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 シャンクスが、やけに嬉しそうな、キラキラ笑顔で見上げていた。
 こうした古い建物は、窓がやたらとでかい。
 庭のメンテナンスをすれば、そうとう陽光が入るだろう。
 漏れ入る光のなか、きらきらとダストが舞っていた。
 エントランスを抜けて、大きなホール。
 
 重厚なウッドの古い家具が、シーツ・カヴァの下から赤茶の足を覗かせ。
 埃と蜘蛛の巣を纏ったシャンデリアは重く垂れ下がり。
 マントルピースの上には、ご丁寧に。すっかり曇った鏡が乗っかっていた―――外させよう。
 
 シャンクスがこつこつと足音を立てながら、長い廊下をゆっくりと歩いていた。
 幸せそうに廃墟の中を歩く姿は。昔の写真に焼き付けられたイメージに被る、ただ"生きている"だけで。
 シャンクスを。自分が"生かしている"とは思わないが―――手掛かりなり、足がかりになっていればいいと思う。
 
 視線に気付いたのか、シャンクスがふわ、と笑いかけてきた。
 オレンジのフラッシュ、ああ、リカルド。オマエ"シャンクス"を撮ったな今?
 笑って、片手を空に向けた。
 「元々はお屋敷。次は孤児院、その後にホテル。今はタダの廃墟だ」
 館の"経歴"、不動産屋に告げられたこと。
 「孤児院と、ホテル、ねぇ。」
 
 白い内装の部分と、赤い煉瓦の部屋で構成されている。
 馬鹿馬鹿しくでかい―――歴史的に価値のある物件だけに、取り壊すことも出来ずに残っていたもの。
 「リカァルド、」
 カメラマンが呼ばれ、親友の顔になった。
 「なに?」
 「なぁ、ここ。おれらの他にもなにか"居る"…?」
 リカルドが笑った。
 「"偉大なる霊のお導きが常にあらんことを"」
 インディアンの基本の祈り。
 
 長い廊下を渡りきって、酷く広いホール。
 たくさんのガラス、重たく古ぼけたカーテン。
 シャンデリア。
 すぅ、と首を傾けたシャンクスは、さながらオフィーリアのようだ。
 いやいくらなんでもそこまでは戻らない物件だぞ。
 
 「居る、けどどうってことない」
 リカルドがふわ、と笑った。
 「そう。居た方がイイんだ」
 いいのかよ。
 リカルドの首に軽く腕を回し。ありがと、と言ったシャンクスの背中に思わずツッコミを入れる。
 「これで、放っておかれても寂しくないよ、」
 「遊ばせると後々面倒だから、そこはきっちり線引くよ。シャンクス」
 メディスンマンの弟は、そういう意味では非情だ。
 シャンクスの色味を増したセリフも、すげなく切られている。
 
 「追い出すなよ…?おれたちの方が闖入者なんだし、」
 「もちろん。追い出すわけがない。ただ、線を引くだけだ」
 甘い声のシャンクスに、リカルドがじぃ、と見詰める。
 「うろつくのはいいけど"悪さ"をしないように」
 つい、と指差されて、リカルドを見上げる。
 「ベンが片づけるハメになるんだし」
 「……家政婦は入れるぞ。通いの」
 誰がこんなでかい家を掃除して回るかって。
 そんな暇あるか。
 
 ああ、そうすると。
 一部屋か二部屋まるまる潰して、資料庫兼仕事場だな。
 そこだけロックすれば、あとはカメラを入れさせるか。
 エントランスのゲートも立て直させて、セキュリティをどうにかしなきゃな。
 窓ガラスも入れ替えて。
 
 すう、とまたシャンクスは廊下の方へ出て行っていた。
 タン、タン、タンと足音が遠のいていく。階段でも登っているのか。
 リカルドに振り向く。
 「危険は?」
 「不動産屋に訊かなかったのか?」
 「連中のほうが古株なんだろう?」
 くう、とリカルドが笑った。
 「幸い、友好的なスピリッツだ。家を守っている」
 「そうか」
 それならシャンクスがどこへ探検しに行っても平気だろう。
 
 「住むことには反対されていないな?」
 「賑やかになって嬉しいと」
 「建て直しには?」
 「理解させる。大工にイタズラしないよう」
 「外してちゃならないものとかはあるのか?」
 「解らない。アルトゥロを呼ぼうか」
 「オマエの兄貴か、」
 「アルトゥロのほうが正確に理解できる」
 父親の死体まで見つけたくらいだからな、と。小さな声でリカルドが言った。
 「…砂漠か」
 「ああ。出て行こうとして出て行ききれなかったらしい」
 リカルドもタイヘンだが。兄貴の方もタイヘンだな。
 
 「ベーン、リカァルド!」
 上からシャンクスの声が聞こえる。
 すい、とリカルドに肩を押される。
 「生き生きとしているな。いいことだ」
 「廃墟のほうが生きるってのはどういうことだろうな」
 切り返しにリカルドが笑った。
 「礼拝堂がある…!」
 シャンクスの声。
 …孤児院のころの名残か?
 
 「2階の奥だ」
 そう言ったリカルドと連れ立って歩き出す。
 「解るのか?」
 「聖域には波動があるから」
 「祭っているものの対象に拘らず?」
 「それもアルトゥロに訊くといい。大学出たし、博士号も持ってるぞ」
 「…へえ?」
 「オマエと話しが合いそうだ」
 
 二階まで木の手すりがついた広い階段を登っていけば。
 ぱたぱた、と奥からシャンクスが出てき、にっこりと笑いかけてきた。
 「古いイコンがある、」
 …イコン、ねえ。
 「ステンドグラスも壊れてない、」
 ふんわりと笑顔。
 「なあ、あそこ改修しよう?おれの部屋にする、」
 リカルドが小さく首を傾げた。
 「ベッドルームには向かないと思う」
 シャンクスが首を横に振っていた。
 「いいんだ、気に入った」
 「礼拝堂であったというには。そこにあった気持ちを尊重することを常に意識しないと、居心地悪いと思う」
 …おや。リカルド。オマエはクリスチャンだっけか。
 「どこのものであろうと。神と向き合う場所だったから。その容を残すなら、尊重しないといけない」
 すい、と首を傾けたシャンクスが、少し考えてから頷いた。
 「うん、眠るときは別の部屋に行くさ」
 「そうした方がいい」
 
 すい、と見上げる。
 天井。
 大きな真鍮のファン。
 「どっかで考えて。ソーラーパネルかなにかを取り付けよう」
 ガレージのどっかでもいいしな。隠れた場所にでも。
 いろいろと考慮することは多そうだ。
 馬鹿でかい屋敷。
 3人には広すぎるな。
 かといって"連れ込み禁止令"はリカルドによって発動されているし。
 ま。落ち着いたら考えよう。
 ブループリントと配管図を取り寄せて。リカルドの写真でも見ながら。
 ああ、そうだ。兄貴も呼ぶんだっけか。
 ゲストルームも設えとかなきゃな。万が一のために。
 
 とん、とシャンクスがくっ付いてきた。
 「たのしい、」
 にこ、と笑顔。
 「本音をいうと、このままがいい、」
 「生活は出来ないけどな」
 とん、と額に口付ける。
 「ん、残念だ、」
 ふい、と目を瞑って、笑いかけられる。
 「今のうちに堪能しておけ」
 さらりと髪についた埃を落としてやる。
 「楽しんでいるようでよかった」
 
 
 
 
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