
―――つか、ガキだな、ガキ。二人そろって。

年齢不詳気味な表面が。オマエべろべろに剥けてンじゃねえの、ベックマン。
掛け合いじみた軽口だとか、目元でくっしゃくしゃに笑う顔、なんてのは。
ハジメテみたぞ。
しれ、としたカオでギネスに切り替えてグラスを呷っているベンを眺めてそんなことを思った。

リカルドはリカルドで、おしやったクラムを結構なスピードで空にしていってた。
殻が、積み上げられてく。あっという間だ。
クラム、完食。

「これもドウゾ」
積み上げられていたクロウフィッシュもプレートごと少しばかり押し出す。
「嫌いか?」
「餌付け分はアリガタクいただきました。ゴチソウサマ」
剥いて貰うと美味いしね、と付け足した。
すい、とプレートは引き取られていき、剥き身は半分ベンの皿に里帰りだ。

「こっち食べろよ」
バゲットの入った籠を寄越される。
「あんまり構うと惚れるよ?」
に、と笑み。
「ベン、オマエの番だ」
黙って剥き身を口に放り込んでいたベンに向かってリカルドが一言。

「ヤツがおれを構うのは趣味みたいなモン」
な?とコイビトのカオを見る。
「趣味と実益。サラダも食え」
す、とコールスローの皿が目の前に押し出されて。
うぇ、と言いかけたなら。
すい、と目線を戻してきたリカルドが救いの一言を絶妙の間で投げてきた。
「そうだアンタ、フライド・ハラペーニョ食う?」
「食べる」
「よっし。いいコだな」
―――……いいコ?
は?と一瞬驚いた隙に。
リィザが呼ばれて来て、トウゼンの如く満面の笑みだった。
ロブスタの来る前に、何度目かの追加オーダー。良く食うね、オマエら。

「リィザ、ついでにソフトシェル!」
キサディジャスとフライド・ハラペーニョ、それからベンがリブを追加していたタイミングで、ぱ、と浮かんだ食べたいモノ。
ソフトシェル・クラブ。
まぁ、一口分だけど。余れば、この連中ならぺろっと平らげているだろうし。

飲んでいた白をもっとドライなのに変えて。
ベンはついでにギネスをまたパイント、リカルドのオーダーにまた笑みが零れた。
"ルートビア"?
おこちゃまメニュウを「イイ男」が頼んだもんだから、リィザの目がキラキラしてた。
しっかし、良く食うよな。身体の割には。
すい、と腕を伸ばして、リカルドの胃の辺りを触った。
「これだけ食うのにハラぺったんこだね」
「まだ六分だしな」

ウェイタがやってきて、空になったプレートをまとめて取り去っていっていた。後で殻も片付けに来いよ。
「成長期には馬鹿みたいに食ったな」
ベンがさらりと言い足してき。
「でもアルトゥロには追いつけなかった」
リカルドが笑った。
手を当てたままで見上げる。
「アルトゥロ?」
「兄貴。メディスンマンなんだ」
「ふゥん…?」

ぱ、と浮かぶのは。赤茶けた地面と、カクタス、岩。
「オレとだいだい同じくらいあるはずだ」
ベンの声が届いた。
「オマエの方が戦闘向きだ」
リカルドが口端を、にぃ、と吊り上げ。
また。今度は目の前で。
点と点を結んだ腕のリーチの中間、そこら辺りで拳が軽く打ち合わされていた。
ぽん、と浮かぶ。単語。「剣闘士」。
オマエラさ、ローマ人に見つからなくて良かったネ。




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