空いている道路を飛ばさないで車を走らせ。まだ明かりの灯っていた部屋に戻ってみれば。
写真がそこら一帯に散らばったソファの上で、シャンクスがリカルドに乗っかってキスをしていた。
ちらりと翠が見上げてき、すい、とまた閉じていった。目の端に笑み。
リカルドはといえば…ふぅん?
“ちゃんとしたキス”をしていた。
シャンクスの赤い髪を、耳の横でそうっと押さえ。激しくならないディープなキスを。

そうか仲良くなったのか、と思いながらバスルームに向う。
アルコールの匂いを漱いで落とし。
ジャケットをハンガにかけて、クロゼットに戻す。
煙草を咥えて、キッチンに向かう。
キスを終えたリカルドが、オカエリ、と声をかけてきた。
「帰った」
「おつかれ、」
シャンクスにも目線で返す。

冷蔵庫からペリエを取り出そうと空け―――へえ?
「ラム食ったのか」
機嫌のいいシャンクスに視線を送って訊いてみた。
確かあンた、嫌いじゃなかったっけか?
ふ、とシャンクスがキレイな笑顔を浮かべていた。
「なあ、ベン。シャンクス、料理上手いぞ」
にこお、と笑ったリカルドに、は?と思わず視線を合わせた。
「誰がなんだって?」
思わず訊き返す。

「シャンクス。料理上手いぞ」
「―――あンた、料理できたのか、」
14ヶ月の同居生活で初めて知ったぞその事実。
向き直ってみれば、シャンクスは。
「ウン。」
ふわりふわりと、まあ御機嫌麗しいことで。
「ベン、食ったことなかったのか?」
小首を傾げるなリカルド、オマエ“カワイイ”ぞ。
「ああ。できることすら知らなかったな」
まあ訊きもしていないが。
というか、あのズボらさでソレは反則だろう。

すい、と首をリカルドと同じように傾け、見上げてくるグリーンアイズに内心舌打ちする。
あンた、一体どんな隠し球もっていやがるんだ?結婚するのが“乙女の夢”だと言い切ったジェム以上に、“アンビリーバブル”な
事実だぞ。
味にうるさいことは知っているし。偏食で少食で美食家なことは知っていたが―――フン。
次からはもう少しいろいろと自分でやらせるか。
いい機会だ、“自分のことは自分で”―――実践してもらうとするかな。
食器洗いは回っていた―――リカルドがいてこその奇跡、だな。コレは。

「久しぶりにいろいろ作った、」
オマエもあんまり甘やかし―――意外とオマエのほうが甘やかされてンのか、リカァルド?
にこおと笑ったシャンクスの言葉に、肩を竦めた。
「そいつはなによりだ」
煙草の灰を落として、ペリエの口を開けた。
「スターターが、冷製のパスタ、バルサミコとオーリブオイルとアンチョビーと、自家製マヨネイズ。」
うまかった?とリカルドに訊き。返事は、こくん、と頷きが一回。
「マヨネイズが自家製ってとこがポイント高かった」
ああ、それはオレも驚きだよ。よくまあ面倒くさがりなあンたが、そんなものまで作ったな。

「サイドディッシュは夏野菜のグリルと、小エビとマンゴーのオリエンタルサラダ、生ハムに、あぁ、キュウリのヴェトナミーズ・サラダ。
どれがオッケイだった?」
「野菜のグリルは素材勝負かな。マンゴーと小エビのコンビネーションは、あまり思いつかなかったから、驚いた。プロシェットも
素材勝負だしな…ああ、キューカンバ。面白い味してた」
そんなに安い材料は仕入れてないぞ、リカルド、と。内心思い返すが黙っていた。
リカルドも、結構舌が肥えてきたな。
「あ、キュウリね?あれ魚で作るソースがポイント、」
にか、とシャンクスが笑っていた。
散々思う存分構えて満足しましたという風情だ。
ふむふむ、とリカルドが頷いており―――ここは料理教室かよ、とツッコミを勝手に入れる。

