「じゃあ、」
しゃくしゃくとリンゴを齧りながら、朝刊に手を伸ばす。
ひらひらとシャンクスが指を振っているのが見えた。
まだ粘るのか。頑張るな。
「サーヴィスの程度、確かめるから。キスしよ?」
「いま?」
「そう、いま。」
オレ腹減ってるんだけど、と。リカルドがすっかり冷めたプレートを指差している。
物悲しそうな顔だ。
自分で作ったのにな、かわいそうに。
けれど、まあ。おなざりに相手しているわけではないと理解できるだけマシか?

「だめだ、いま。あとで一緒に温めてやるから」
「そんなの美味くない。アンタも食え」
しょんぼりと耳が垂れた犬のようだ。
リカァルド、そんなだから、かわいいと騒がれちまうんだぞ?オトコにも、オンナにも。
「やぁああだよ、リカァルド、」
「じゃあオレも嫌だ」
きぱ、と。リカルドが言う。
小学生といいレヴェルだ。双方"見目麗しい"だけに、どこか滑稽だな。
しかも真剣、ときている。
「我侭」
「アンタには負けてる」
ぴし、と鼻先を指差したシャンクスに、くう、とリカルドが目を細めていた。
「わかった、じゃあキスはいい、後回しで」
「ん」
とん、とテーブルの上に身を乗り出したシャンクスに、リカルドがトーストを差し出す。

「リカァルド、ヴァーチャルでいい、擬似で、」
「なにが?」
すい、と手で退けさせている。
哀しそうにリカルドがトーストを齧った。
冷めたトーストは不味いもんな。
新聞を置き、プレートを引き上げてやる。
中身をフライパンに戻したなら、シャンクスが甘い声で強請っていた。
「セックス……?シャシン撮って、」
「奥まで覗いちまうぞ?」
「イイ写真家はみんなそう」
「晒す覚悟あるンだ。ナンデ?」
なんでオレに、と。声に出さずに訊いている。

「それでセッション辞めたヒトもいたし?」
くぅ、と笑ったシャンクスに、
「オレ、好きな相手には勃たないよ」
とリカルドがさらりと言って退けていた。
「好きだ、って言ってるだろ?おまえのこと、おれ。最初から」
すう、と真剣な眼差しのシャンクスが。
「いいよ、別に。だから、」
と続けていった。
「メンタル・ファックでもヴァーチャル・ラヴ・アフェアでもなんでもいいよ、おまえとしたい」
いっしょいっしょ、と。
これはもう自棄に近いのか。そこまでほれ込んだのか?

シャンクスが言っていた。
「すきだよ、だめ?」
「いいよ」
あっさりとリカルドが頷く。
「けど、それなら」
とマジメな目線になっていた。
「なぁん?」
「ちゃんと撮りたい。ライティングもセットも組んで」
肩越しに見下ろせば。すっかりカメラマンの顔だ。

「いいよ?」
とシャンクスがリカルドを見てすう、と笑った。
「じゃあそういうことで」
とリカルドもにこりと笑った。
「いつ?きょう?」
声がわくわくと弾んでいるシャンクスに、けれどリカルドはツレナイ。
「買いに行かなきゃダメだろ、いろいろ。それにこの家じゃモダンすぎる」
ちらりと室内を見回す。
「明るすぎるんだ」
―――やる気が出てなによりだ。

「ロケーションは?希望あり?」
にこ、と笑ったシャンクスに。
「そっから探す」
とリカルドがマジメに言っていた。
温まったスクランブルエッグとソーセージを皿に戻していく。

一瞬きょとん、としたシャンクスが、「リカァルド、」と呟く。
「なに?」
「それ、日数たくさんかかるんだ?」
「さあ?探してみるまでは見当もつかない」
トン、とプレートをリカルドの前に置いてやる。
「ベンにイメージ言ってみ?不動産屋より情報持ってる、」
ハイハイ。持っておりますとも。
「で、そこが空きだったらもうメンドウだからオレが買う、そこ」
そこまで言い切るシャンクスの額をツンと突付く。
「ひとまず朝ごはん食ってからな」




「だーーーーってさあ!」
額を突付いてくるコイビトに向き直った。
視界の中に。思い出したように朝ごはんを食べ始めてるリカルドが映った。
「だってもなにもないだろうが」
「だって、おれもう喰ってるもん、朝ゴハン。ゴチソウ様でした」
にぃ、と唇を引き伸ばして見せた。
「あンた、そろそろ自分以外にも地球上に生きている人間がいるってこと覚えろ」
呆れた、ベンの表情がそう付け足してきた。

「ウン?覚えてるよ…?オマエとリカァルド」
「そう。だったらリカルドに落ち着いてメシ食わせてやりな」
淹れ直されていたコーヒーをまた一口。
「食べてるじゃん、いまシアワセそうに」
く、と頤で示す先には。
「屁理屈言うな」
「真実!」
読みかけだった新聞を取り上げてみた。
リカルドが、トーストを齧りながらすい、と眼差しを投げてき。笑って言った。
「愛されてるな、シャンクス」

「リカァルド、怪しいもんだぜ?」
すい、とそのハナサキにまた指先をひらりとさせた。
「愛されてるって。ベンだし」
にこ、と。どこから出てくるんだろうと訝しむほどの笑顔がこぼれてて。
さらに言い足していた。

「想ってもいない相手に、どうこう口出ししない、」
「そう?どうだかな」
「オレが知ってる」
「ハン?おれが思うにね?」
「ん?」
すい、とリカルドにカオを近づけた。
「おれとおまえが同じタイミングでアラスカとマイアミで死にかけてたら、多分このオトコオマエのとこ行くって」
くく、とわらった。
やあ、いかにもだからさ?

「来ないよ。知らせないから」
「それを足したら仮定にならないだろ」
あっさりと笑っているリカルドの耳を引っ張った。
「なるって。アンタの側に行かないならコイビトってなんだよ?」
痛い、ってカオをきちんと作りながらもまだ言ってくる。かぁわいいなあ。
フフン。ベンがさっさとテーブルを離れて行った。タマラン、ってカオまで生意気に作ってみせやがったな?
「ナンダロウネ?でもそんなモンだよ」
「オレがコイビトなら、行くけどな」
「好きでもない相手の所に?」
肩を竦めて穏やかに笑うリカルドの、唇に近い頬に口付けた。
「コイビトなら、愛せるだろ?」
アイシテルからコイビトなんじゃないのか?
そう穏やかな目が語りかけてくる。

「なに、おまえ。すきな相手とは抱き合えないのにアイシテルなら平気なわけ?」
タイヘン訳がわかりません、と訴えた。
「オレはだから、コイビトは作らないよ」
あっさりといってくるリカルドの眼を覗き込んだ。
「愛してるならもっと抱き合えないから。きっと結婚もしない、」
「複雑だね、」
「愛してるなら、それだけでいいんだ、オレの場合。最も幸せであって欲しい」

「リカァルド、」
すい、とまた黒の瞳を覗き込んだ。
「失恋したな?」
「してないって」
「おまえの愛情のベクトルってとっ散らかってるだろ、」
最初から手に入れたいとは思わないんだ、と静かな口調で続けたリカルドに言った。
「オレは幸せにできないからね、」

「Ricardo, I do really love ya,」
やさしい笑顔に笑いかけた。




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