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 バスタブに水が溜まっていく音と、ふわりと上がる湯気と。そんなもののなかで、見つめる銀灰は柔らかな色味を溶かし込んでた。
 みつめているだけで、勝手に唇が笑みの容になる。
 単純な真理。
 
 肩口に、唇で触れた。
 コイビトが、ふわりと。穏やかに優しい笑みを浮かべているのが見えた。
 肩の線にそって、唇を浮かせていくようにすれば。さら、とコイビトの指先が髪を梳いていく。
 「1.マリンノート、2.サンダルウッド、3.ユーカリ、4.ゼラニウム、どれがいい」
 視界に入ったバスオイルのアロマを並べてみた。
 「サンダルウッド」
 「んー、」
 耳元に口付けられて、ちょっとわらった。
 腕を伸ばして、あまい琥珀色のそれをビンから取り出して。ぽん、とバスタブに放った。
 
 「はいっちまお、」
 「だな、」
 ふわり、と香りが拡がり始めて。コイビトの目がきゅう、と細まっていってた。
 香りに敏感、これは犬科だな?
 タバコを吸う人間のマナーで。
 必ず良い匂いも自分もさせてるけどな、抜かりなく。この「ライター」は。
 
 サブのバスルームだから、ちょいとバスタブは狭い、けど。フツウのに比べればまだ大きいのか?よくわからないけど。
 「あ、そうだ」
 思いついた。
 「ん?」
 「ベーン、オマエ先に入んナ?」
 すい、とバスタブを指差す。
 「はやくはやく」
 「わかった」
 
 する、とアンダを脱いでからバスタブに身体を滑り込ませていく動きにそってまた。
 ふわ、と香りが拡がった。
 「お邪魔します」
 その後ろのスペースに入り込む。
 イレギュラー、ってやつ。リバース、いつもと逆。
 「後ろでいいのか?」
 「かまわないよ?」
 さら、と。かすかに笑ってる声に、腕を前に回して応える。
 
 とん、と体重を預けられて、また耳に近い場所。髪に口付けて。
 腕や、肩。胸から腰、手を遊ばせてた。身体が温まるまで、5分くらい。
 項にも、ちゅ、と唇で触れて。
 痕を残さないギリギリで、肌を吸い上げた。
 おれの好き勝手に珍しくさせてくれるね…?
 
 ちょっとわらって。
 手を巻きつけるみたいにして。
 「ご機嫌うるわしーね…?」
 後ろから頬のあたりに口付けて言えば。
 「あンたもな、」
 ふんわりと笑みが返された。
 
 「気持ちいいし、」
 ちゅ、と音をたててまた口付けて。
 そうしたなら、さら、と水の表面が揺れて。
 伸ばされた腕にそのまま首を引き寄せられて、深く口付けられた。
 僅かに後ろに反らされる所為でコイビトの首筋のラインがすう、と伸びて。
 その線を指先で辿った。
 
 とろ、と。烈しくはならずにあまいだけのソレを深く味わう。
 やわらかく押し合わせて、ゆっくりと。
 深めては、引き上げて。喉もとの線も手指で味わいながら。
 どちらも、すきだな、と。
 思った。
 丁寧で上手いのと、柔らかくて甘いの。未満と、コイビトのと。
 
 甘く吸い上げられて、息が零れてく。
 ―――ハハ、たったキスだけで。熱が高まってく。
 絡めた舌、あまく食んで。
 コイビトの膝に休ませた手を、知らずに緩く握りこんでた。
 
 舐め上げられて、ゆっくりと口付けが解かれ。僅かに浮いた唇を啄ばんだ。
 さら、とまた水の表面が揺らぎ。
 背中が離れていき、まっすぐに眼差しがあわされる。
 向かい合うようなカタチに、首を傾けて見せた。
 もういちど唇の重なる直前、銀灰のなかにちらりと笑みの影が掠めていって。
 あ。と思い当たる。
 昨日の逆だ。
 
 水より上、身体の表面を気まぐれに触れていく唇にあっさり体温が高まって。
 さらりと眠りきれずにいる快楽が簡単に引き出されてく。
 水からタブの縁に身体を引き上げられて、背中にあたる壁のタイルの冷たさに身体が跳ねてた、けれど胸元に口付けられて、
 浮き上がろうとするところを緩く押し戻されて。
 肩から、冷えたタイルがすぐに体温に同化していく。
 「―――ん、ぅぁ、っ」
 
 壁と、天井に洩れる声がぶつかって。
 熱に含まれて目を閉じる。
 僅かに引き上げられた脚が勝手に揺らいで。
 さらりと、あまく。
 引き上げられる。
 快楽。
 その種類と深みと色合い、そのどれもが違っていて。
 ただ、委ねるだけの、あまったれた気持ちよさ、それを引き寄せる。
 「―――ぁ、ア、」
 零れてく声さえ、あまったるい、多分。
 
