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 「フレッシュジュースで乾杯って?」
 アントワンのセレクションにわらった。
 リカァルドもそれなら参加できるしね。
 「長旅の後だろう?気分がさっぱりするぞ!酒ばっかり飲むような大人になってはいかん!」
 ごち、と。拳固がまたアタマに落ちてきた。
 「いった、わ、零れ…ッ」
 「るわけがないだろう!手加減してるぞ!」
 ハハハ。相変わらず、威張ってるタイミングが最高。
 もう56歳だって、誰も信じないよなぁ、これじゃあ。
 「はいはい」
 
 「さあ写真を見せてくれるか?」
 小振りなグラスを持ち直して、リカルドにすこし笑いかけた。話かけられるのも突然だけど、気にすることないって、って表情で。
 すい、とリカルドが写真の束を渡していって。ウン、気にしてない、流石。ベンは、いつものスタンスで静観しているみたいだった。
 「モデルが良すぎるのはしょうがないから無視していいよ」
 「おー!グランドキャニオン!オマエはアリゾナ出身かね、」
 あ、聞いてないし。アントワンめ。そっか、来る前のね、なるほど。
 
 リカルドが頷いていた。真剣な表情、だ。
 「おお。かわいいな、このカクタスは!いい配置だ。日差しが濃いなやはり!」
 美術監督の目線は、写真にいったきり、ものすごく楽しそうだった。
 顎鬚とマスターシュの間の唇が、吊り上がりっぱなし。
 「ドライヴインの看板もかわいいぞ!この切れ掛かっている蛍光灯が最高だ!」
 「造形物をかわいいって言うのって、大人としてどうなンですか、カントク」
 「素直な感想じゃないか、ヘンなことを訊くなシャンクスは。オトナだからどうした!心はいつも少年だ!」
 うきうきしてるアントワンは確かにねえ、ウン。
 だから、威張るし。
 ふわ、とわらったリカルドから、アントワンに目線を移した。
 
 「うん、いい写真だ、好ましい!!」
 「だろう!」
 ゆっくりと捲りながら終始笑みを浮かべているアントワンに、おれも―――威張っちまったけど。
 「オマエが威張ってどうする!―――おお!青空!味があるなあ!」
 「惚れた相手を自慢せずに誰をするのさ」
 「それもそうか―――おお!おばあさん!これは他人だね?」
 アントワンからの感嘆符だらけ、な賛辞はとても珍しい。いいじゃないか、なあ?威張るに値する。
 アントワンの問いかけにまた静かにリカルドが頷いていた。
 「ふむふむ!なるほどなるほ―――おや、オマエだねシャンクス」
 
 「かわいいっていわないと拗ねるよ」
 ひょい、とアイスブルゥがちらりと一瞬向けられた。
 「どうして拗ねる?趣味の問題だろう?」
 「なるほど、おれはかわいくない、と」
 まぁなあ、撮影現場でも散々言われてたしな。
 「それよりオマエ、偏食の上に未だ小食だな!もう少しちゃんと食べなさい!リカルドくんが心配してる」
 す、と手の中の写真に目をやった。
 「なんで、わかんの?」
 リカルドも、同じことを思ったのか、目が真ん丸くなってた。そりゃ、驚くよな。
 「見れば解るものだろう?」
 けろ、と言って寄越したけれど。
 
 ベンは、アントワンの口振りに静かに笑みを浮かべていた。
 見ていたのは、おれの眠っているシャシンで。カオのアップ、って代物だった。
 「この腕はベンくんのだな?」
 さら、とまた次が現れて。
 リネンが背中まで肌蹴られて、ベンの腕にくっついて眠ってるシャシンだった。
 問いかけに、コイビトが一つ頷いてた。
 「他の腕って可能性は考えなかったんだ」
 言えば。ひょい、とアントワンが振り向いて。
 「いいかい、シャンクス。“コイビト”以外の前でこういうシチュエーションでこういう顔はフツウできないものだよ」
 そういうもの?
 真面目に説かれたけど。
 「眠ってるカオはみたことが無いから」
 視界の端で、静かにベンが微笑んでた、みたいだ。
 
 「フツウはあまり見ないな。自分のは特に。けれどどんなに頑張っても演技でこの顔はできない」
 「―――ふぅん、」
 アントワンに目をあわせた。
 「アナタの目がイイから見抜けてるだけだよ、きっと…?」
 「プロだからな!」
 「トワントワンだしな!」
 口調を真似た。さもアタリマエ、ってヤツ。
 「クスクスも目を養いなさい」
 「口は肥えてるもん」
 ゴチ、とまた落ちてきた。
 「昔からマセガキで美食家ではあったな!粗食も食わないと痛風になるぞ!」
 リカルドがまた次のシャシンの束を出してきたから、これには応酬しなかった。
 
 「アントワン、次のがきのう?撮ったのだとおもうよ」
 「ふむ…ああ、打ち解けているね」
 すい、と。
 アントワンがリカルドに向かって、ベンとリカルドは友だちなんだろう、と言った後。
 ヴァ―ミリオンで撮った最初の一枚、驚いた顔のシャシンをみて感想を告げて。
 またリカルドの目が丸くなってた、…わ、かーわいいいって。
 ベンは、微かに笑みを乗せてて機嫌が良さそうだ。
 
