リカルドという人間は。
一度信頼してしまえば、どこまでも信じてしまうようなヤツだ。
最初のハードルは高いが。それさえ越えてしまえば、あとはあっさりと。
それゆえに、一度愛されればずっと愛される人間だ。
本人が望む形では必ずしも無いが。

シャンクスはといえば。
ハードルが酷く遠くにある。
越えたつもりでも、ちっとも到達しておらず。なにしてンの、といった目線で見られてしまうことも暫し。
しかもハードルは1個ではなく、ンキロ先に思いがけずまたあったりする。
カンタンに打ち解けられるが、本意を捕まえるのはままならない。
時々自分からハードルを引き下げてくることもあるのが、気まぐれなところだ。

にこにこと幸せそうにカフェオレを飲むリカルドを。シャンクスはシェリー片手に見守っていた。
"ダイスキ"ってか。
柵越しに向けられてくる視線は、なぜか力の篭った目線ばかりで。
中途半端な時間帯に入ったカフェは、いつの間にか満員、ってヤツだ。
子犬と猫が好きな連中ばかりのようで、賑やかではある。
プランタの脇に座っていてよかった。ひとまず2アングルからは隠れることができる。

「で、キッチンだが」
話しを屋敷に戻した。
リカルドがひょい、と視線をこちらに向けてきた。
「オレ、あそこのシステムキッチンがイイ」
告げられた名前。ふむ、妥当か?
何個か他の名前を挙げてみたが、リカルドの好みはソコのものらしい。
ガスコンロが4つある、プロ用のシステムキッチンを個人用に卸してくれている会社のものだ。
パンフレットを取り寄せるべく、ラップトップを広げてメーリング・リストに載せる。

「あ、ジーン。ジーン、ジーンってば、」
グラスを空にしたシャンクスが、甘めの声でウェイタを呼んでいた。
昔の知り合いらしい。
リカルドは何枚か撮ったポラロイドの写真を見るために、サングラスを外していた。
真剣な目線を、数十枚のソレに落としている。
「もう1個テーブルいい?」
シャンクスは、返答を貰う前にテーブルをがたがたと移動させていた。そしてやってきたウェイタに、
「おれ、もう1杯ね」
とにっこり、である。
リカルドは、ひょい、と目線をウェイタに合わせ。
「カプチーノ、勧められたから」
と告げていた。
シャンクスの目がきらん、としていた。
企み猫め。嬉しそうだな。
初老のウェイタが、リカルドに軽くウィンクしていった。
……おおや、リカルド。ここでもウェイタをオとしたか?

リカルドが、するりとシャンクスに目線を遣っていた。
「鳩なら告白、クローバなら求愛、矢にハァトならー」
「……なら?」
「なんでしょう?」
企み猫が、わくわく感に溢れた眼差しで見返していた。
機嫌がいいようでなによりだ。
「ハトが告白?クローバが求愛?矢にハートなら……キューピッド??」
リカァルド。オマエなあ!!
堪らずに笑い出す。
く、と眉根を寄せて睨まれた。
「悪い、」
「興味ないから解らない」
「読書家のクセにか?」

シャンクスが、ポラロイド写真の束を、広がったスペースに置いていた。
リカルドが、シャンクスを見遣る。
「なに、シャンクス?」
「ん?」
「矢にハート」
「"アナタに夢中、"」
酷く甘い声のシャンクスに。リカルドはますます顰めっ面だ。
「ナンデ?オレ何かしたか?」
誰がオレに夢中なんだ??と。リカルドは訳がわからなさそうだ。

「客が増えただろ?ここ」
家のパース順に写真を並び替える。
にこお、と笑ったシャンクスが、気にしない、と言った。
不機嫌なガキ面を僅かに彷彿させる顔で、リカルドが最後のカフェオレを飲みきる。
リカルドに油性ペンを出させ。各部屋の名前を書き込んでいく。
ふい、と視線を巡らせたシャンクスが、誰だか知り合いを見つけたのか。
「アイサツ、」
そう言って、店内に引っ込んでいった。

「…なあ、ベン」
「ン?」
「なんでオレに"夢中"?」
「魅力的だからじゃないのか?」
「少なくとも、オレより魅力的なオトコはたくさんいるぞ」
「好みの問題だからな」
肩を竦めると、リカルドはどうにも釈然としないようだった。
黙って煙草を咥えている。

店内の雰囲気がぱあっと明るくなっていた。
"シャンクス"の効用か?相変わらず、"人望"が厚いらしい。
笑い声が聞こえてきて、苦笑。
「ベンー、」
「ン?」
「妬かないのか?」
「友達だろう?」
"友達"もいろいろあるがな。
「…オレの…知ってるヤツは、してただろうと思うぞ」
そもそもこんな場所には連れ出さない、ましてやオープンになんか出したりしない、と。"ウサギチャン"と"兄弟"のことなんだろうな、
片手で頬杖をついて言ってきた。
「人それぞれだろうが」
そう返せば、
「そりゃそうだ」
と。リカルドが肩を竦めた。

写真を見据えながら、内装に関する相談を進めていく。
挨拶を終えたらしいシャンクスが戻ってきて。すとん、と元のイスに納まった。
ふわふわと上機嫌だ。
「タダイマ」
「「オカエリ」」
にこお、と笑ったシャンクスに視線を投げる。
「うわ、」
喜ぶシャンクスに、リカルドが首を傾げる。
「まだ飲み物来ない」
通りの向こうで学校帰りのティーンエイジャどもが色めき立った。
さっさと帰りなさい。そう内心で呟く。




next
back