 きもちがいい、と。
 優しくおれのことを追い上げてくコイビトに仕種で、眼差しで、吐息で告げ。
 ジブンを引き渡す。
 波の天辺で、手放し。
 引き受け、引き留めらるのも知ってる。
 洩れた声は。
 赤面するくらい、甘ったれてやがった。
 
 
 
 
 甘やかされたから、というわけではなく。ただ甘やかしたくて、抱き上げた。
 バスルームに響いた声は甘く蕩け。けれどそこにはなんの意図も計算も無く。
 そんな声をコイビトが上げてくれるのが、素直に嬉しい。
 演技派なのは最初から知っていることだから。
 ソレでオレに“挑んで”きたわけだし。
 
 遊びなれた風情もカラダも。馴染みやすく楽しかったが。それは別にシャンクス相手でなくても楽しめるもの。
 One Night Stand(一夜限りの相手)なら、お互いそれこそ他にも大勢いるわけで。
 だから最初にシャンクスを愛したと思ったのは、二ケタ台に関係した回数が乗った頃で。
 ただセックスの相手としては申し分ない、というからではなく。むしろセックスにまで至らなかった夜にシャンクスが見せた顔が、
 妙に幼く、どこか迷っていて。
 毎度毎度セックスする必要はない、たまにはぼけっとしていけ、と。その頭を撫でたときに、どこかほっとしたような、困惑した顔を
 見せた瞬間だったように思う。
 作られた顔でなく、素で見せた顔。
 初めて翠の双眸が真っ直ぐに、なんの意図も乗せずに、見詰めてきたのが酷く印象的だった。
 
 その後に、困惑顔が解け。ふぅ、と緊張の抜けた笑みを浮かべていた。
 髪をさらりと撫でて、頬を指先でくすぐってやり。
 それから、その日は。人気の少ない夜の砂浜を、静かに散歩をして過ごしたのだった。
 その後にディナーを食べ、けれどいつものようにクラブには出かけず。
 部屋に戻り、ソファに並んで丁度テレビで流れていた白黒映画を眺め。
 映画の途中で口付けを交わして、そのまま。
 初めて“愛し合った”わけだ。
 穏やかなまま手を伸ばし、抱き合って。作られていない素の存在を、抱きとめた。
 腕の中で眠る存在が“愛しく”思えた。
 
 それ以来。シャンクスは、数日間離れていくことがあっても。
 いつも帰ってきた。そうすることが自然のように。
 仕事を終えたからステイツに戻る、と言えば。
 じゃあおれも、と。一緒に戻る、と言われ、戻ってきた。
 イビザの“お祭り”の期間はまだ二十日ほど残っていたにも拘らずに、だ。
 それから暫くシャンクスの周りは慌しく。
 けれど少ない荷物をあっさりと纏め、帰る日にはきちんとエアポートに時間前に現れ。
 LAまでしかチケットをとっていない、と言えば。それでいい、と言って返してきた。
 
 スペイン本国を経由して、LAXまで辿り付き。
 飛行場で、滞在を予定していたホテルの名前とルームナンヴァを書いた名刺を渡した。
 「1ヶ月、そこに居る。なにかあれば来い」
 そう言って。
 「じゃ、ここのホテル、上に部屋取るから。オマエ、越してきて?」
 シャンクスはそう返してきながら、にこおと笑った。
 他意のない笑顔だった。素直に嬉しい、と告げるだけの。
 
 オレの仕事は知っていて。スケジュールも目的も、前に一度話していたから。
 部屋に転がり込んだからといって、いつでもそこに居るというわけじゃないことは了承済みだと踏んで、頷いた。
 手渡した名刺を引き取り、破いてターミナルのダストボックスに落とし。
 そのままシャンクスの荷物を引き受けて、タクシーに乗り込んだ。
 
 そうしていつのまにか。
 互いが互いの帰る場所になっていた。
 それがアタリマエのことのように。
 他のオプションなど、比較するだけ時間の無駄、とでも、どこかで決めてしまったかのように。
 
 一息吐いてから、シャワーを浴びなおし。
 一瞬抱きしめてきたシャンクスの濡れた髪に口付けを落としてから、タオルで水気を拭き取り、バスルームを後にした。
 着替えてからキッチンに行けば、リカルドが既に朝食の準備をほぼ終えていて。
 シャンクスはリカルドと、キス付きでのオハヨウの挨拶を交わし。
 オレとは、ゴツ、と拳を合わせて、挨拶を済ませた。余計な言葉を交わす必要も無く。
 
 朝食を終え、片づけてから。咥え煙草で朝刊を読み終えたリカルドが、立ち上がっていた。
 なんだろう、という顔をしたシャンクスに肩を竦め、戻ってくるのを待つ。
 書斎から戻ってきたリカルドの手には、薄く束になった写真。
 大判で、焼きあがって乾燥したばかりのものと思われるソレが、そうっとテーブルの上に置かれた。
 「オレの目から見たシャンクスな」
 きょと、となったシャンクスに、煙草を咥えたままリカルドが笑った。
 「見てくれ。な?」
 
 
 
 
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