アポイントメントを取って、弁護士に会いに行った。
おなじニュー・オーリーンズ市内。
時間通りに始めてもらえただけで御の字だ。
大学時代の同級生の先輩に当たるソイツは、腕利きだ。ワザと時間を遅らせて、妙なポスチャを取ることもない。

家を買うこと、リノベートする意思のあること、オフィスを開業すること、資金は半分がオレの貯金、残りがシャンクスの金から
来ることなどを話した。
シャンクスの名前が利権のどこにもつかないよう、オフィスに融資するという形でリーガルペーパをつくってもらうことにした。
相手の弁護士が何か言ってきたら、相手をよろしく、と言ったならば。
「高くつくよ、ベン・ベックマン」
にやりと笑った。
「このオッサン、有能だからナ」
Dr. Von Koeller、とリーガルペーパに綴られた名前を指差した。
「知っている。優雅な物腰に悠長な口調、クソ固い意志」
思い出して眉根を寄せると、くす、と笑われた。
続くヒトコト。
「さすがはドクトール・フォン・ケラー」
あのスイス人は、法曹界では有名な御仁だ。

「その分は払うから、お相手ヨロシク」
「金はともかくな…まあいい。顔を売っておくいい機会だと割り切ろう」
すい、と手が差し出された。
握り返す。契約成立。
「ベン。久しぶりだ、晩飯を一緒に食おう」
迷惑料を考えれば…安い方か。
「オーライ。希望はあるか?」
「特にはないよ。大丈夫、フルコースで食わせてくれる相手はいるんだ」
ふわり、と笑った。
「へえ?」
「クリスマスに結婚する。けど身重になってもオマエの仕事は受け付けているから心配するな」

敏腕弁護士、ジェム・スカーレッティがにぃ、と口端を引き上げた。
それは初耳だな。
「未来のダンナは?」
「アレがどうした」
「紹介はなしか?」
立ち上がってオフィスから出ながら訊けば。
「紹介してどうする?」
逆に切り込まれて笑った。
この“弁護士”相手に結婚するというツワモノだ。並の男じゃないのだろう、と納得する。

「クライアントとディナーしたくらいで嫉妬するようなヤツじゃないってか」
「そんなくだらないオトコに用はないよ」
車のドアを開けてやる間もなく、さっさと乗り込んでいく。
「ああ、でも。そうだな、迷惑料を先払いしろよ」
そう言ってジェムがふわりと笑った。
「…オオケイ」
少し考えてから承諾すると、ジェムがにぃい、と口端を吊り上げた。
「オマエ、酒いけた口だよな。ルシアンに車で迎えにこさせるまで、付き合え」
それで紹介も済ませてやる、と言われれば。NO、と首を横には振れない。

「ルシアンというのか」
「ルシアン・エアウッド。知らないだろう」
「どの分野のヤツだ?」
「球を放ったり、ついたりしてコートの中を跳ね回る分野のヤツだ」
「…NBAの?」
「いいオトコだろう?」
メディアを通してみた顔を思い出していたのがバレたらしい。にやり、と笑って惚気られた。
参ったな。

「暇じゃないんだろう?酒飲みながらでもいい、細かいところはきっちりやる。オマエの時間を無駄にはさせない」
「ああ」
頷いて、中華を食べる算段をつける。
その間にジェムはバスケ界のスーパースタに横暴な電話を入れていた。
曰く。
「古い知り合いと晩飯を食べるんだが、その後、きっちり酒飲むつもりでいるんだ。ヤツの車で移動しているから、迎えにきては
もらえないだろうか」
…下手に出ているんだか、甘えているんだか、微妙なスタンス。
「いい機会だから、オマエも顔を合わせればいいと思ってな。―――イイ男だよ。オマエには負けるが」
ハイハイ。勝手にやってくれ。

げらげらと笑う相手の声が漏れ聞こえた―――どうした、アンタ今日はめちゃくちゃ機嫌いいな、と。
ふむ。
それから続く“恋人同士”というよりは“親友同士”といった二人の会話は右から左へと流し。
何度か来たことのあるチャイナ・レストランに入った。
ホテルの中にある三ツ星。

190を越すオレと比べても、10センチと少しくらいしか背丈が違わないジェムとレストランに入ると、別の意味で視線が集まる。
その上、大人しくエスコートされているが、きびきびとした動作はどう考えても弁護士というよりは軍人。
男装の麗人っぽくスーツを着こなしているジェムは。下手をすればその辺りに転がっている“有名人”より見ごたえがあるのかも
しれない。

何度か世話になっているジェムの恋人がどんな“オトコ”であるのか、興味が湧いた。
だから、スーパースターの練習時間が終り、車で迎えに来たのが10時過ぎていても、苦痛だとは思わなかった。
ルシアン・エアウッドは、背丈が2メートル少しある男性で。久しぶりに、誰かを見上げた。
「よう、ジェム」
「ルーシー!待ってたよ」
……ルーシー、なあ。

「こいつ、ベン。大学の後輩の知り合いで。いまは友人でクライアントだ」
すい、と手を差し出されて握った。
…でかい手だな。
これも久しぶりに抱く感想。
「はじめまして」
「アンタ、ジェムの元カレシだろ」
に、と口端を吊り上げられて、苦笑した。回答―――Yes。
「結婚すると聴いて驚いた」
言えば、カカカカ、とルシアンが笑った―――ミックス・ブラッドでハンサムな割には、豪快だ。
「まあどっちでもいいんだけどな。“乙女の夢だろうが、”って言われちまってなぁ」
ちらりと目線を投げられたジェムが、2本目のブラントンズ・シングル・モルトのボトルを空けながら笑った。
「オマエらやることやっておいて、その目は節穴か?どこからどう見たって立派な乙女だろうが」
「だぁから“Yes"と言ったろう!」
……漫才夫婦でもいけるらしい。

「で、ベン。アンタ、何の仕事をしているんだ?ジェムに気に入られてるとは、相当出来がいいんだろう?」
豪快ではあっても、どこかエレガントさが覗く仕種で振り返られ、肩を竦めた。
「ベン・バラードの名でコラムを書いている」
「…おーわびっくり」
ひょい、と眉を跳ね上げて、ルシアンが笑った。
「40代くらいのファンキーなおっさんが書いてるのかとばかり思ってたぜ、あのコラム」
「ベンは基礎をがっちり固めて書くからなあ。文章の抜け目の無さがそう見せるんだな。本名のベックマンで書いてる方はもっと
硬くて更に抜け目がないぞ、内容ともども」
うんうん、とジェムに頷かれて、苦笑した。
「褒められているんだか、どうだか」

「「褒めている」」
夫婦未満にデュアルサウンドで解答され、アンタらいい夫婦になるよ、と太鼓判を押した。
「アタリマエだろう。その自信があるから結婚するんだ」
とはジェムの弁。

その後、夫婦漫才を楽しみながら、ジェムともう1本ボトルを空け(ルシアンはプロの選手らしく、始終ソフトドリンクだった)、
バーラウンジを出た頃にはとっくに日付が変わっていた。
結婚式は挙げずに、そのまま新居に移り住んで新婚生活に入るという二人に、引越しが済んだら今度遊びに来いと誘われ、
頷いてから別れた。
「Safe Driving」
安全運転を、という掛け声とともに遠ざかっていく車のエンジン音を聴きながら、自分のレンジローヴァに乗り込んだ。




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