「ゴメンな、ベン。ハナシの途中だった、」
リカルドがそう言って。イスが引かれていく。
「興味ないのかと思った」
さらり、としたコイビトの口調。
「無くはないヨ?」
こめかみに唇で触れて声に出した。
「ふゥん?」
コイビトが目線を上げてくるのを、まっすぐに受け止める。
「結果は?」
「好きに、」
「了解」
とん、と。唇に触れられた。
「オマエがいればね、どこだって結局一緒だし」
柔らかな風情が、コイビトが喜んでいるんだな、と感じた。
きゅう、と抱き寄せられ。
腕をそのまま回す。
耳元、聞こえた。
「ならいい巣にしよう、」
返事の代わりに、首元に顔を埋める。
「…ベック?」
声を落とした。
「ん?」
「有効利用させろ?カネ、くだらねえの」
「ならあンた、シャチョウなんてもんになってみるか?」
「ジョウダン」
「本気。会長でもいいぞ。特別名誉顧問とか、株主でも」
「やです、」
肩に頭を預けて見上げた。
「どうして?」
「おれ、もう一生、ノー・ネイムがイイ」
優しい色味を刷いた目が見下ろしてきていた。
「じゃあ。あンた、オフィスの名付け親になれよ」
それくらい参加しろ、と。
さら、と髪を撫でられる。
アノニマスの愉しみを奪うなよ、なぁ?
そう甘い声で訴えてみた。
「あンたが帰る場所にもなるんだぞ?」
苦笑が、妙に甘いネ?あーあ。オマエさ?
おれのこと、ほんとに好きナ―――?
「建物の所有者もあンたになるんだぜ?」
フフン。
そうは言っても。おれは伊達にトラブルばっかのクソガキをしていたわけじゃなくて。
弁護士山ほど!知ってンの。名義変更なんざ10秒。
ぜんぶおっ被せてやる。
ナイショで。
バレタラ、勝手にしなね。
ああ、でも。シティカウンシルとかうるせぇのかな、文化財保護の対象なら。
じゃあ弁護士に言っとかないと、そのあたりは。巧く名義の変更はしておけ、ってね。
「暗室作ってなー」
コイビトに言う。
「写真現像用だったらマシンも入れるぞ」
「どうするンだ?フォトグラファ?」
リカルドに眼差しを投げて。
「…うん。嬉しい」
ふにゃ、なんて。照れてわらってるのか?あれ??
すっげ、カワイイ。
無理やりに腕を伸ばして。
リカルドの手を捕まえた。
よいせ、と引き。
引き寄せられるままの身体をもっと近づけて。
頬に口付けた。
「あとはどーぞ」
ぱ、と手を離す。
「……うん。ええと…よろしくお願いする」
ひょい、とアタマを下げる様子がまたカワイイっての。
擬音にしたなら、「ぺこん」ってヤツ。
「楽はさせないぞ。いろいろ苦労させてやる、リカルド」
ベンがそんなことを言っていた。
ン?いろいろ、の中身って。―――おれかよ、どうせ?
「あ。1個いいかな、」
リカルドが、すい、と視線をおれに投げてきた。
「なん?」
「オレのワガママなんだけど、構わないかな?ホントはオレが言うべきことじゃないと思うんだけど」
なんだろう。うん、なに?
じい、と見つめられる。
「……うん?」
「オレも持ち帰らないから、ベンも、シャンクスも。他人は連れ込まないで欲しい。ダメかな?」
「ええと……、」
ちら、とコイビトを見上げる。
ベンが笑いを精一杯耐えている風情を抑え込んでいた。
「あのさ、リカァルド?」
「ダメかな?」
きゅう、と項垂れる犬、そんなイメージ。
「それだけは、おれ。したことねェよ?コイツに」
や、うん。近かったり迎えに来させたりむしろ連れ帰るどころか、それよりひでぇことはしてっかも、だけど。
その辺りのマナーは、一応。ウン。
「よかった」
にっこり、と心底うれしそうなリカルドを見てしまえば。
言葉の続きは引っ込めて。
多分、妙な表情を作ったと思う我ながら。
なにしろ。コイビトが。笑いを堪えるのに煙草のフィルタを噛み締めていやがった。
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