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 Vermillion (ヴァ―ミリオン)
 
 
 あ、これは『行く』な、と。立ち上がったコイビトの気配でわかった。
 「お出かけで、」
 声を掛けてみる。
 「夕飯作りに戻ってくるよ」
 トン、と唇にキスが落ちてきた。
 微妙に、ソレが。
 まるっきりコドモに言い換えてもおかしくない口調だったから笑えた。
 
 リカルドはさっき、「もってきてくれリスト」を渡しているみたいだったから。
 いまは目線だけを軽くあわせて、窓からの光の具合をまた確認でもしている風だった。
 「ん、じゃな」
 ひらひら、と。『鍵』、この部屋のだ、多分。クラシックな鍵を持って、さらりとエントランスへ向かっていた。
 手でも、少しあげてたかもな?ここからだと良く見えないけど。
 
 ぱたん、と。静かにエントランスの扉が閉ざされる音がした。
 「どうするー、」
 「フォトグラファ」に訊いてみた。
 「んー、」
 「お留守番」みたいだよ、おれたち。そんなことを言っていたら。
 ひょい、とカメラを構えて。いきなり、シャッター音がした。
 瞬き。
 いまの、撮られたンだな?
 「唐突、」
 「ん」
 笑いかける。ソファの背もたれに腕を長く伸ばしながら。
 に、と。自慢気にリカルドがわらってた。
 そして、一言。
 「遊ぼう、」と。
 さっきの問いかけへの返答を、いい具合に低めの声が言ってきた。
 「ん、」
 声の方へ目線を投げた。
 
 撮る側の意識が、すう、とジブンにあわされていくのを感じながら笑みを消していった。
 ゆっくりとフォーカスが合わせられて行く、あぁ、これは多分。
 またシャッターを切る音がした。
 カオを『造る』タイミングを計ってるんだな、とわかる。
 すいすい、とレンズを指差した。
 「ん?」
 「ワザとじゃないから、おれだってタイミングわからない」
 笑いかける。
 「んー、」
 「血のなかにもう流れてるかもね」
 「それならそれでいいよ、」
 にこお、とファインダ越しでも目元が柔らかいんだろうな、伝わる。
 でも、リカルドの視線はいい具合に距離を保っているな、と。
 被写体歴がやたらと長いおれでも、ちょっとばかり感心した。
 
 「シャンクス、好きな部屋は?移動しよう、」
 カメラを下ろして言われ。
 「おれの好きナ部屋でいいの、」
 座ったままで返事した。
 「ん、」
 「オマエは?希望ある、」
 見上げた。
 「ないよ」
 「ふゥん?」
 トン、と立ち上がり。2歩でフォトグラファの間近に立った。
 きら、とコドモじみて素直に楽しんでる目を覗き込む。
 陽に透けてちょっと色味が薄くなった茶色。その目が、ナニ?って訊いてきた。
 
 「いま。微妙に渇いたカオしてるかと思うんだけど」
 わかる?と目で追加。
 「んー…でもまだ平気だよね」
 に、と場馴れした返事にあわせられる笑み。
 ―――かーわいいよなぁ、やっぱり。
 
 「単純すぎてツマラナイからベッドルーム以外だな。エントランス?」
 「オーケィ」
 「寄木の床が面白いよね。あそこ」
 先に立ってエントランスの方へ。
 きっちりと鍵がかけられているのに、わらった。
 エントランスのドア。
 
 付いてきていたリカルドに振り向いた。
 黒のトーンを全体に着ていても、重くならないのは流石?いい具合にこなれてるよなぁ。
 「おもしろいね」
 ドアに凭れた。
 「フロア?」
 「オマエ」
 「どの辺りが?」
 「地面から、半歩浮いてる感じがするよ」
 会話の合間に、シャッター音が潜り込んできて、光源が遠いからフラッシュのオレンジもアクセントになった。
 音と音の合間、狙うだろうと予想してくる角度だとか目線、それにあわせて息をするよりカンタンに表情を、最低限に線を動かして変えていく。染み付いてるなぁ、と苦笑する。
 苦笑いも計算の内だしな、どうせ。
 「んー、」
 
 ちょっと唸るみたいにリカルドをレンズ越しに見つめる。
 「なぁ、」
 「ん?」
 「渇きって何色?」
 ぱしゃ、とまたシャッター。
 「イメージ?そうだね、」
 ひら、と手を泳がせる。少しばかり。
 また、切り取られた。
 寄木細工のエントランス、取られた空間の中央にあるテーブルに歩いて行く。
 テーブルトップに零れるほど、クラシックに盛られた生花。
 レンズが追いかけてくるのもわかる。
 「―――シロ、かな」
 
 「理由、ある?」
 八重咲きのバラだけを集めて盛り花にする、ここのフロリストの懐古趣味にすこし笑みを浮かべながら
 リカルドの質問と、アクセントをつけるシャッターの音を意識する。
 ばしゃ、と。
 首を僅かに傾けた。
 言うなれば、明らかすぎる「誘い顔」ってヤツだ、いまのは。
 「単純、」
 あからさまな表情にわらったリカルドに同意する。
 「判りやすくていいだろ…?」
 世の中はシンプルな方がいいときだってあるからね、と。
 渇きのイメージの答えを遠ざけていった。
 
 「好きな色は?」
 問われた。
 花を手にとって、床に何輪か落とした。
 その様子も収められていく。
 床に膝をついてみた。テーブルに腕を預ける。
 「昔は、シロかな」
 好きだった色。
 シャッター。
 レンズの向こう側に視線を渡す。
 「いまは、」
 無いヨ、と返した。
 「嫌いな色も?」
 「ん、無い」
 静かに穏やかな声にそのまま思ったとおりに返す。
 
 
 
 
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