「メインは、ワインとハーブにつけた子羊を、スライスしたタマネギとローズマリと一緒にグリルしたヤツ。おれのオリジナルな、これ」
うまかったろ?と。モナ・リザなんぞ対抗馬にすらならない笑みをシャンクスが浮かべていた。
「美味かった」
にこお、とリカルドが笑う―――こっちはボールを咥えて戻ってきた子犬のような風情だ。
オイオイ。すっかりガード取っ払われたなオマエ。
「あとは、なんか作ってたけど忘れた。デザァトはババリアン・クリィムの改良編のソースと苺。それと美味い珈琲」
「あとヴェトナミーズ・ロールと、トーフのディップ」
リカルドが追加していった。
ナルホド、メイン以外はアジアンだったのか。
「オマエとタメ張るくらい美味かった」
にこお、とリカルドは尚も笑う。
そうかそうかよかったな―――その分だと完食したな?

ひゃは、と。声を出さずにシャンクスが笑った。
二人揃ってご機嫌で満腹満足でなによりだ。
「適当に片づけてから寝てくれよ」
ひらりと手を振った。
予定外、予想外、人生は奥が深いということを突きつけられた―――何年かぶりに。
「もう寝ちまうの、」
く、と見上げてきたシャンクスに、寝る、と応えて。ベッドルームに向かう。
ああ、着替えるのも面倒だな。
クソウ、なんだか草臥れたぞ。

とさ、とリネンに横になれば、静かな足音…これはリカルドか。
「オマエは食ってきたのか?」
「食ったような、食われたような―――どっちかっていうと呑まれてきた」
溜息交じりに告げれば、リカルドがすい、と寄って来た。
「オマエが酔った?信じられない」
「人生は信じられないことばかりだ、リカルド」
「オマエらしくないな、ソレ」
とん、と背中を撫でられて、溜息。
「どうやらオレは随分と甘くなっていたらしい。しばらくのんびりしすぎたかもしれない」

「仕事、入れちまうのか?」
「絶えず入れてあるが…ちっとどこかで認識変えてこないとな」
ああ、面倒臭い―――全部放り投げて一からスタートしちまいたいくらいだ。
「シャンクス、呼んでこようか?」
「なぜ、」
「こういう時慰めるのは、コイビトの役割だろう?」
「いらん」
慰められるどころか、塩を塗り込められるかもしれんぞ。
あれは“弱っている”のを更に参らせるのが好きな面がある。
特に“強いもんな、平気だろ”と思い込んでいる時には。

「…オレ、やっぱり出ようか」
「……余計な気を回すな」
ついでにそんなセリフをシャンクスに吐かないでくれよ。
ぎゃあぎゃあと騒がれるのは、今は勘弁だ。
「……マジで愛してるんだな」
リカルドの言葉に笑う。
「オレの定義が間違ってるだけかもしれんぞ」
ちら、と過ぎる影。シャンクスがこちらを覗き込みでもしているのだろうか。

「なあ、オレ、オマエともキスできた方がいいのか?」
「―――はぁ!?」
オイオイオイ、リカルド・クァスラ。オマエは一体何を言い出すんだ、勘弁しろよ!
「食べたことないなら、せめて味見、とか思ったけど」
「いらん」
つうか、頼む。
これ以上オレの認識を壊さないでくれ。
少なくとも今日は。

「―――悪い」
「謝るなら最初から言うな」
リカルドに溜息を吐きながら言う。
そして、オレも。
できそうになければ、最初から受け入れるな。
出来ると言ったからには、できるようにならなきゃならんだろ。

「リカルド、」
「ん?」
「戸締りよろしく」
「―――了解」
ぽん、と背中を撫でられた。
動かない影、まだドア口に立っているのかねえ、シャンクスは。
「オヤスミ」
どちらにも、どちらにもなく告げてから目を閉じた。

全部自分で背負い込んだからには、最後まで責任取るのがオトコってなもんだろう。
あー…けど。
今日はムリ、だな。
気分が乗らない、ムリするだけムダだ。
意識的に眠りに入る。
朝になって気分が晴れていれば御の字だ。
晴れていなければ、でかけよう。
それでどうにでもなるだろう。
たまに投げ出したいのなら、投げ出すべきだ。
タダのクソガキでいようじゃないか。
そのまンま、タダのクソガキなんだから。
―――例え文体が40代と言われてようとな。




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