 アントワンの目は飛びぬけてイイ。
 「ふむ…ああ、なるほど。ここで真面目に撮ろうと思ったら、確かに衣装の一つも着せたくはなるな」
 写真を見ながら半分独り言のように言っていた。
 「モデルもいいからね」
 とん、と腕に寄りかかる。邪魔にならない程度の頃合で。
 「いい“練習台”だ、確かに。難題だからなあオマエは」
 とすとす、と頭を撫でられて。目が勝手に細まる。気持ちいいし。
 「難題、―――まぁね?でもリカァルドはポルノ撮ってないだろ」
 フィルムで言うならさ、と付け足す。
 「いい“腕”だ。素材に呑まれてない―――どれを見ても」
 「誘いに乗ってもくれない、」
 うむ、と頷いてたアントワンに訴えた。目許がわらっちまうけど。
 
 「シャンクス、オマエ相手にも好みってものがあることをそろそろ学習しなさい」
 笑いながら額を突かれ。
 けどさ、アナタとリカァルドくらいなんだよ?と本当のことをばらしてみる。
 「アレがいただろう、アンドリュー」
 「んー?でもアンドリューとはシャシンで擬似セックスしたからイイ」
 「擬似せ…アレは奥さん一筋のストレートだと思ったがなあ?」
 「ストレートだよ?でも体液混ぜるだけがセックスじゃないでしょ、アントワン?マスタァ?」
 「アレが撮るのは“美人画”だけだと思ったぞ?」
 「おれ、例外。でもビジンだぞ」
 にぃ、と微笑んだ。
 「ほほーう?」
 アントワンの眉根がぎゅ、と寄ったあたりを、指先でさらっと触れた。
 
 「まだアンドリューが大御所のアシスタントしてたころ、遊んでもらってたんだ。若気の至り、でもいいの撮れたよ」
 「クソガキ相手にセックスなあ…オレにはわからん。ハナタレだったのになあ、オマエ」
 「――――わからなくて結構、」
 にこ、と笑みを乗せた。
 コイビトは、しずかに肩をそれでも揺らせて笑ってた。
 「そのあたりの評価はコイビトに聞いてくれ」
 「ばっかもの!!」
 「だ!!」
 アタマ、また特大の拳が落ちてきた。
 「そういう“プライヴェート”は隠しなさい!!」
 「いまのは痛かったよ、アントワン……!」
 コイビトは、腹抱えてわらってるし。
 
 「痛くしているんだ、オロカモノめ!!」
 「ベンはわらってるじゃないか!」
 指差した、コイビトの座っている一人掛けのソファを。
 「ハナシを摩り替えるな!!笑ったからといってそれがどうした!」
 「気分害してないってこ―――いたたたたたっ」
 アタマの天辺を拳でぐりぐり押し込むのは止めて欲しい、って、痛いってば。
 「そういう問題じゃない!!なんでもかんでもオープンにすればいいってものではないだろう!」
 「―――い、……たっぁ、」
 涙出るって。
 「だいたい今の映画産業はなんでもかんでも見せすぎなんだ!あれじゃ観客が馬鹿になるだろう!」
 アントワン、それ、話が―――
 「だから見る目が育たないんだっ!」
 「―――つぅ、」
 誰か、助けろって。
 
 ぱ、と解放されて。
 脱力した。指さきで眦あたりに乗っかった涙を拭って。薄情モノのコイビトを軽く睨んだ。
 お怒りだったアントワンは、ひょい、と次の写真に目を戻して。
 ベンはまだ静かに笑いっぱなし。―――後で覚えとけよ…?
 「うーん、こんなクソガキの誘いなんか蹴って蹴って蹴りまくれよリカルド」
 リカルドはまん丸な目でかわいさ続行だったけど。
 投げかけられたアントワンの言葉に苦笑していた。
 
 「もう22だってば、アントワン」
 「だからどうした!オレにはクソガキなんだオマエは」
 アタマを保護しかけたなら。今度はハナ、ぎ、と摘まれて。
 「っ!!」
 機嫌良くアントワンがわらっていた、にこお、と。すぐに放してくれたけど、こういう手癖の悪さまで健在なんだ。
 「けどまあ。少しはいい顔するようになったようだな」
 「―――そう…?」
 最後のフィルム、書斎で撮ったモノ。ベンとキスをした後の何枚かを見終わっての感想。
 「“コイビト”効果かね、よかったな」
 さんざん、拳固を落とした頭を何度か撫でられて。額に口付けられた。
 「シャシンカの眼がいいってことも大だと思うよ?」
 すい、と。柔らかなキスに一瞬眼を閉じた。
 それからアイスブルゥをみつめる。
 「そうだな。演出の方法を突き詰めれば、もっとアーティスティックになるだろう」
 「それから、」
 アントワンの首に腕を回した。
 「おれも、少しは生きてるのかもしれないし」
 
 
 
 
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