プレートに手を伸ばして、二つばかりのデザァトを最初はゆっくりと噛み締めるみたいにしていたのが、リカルドはあっという間に
スピードアップ。あっさり食べきっていた。
「オナカがすいたって、オマエ?」
ソファを覗きこんだ。
こく、と頷き返され。それからまっくろな目線がそのままに見上げてきた。
非常に雄弁でいいこった?
「もっと食べる、」
低すぎない声がほんの少しだけあまったれたようなトーンを纏っていた。ウレシイよな、実際。
「そ?」
「ん、イイ?」
「じゃ、ちょっと待ってナ?ディナーの前に何か繋ぎ作ってやるから、」
フゥン?初めて聞いたな、このトーンは。
その所為もあったのかもしれないけど。なんだか、ケータリングだとかデリバリーだとかテイクアウトしてくる、とか。
そういったオプションは実行する気も全然無かった。

「イイコで待ってなネ」
立ち上がって、とん、と横になったままの頭を掌で弾いてみた。
「待ってる、手伝えない、ゴメン」
そう、エネルギィ使い切って、でもどこか甘えたような――――あーあ、ハハハ。
いいモノ聞けたか?コレってばさ、いちばん近いんじゃないか?思い切りメイクラブした後の声、ってやつに。
目を閉じてしまったリカルドに向かって手をひらりとふってからキッチンへ行き。
夏だし冷たいパスタでいいや、と思いついた。
カッペリーニを茹でている間にまた冷蔵庫を覗いてみた。
―――フゥン?

バルサミコ、シオ、コショウ、それにオリーブオイルを加えて軽く混ぜて置いておく。これはカッペリーニの下味用。
冷蔵庫からはローマンレタスとタマゴ、棚からはアンチョビーを取り出して。
茹で上がったカッペリーニを冷ます間にリヴィングを覗いたら、ソファにだら、と寝たままのリカルドがいた。
相当、ハラ空いてるねあれは。

冷ましたパスタに下味のバルサミコとオイルを馴染ませて。
アンチョビーだとか残りの材料を別のボウルにあわせながら、ふい、と気付いた。
あらま、って具合だ。
オリーブオイルをヴィネガーと卵黄の混ざってアンチョビーのアクセントのついたソースにゆっくりと混ぜ込みながら思った。
「だれかにモノ食わせるの、初めてじゃねぇの」
ビックリだ。

パスタにソースを絡めて。ざくっと切ったローマンレタスを最後に軽く混ぜ合わせて。
ちょっとした深皿に入れた。多すぎず、少なすぎず。アントレていうよりは―――。
場繋ぎ、だな。これでも食っとけ、って気楽さで。
ほんとうならこれにはワイン、白が合うんだけどね、生憎とリカルドは飲まない。水か?ガス入り。
―――あ、でも。
抜きじゃないと飲まないだろうなぁ、ったく。
「イタリアンには硬いガス入り、ってお約束だろ」
あーあ。と独り言だ。

時間にして、10分経つか経たないか。出来上がりまではそう悪くないな、久しぶりにしては。シルバウェアと水を入れたグラスに。
フェンネルもあったからついでに刻んでパスタに乗せて。
「お待たせ、してないだろ。ほら、ドウゾ」
ロウテーブルに置いた。
「オナカスイタ、オイシソウ」
「フフン。夏向きメニュウ。イカガデショウ」

ようやく、って感じだ。よろよろっと起き上がって手を伸ばしてた。
見つめていたなら、「イタダキマス」と一言。
それからパスタをフォークに巻きつけて一口。
きちんと生真面目に咀嚼して。
「んまい、」
おいおい、リカァルド。それじゃオマエまるっきりガキ。
にこお、と笑いかけられ。
「そっか。じゃ、続きナ」

キッチンに戻って。
あとは、『冷蔵庫』から目に付いた夏野菜の類と、おれが実は嫌いな子羊と、モッツァレラは後で使うからまだいいとして。
トマト、それから生ハムをがさっと引き出して。
子羊を漬け込むワインのなかにハーブを何種類か放り込んで次に軽く叩いた子羊。

何故料理ができるか、っていうのも奇妙なハナシだ。
何ヶ月か続いた妙な趣味。できるだけ手をかけて時間も手間もかけてモノを作って、どうしようもなく「美麗に」セッティングして、
結局食わないでいた。
ジャンキーは何考えるか、わかったモンじゃないネ。
だけど、食べ物の匂いに吐きそうになっても、作ってた。
まだ、「こっち側」に足が着いてることでも確かめていたのかもしれない。

ふ、とヒトの気配がして。
「手伝い要る?」
どうにか立てるようにはなったらしいりカルドが傍に居た。
「じゃあさ、」
に、と見上げた。
「ん?」
ズッキーニだとか、パプリカ、他の夏野菜も全部切り終わってるし。
「キス、1個くれたらシャワー行って来れば?現像液の匂いしてるよ、オマエ」
首を傾げる仕種がやっぱりでかい犬みたいだな、カーワイイっての。

