散らばっていた資料を総て片づけた。
リカルドのリクエスト。
『重ね着しているのがいい』
理由を訊けば、殻を剥ぐように奥深くへと移行していくその手順が欲しいらしかった。

シノワズリの部屋ならば。適当にアジアン・テイストのものをでっち上げでもすれば楽だったのだが。
まあ、思わぬところで助太刀。たった1度の映画撮影であっても、相当ウマが合ったのか。
いや、確か5度ほど、美術アトバイザとしてシャンクスが出ていた映画のスタッフに加わっていたっけ。
たった一度の仕事がアレだ、この間リカルドが見ていたDVD作品。出来は言わずもがな。

そういえば、前にインタビュをした刺青師が、請われて美術スタッフとして参加していたと言っていた。別の映画だったように思うが。
一番印象深い仕事に関する記憶、“アントワン・ブロゥはエキセントリックでパフェクショニスト。”
役者を呑み込むタイプの生来の芸術肌。
人の美醜には疎いクセに、それ以外の美醜に関しては徹底して煩いらしい。
『“人の顔貌は趣味に合うか合わないか、だ。映画の中で言えば、味を出せればどんなカオをしていようと問題ないだろう。
メイクとライティングと衣装でヒトの顔なんざどうにでも印象付けられるが。肝心の衣装やらセットやらはそういうわけには
いかないだろう、”って言ってたのよ』
オカゲでアタシまで勉強させられたワ、と酷く嬉しそうに刺青師が言っていた。
『脇役の刺青の出来栄えまでかっちりチェックするのよ、信じられる?衣装の下に隠れるからと言っても、毎日描かされるの。
で、前日と同じに見えるか、がっちりチェック。“プロ”の仕事振りってもののレベルを痛感させられたわ。おかげで今のワタシが
いるんだけど』
すっかり忘れていた、アントワン・ブロゥに関するコメント。

そんな気難しげな御仁とシャンクスが合うとは…な。
当人には言わずに度々会っているロビンによると。シャンクスは仕事を辞めてから、映画関係者とはほとんど縁を断っているらしい。
先ほどの電話の口ぶりからすれば、アントワン・ブロゥとも連絡を断っていたのだろう。
果たして、そうカンタンにご大層な衣装を貸してくれるのだろうか。

片づけ終わって見渡せば。シャンクスは部屋に携帯電話を探しに行ったらしい。
リカルドが、どこかそわそわと落ち着かない様子なのが気になる。
「ベーン!!どこにあるんだ?!」
シャンクスの声が届く。
「待ってろ、すぐ行く」
シャンクスに声をかける。どうせ説明してもわからないだろうし。
「いい!来なくて!!」
「そうか?ベッドルームのドレッシングテーブルの上辺りにあるだろう。あンたが服の山を崩してなけりゃ、見えやすいところに」
うーーーー、と呻き声が聞こえてきた。
どうやら崩し済み、ってことらしい。
頑張って探しなさい。

「まいったな」
リカルドが呟いた。
「なにが?」
訊き返す。
「アントワン・ブロゥ、まさか知り合いだったなんてな」
「業界ってのは、狭いようで広く、広いようで狭いってことらしい」
「……うううん。オレよりオマエの方がインディアンに向いているかもな」
「阿呆抜かせ」
煙草の煙を吐き出しながら笑う。

「作品集を見た。拘り派の芸術家、ってカンジがした」
アントワン・ブロゥの作品集、か。
「細かく拘るエキセントリックなパフェクショニストだというハナシは聴いたことがある」
刺青師のオンナから。
「映画で見ると、時代考証には忠実に、けれどより色鮮やかに、ってカンジだった」
リカルドが目を細めて言っていた。
「ふぅん、」
「色彩の使い方が、すごくバランスがいい。その上で、ドリーミィでファンタスティックな味わいを出させてる。舞台はもっと鮮やか
だった。アレは真似できない」
どこで切り取っても絵になるセットを組むんだ、と。
リカルドが感嘆して言った。
「細かいところも妥協しないらしい」
オマエといい勝負だな、リカルド。

「アントワン・ブロゥは、けれど衣装製作までは手がけてないと思うんだけどな。そうしたら、シャンクスの衣装は誰が作ったんだ?」
「さあ。借りる時にでも訊けばいい」
「…そうだな。貸してくれると思うか?」
リカルドが、小さく首を傾げた。
がつ、と肩を一突き。
「レジュメ持って行って勝負かけろよ。“シャンクス”の七光りで借りたくなければな」
「ん、だな」
トン、と灰を落としながらリカルドが笑った。

不意に、電子音。
「トワントワン!まて、まてまてまてまて…っ、」
慌てて音のなる方を探すシャンクスの声が聞こえてきた。
笑う。
アントワン・ブロゥ。
どんな人物なのかね?




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