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 言われた一枚を束から引き出した。
 「―――他は?これだけ…?」
 コイビトを見つめて問い掛けた。
 「そうだなあ」
 先を待つ。
 「最初の驚いている顔もイイな」
 一番初めの一枚。それも、引き出した。
 「ただのビックリしてるだけ、」
 レアって言えば、レアか。
 「素だろ」
 に、とコイビトがわらった。
 「素、ねェ。選ぶまでも無いだろうに」
 この程度の素ならいくらでも見せてるのにね、オマエには。
 
 「あとはこの、体温が上がった瞬間の顔だな」
 つい、とコイビトの指先が引き出した一枚は、エントランスで撮った一連の流れからのものだった。
 望まれていたカオを止めて、レンズの向こう側の眼差しを見つめ始めたなかの一枚。
 「色の話をし始めたときのだよ、それ」
 「なるほど」
 引き出したシャシンを並べてみる。
 「以上…?」
 眼差しを投げる。
 
 「コレは。できればオレだけで見詰めたかったかな」
 ―――そう言って、コイビトが取り上げたのは。
 もういない二人のひとを想ったときのモノ。
 「意外と狭量が狭いらしいな、」
 そう言って、すこし笑みを見せたコイビトをみつめた。
 「天国も地獄も分けるんじゃねぇの?」
 そう茶化してみた。少しだけ、連中の言う言葉を真似て。
 「分けるさ。だから気持ちだけ、な」
 
 いつも、すこしだけひやりとした指先が、目許を穏やかに撫でていく感覚に少しだけ目を細める。
 「愛してると言っているだろう?」
 すう、と。方眉を引き上げてコイビトが笑みを刻んだ。
 「愛、」
 言葉を繰り返した。
 「そう」
 とん、と。軽く唇にキス。
 ―――あ。
 わかった、おれが。
 「キス」の好きなワケ。
 
 「キス」で始まれば、―――「繋がら」ない。砕けたジブンだったモノと。
 逃げ道、良い具合な。
 言葉が、先に出てきた、意識するより先に。
 「"ごめんなさい、でも愛してるの、"って。レオナが言ってたんだ、あの真っ暗な部屋でおれのことを生かしながら。手当てしてくれてたんだ、また連中がおれで"遊べる"ように」
 ああ、おまえにとってはきっと支離滅裂だろうけど。
 額にそうっと唇で触れられた。
 「だから、ぜんぜんワカラナイ。愛?声しかしらない、手と。助けが―――部屋が明るくなる前に、おれの上に被さってきてレオナは死んじまったから」
 「全然解らないなんて嘘だろう。あンた、ちゃんと愛されてたことを感じ取ってる筈だ」
 掌、それが片手で目を閉ざしてきた。
 「ワカラナイよ、謝っていたのは、奴らの内の誰かを"アイシテル"からアナタを助けられない、って―――」
 
 「100%の愛情がたった一人に向けられるわけじゃないんだよ」
 僅かな体温を通して、閉ざされた視界に声が染みとおって。
 引き寄せられた。
 「感触、体温、匂い、音。判断する材料は、あるだろう?」
 言い含めるような、とても優しい口調に目を閉ざしたままでいた。
 「最後にあンたを、逃がしたんだろう?」
 「死んじまったよ」
 片手だけ、どうにか外された鉄の輪。呟かれたおれの名前。助けようとしたレオナ。手の中の鍵が光って、踏み込んできた警察に撃たれた。身体を濡らしていったカノジョの熱い血。
 近くから声がする。
 「生きて牢獄で罪を償うカノジョに会いたかったのか?」
 あの州には。死刑制度がある。
 「ワカラナイ、もうどうせ会えない」
 ―――想うだけ。
 
 「―――ずっと生きていれば。思い出さずにはいられないよ」
 内側、自分の記憶と照らし合わせてるのか、深いところから齎される言葉。
 「抑えても。名前を耳にするだけで、殺したくなる」
 静かな低い声で。この男の愛情がひどく深いことは知っている。いなくなった大事なものを想う深さも。
 「…気持ちなンてものは。勝手なモンだ。愛情もな」
 「―――なぁ…?」
 「ん?」
 「多分、おまえだけじゃ"足りない"んだ、」
 だけど、おまえがいないと嫌なんだ、とも。
 「知っている。そしてオレはあンただけを愛することができない」
 歪むことを知っているからな、と。
 低い声が静かに綴っていった。
 「あンたを愛してはいるが―――全部を渡すことはできない」
 
 「望まないよ、―――だけど」
 だけど、あぁ、もしかしたら……?
 「ん?」
 上体を少しだけ引き上げて、肩に額を預けるようにした。
 「"全部"、貰えちまったら。もう餓えなくていいかもしれない」
 パイプ・ドリーム?
 むしろ。これは―――
 ゆっくりと死にたがっていたころの幻覚に近いのかもしれないね。
 「そうかもな」
 
 「―――ベック…?」
 耳元、声を落とす。
 「けどな。一つで100%満たされなくてもいいんじゃないか?」
 さら、と。唇で髪に触れて。
 「世の中は広く乱雑だぞ、」
 極わずか、笑みを含ませた声が聞こえた。
 「そんなの、とっくに知ってる。真ん中にいたよ、」
 もう一度唇を軽く押し当てる。
 「―――今度はあンたが、選ぶ側に立ってるんだぞ」
 
 「―――で、さ…?」
 耳元から頬へ。そっと唇を滑らせた。
 「…ん?」
 「どれなら、"使えそう"だと思う、おまえの好みを外して」
 ちゅ、と軽く音をたてて。頬へまた口付けた。
 「コンセプトにもよるが」
 片手で残りの束を示す。
 
 片腕は身体に回したまま。
 ベンがいくつか選び出していくのを見ていた。
 ハナシを唐突に切り替えても、取りやめても、あるがままにそのまま受け入れて流してくれるのはこのコイビトくらいだ、と。
 また思った。不機嫌にならずに、へつらわずに、さらりと急な転換に笑みを乗せる。
 
 仕事の眼で選んでいったシャシンは。
 絵としての出来が「キレイ」で、被写体が「ヒト」に見えるモノばかりだった。
 自然と目を惹いて、気持ちがふわりと浮くようなモノ。瞬間を切り取った者と眼差しが同調するような。
 「なぁ、そのシャシン、」
 コイビトに言った、いい具合の表現が見つかった気がしたから。
 「ん?」
 「セックスの匂いがしないキス、みたいだよな。かなり深いトコまでいってるけど」
 どうだ?
 
 
 
 
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