「ん、」
トン、と。キスが唇に律儀に落ちてくる。は、とわらっちまう。朝、ゴネタ甲斐は大あり、って?
そのまま、バスルームまでまっすぐドウゾ。途中で寝てンなよ?
ハラペコなお犬さま用のディナーのラインアップは、結局。リカルドがシャワーからでてくるまでに大体出来上がっていた。
ま、こんなモンだろ。ダイニングテーブルはいい具合に埋まるハズだ。

「あぁ、リカァルド、いいタイミング」
ヒップハングの気味のブルウデニムだけ穿いて、バスから出てきたリカルドに言った。
「テーブル、座っとけ?」
「ん、アリガトウ」
キレイに模られた上半身のアクセントは、シルヴァとターコイズ、それに白い羽根のジュエリーで。ハハ、これはオイシイ。
目にね。

「ちなみに、モッツァレラはダイジョウブ、」
一言確認してから、モッツァレラにトマトとクレソンとあわせたプレートを出してやる。
「平気。マックスにいろいろ試させられた。チーズは食える」
「オーケイ、」
リカルドがプレートを片付けている間にメインと、サイドディッシュがほぼ同じタイミングで仕上がって。
あとは自分用に適当に切り出した生ハムだとか小エビとマンゴーのオリエンタルなサラダだとか。
思いつくままに食わせて。

ぱくぱくと気持ち良いくらいに皿を空にしていくリカルドを眺めながら、空いたグラスに水、ワインじゃなくてつまらねぇの、
注いでやったり。空になったプレートにパンを置いてやったり。
構いながら食事した。
評価は、まぁまあ、ってとこか?
シアワセそうな目で食ってるし。
これはー。
ベンのハハオヤとタメハレルカ?

アタマのなかで茶化して。
あーあ、と苦笑した。
タメどころか。
稀少度、って点じゃ、ダントツだろうが。

「パスタか何かもっと食べる?オマエ」
まだハラ減ってる?と尋ねた。
「もうゴチソウサマ。オナカイッパイ。アリガトウ」
「ん、よく召し上がりました。ついでにデザァトは」
ぺろ、と唇に残ったソースを舌先が味わっていき。にこお、とりカルドが笑った。
「デザァト、食べる。シャンクスの料理、美味いよ」
「そ?ありがとう」
にっこり、で返した。

「じゃ、デザァトは。」
立ち上がった。
「カスタァドクリームがすきだって?リカァルド。じゃあ、美味いクリィムソース作ってやるからそれと苺な」
「ん、美味そう」
プレートを纏めてシンクに持ってくる姿に話し掛ければ、良いお返事。
「ついでに、プレートはディッシュウォッシャーに突っ込んじまえ」
「了解」
満腹、って表情のリカルドも妙にカワイイ。
ハラへって死にそう、ってのも中々よかったけどね。
「で。おれには、テーブルのワイン、取ってほしい」
「ん。直ぐ?皿終わってから?」
「皿終わってからでいいよ」
「わかった」
律儀な返事にわらって。頬に軽く唇で触れた。

さて、と。ウチのメイド。オーストリア人のカノジョのお勧めのババリアン・クリィムの亜流、本筋じゃ甘すぎたから。それでも作るか。
「リカァルド、それから苺も冷蔵庫から出しておいてくれるとアリガタイ」
「んー。洗う?」
「もちろん」
「わかった」
「塩水でちゃんと洗ってナ」

ワインを受け取って。リカルドが苺を洗っている間に。
なんていうんだけ、この。しゃかしゃか混ぜるヤツ。それから木べらに取り替えて。
メイド曰く。『とろり、と雫が弾ける程度』まであまったるいソースを火にかけたままでいた。
「ホラ、味見」
木べらに乗せて冷ましたクリィムを掬って、ひら、とさせる。人差し指。
食うか?
どうだろーねー?
―――わ。
食ったヨ。
ぱくん、と指先を含まれて、思わずわらっちまった。

「あまさ、丁度いいダロ、」
「ん、美味い」
「フォーク、つかスプーンもイイからなぁ、」
ふにゃ、とシアワセそうな顔を見せてくれた相手に軽口で返して。
デザートプレートにちゃんと乗った苺に、ソースをかけた。
「ハイ、出来上がり」
「一緒に食おう、」
にこお、って笑顔。
断れるわけ、ないっての。
「イイよ、」

コーヒーを淹れに行きながら、飲む?と聞かれて。
「いいね、頼む」
おれまで笑顔垂れ流し、ってやつ。―――いまさら、か?
「ん」
けどさ?
いま見えてる背中のラインだとか。骨の具合だとか。筋肉の模ってる様とかさ、その方が
よっぽどいいデザート、ってな?
言わないけど。

「オマエはコーヒー淹れるの上手いね」
代わりの台詞。
「酒飲まなくなってから、凝る様になった」
「ふぅん?酒飲みなバカといい勝負に上手い」
「ベンはなにやらせても上手いよなぁ、」
素直に感心してでもいる口調だった。ほんとに、お互いのこと大事にしてるね、オマエラ。
「おれがバカ仕出かしていなくなったら後はよろしく」
はは、とわらって。
デザァトを食べた。




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