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 甘く蕩けた笑顔で素直に笑うシャンクスの頬を指先で撫でた。
 “愛しいヒト”という定義は本当だ。
 オレの“最愛”。
 去れば追わないのはシャンクス相手でも変わらないが、来れば何度でも受け入れたくなるのは、このヒトが特別だからだと
 知っている。
 
 シュレッダーにかけた手紙を思い出す。
 『まだアナタを愛しているのよ。どうすればアナタを取り戻せるのか教えて頂戴。アナタの意に添うようなオンナになってみせるから』
 オレの意に添うような人間になってもらっては困る。A.Iを愛したいわけではないのだから。
 “自分が望むような”人間で在ろうとするヒトに惹かれやすいタイプだということは自覚している。
 己に自信が無くても、自立しようと足掻いている人間も好きだ。
 そういった人間ばかり追いかけて、いつの間にか今の職業で身を立てた。
 
 だからシャンクスは特別なのだろう。
 自分に自信があるようで、根底から揺らいでいる。
 自分という容を表現することに長けているクセに、素の自分を表現することができない。
 通常ならば、煙に巻いて放置しておいたのだろう、出会って直ぐに。
 オレに興味があり、どこか挑むようだった視線。あの色とりどりの閃光が満たす部屋の中で。
 『コンバンワ、アンタ賭けられてるよ、おれと外行く?』
 そんな誘い文句を言ったシャンクスが、に、と口端を吊り上げていた。
 応え、『興味ない』。
 その反応は想定していなかったのか。シャンクスの目が挑むように細まっていった。
 置いていこうとすれば、付いてきた。
 2軒目、3軒目、と。行く先々で、シャンクスは取り巻きに囲まれていた。
 その翠の視線は、絶えず背中に張り付いたままだったけれど。
 す、とそれが途切れた瞬間に店を出た。それが初日。
 
 二日目も似たり寄ったりだった。
 仕事途中で翠が張り付き。
 『なぁ、ベン・バラード。おれと行こう?』
 インタビュ相手もシャンクスの知り合いであることが多く。
 『興味ない』と繰り返せど、何度も見つけられた。断っては置き去りにし、次の仕事先に先回りされ。
 “自分”というものを見失っている割には、“意地”はどこまでもあるのか。
 3日目、置き去りにすることを諦めて、部屋に連れ帰った。
 しきりに誘うのを無視して、仕事を続けていれば、夜中に出て行った。
 
 諦めたか、と苦笑すれば。
 4日目のパーティで再度出会い、アルコールも抜けきった状態で、挨拶をされた。
 『ごきげんよう、コンバンワ』
 にこり、と挑む翠。
 挑まれる理由が気に入らなかったが、少なくとも“本気”を僅かなりとも引き出せたことに満足していたのだろう、そのまま連れ帰り、
 ベッドで朝まで過ごし、相性がいいことを知った。
 
 何度も体を重ねるうちに、見えなかったものが見えいていき。 “恋をする”のでもなく、“愛している”ことに気付いた。
 演技をしている振りはいつの間にか解け。抱き合う時には見詰め合うようになり。
 深淵がくっきりと見えるようになってからは、ただ単に側に居てやりたいと思うようになった。
 呑まれずにいればいるほど、シャンクスは戸惑い、挑み、自分を“探す”ようになり。きっと流されるだけの時間を送っていたのを、
 立ち止まるようになっていた。
 
 今、シャンクスの口から。 “いつも手遅れだった”という言葉が出てきたということは。相当“自分”というものの容が見えてきたと
 いうことだろう。
 虚ろで在ろうとした期間に失ってしまった大切なヒト。
 その後からも変わらず大切だと思い合えたヒト。
 その後に知り合い、向き合おうとしている大切になり始めたヒト。
 出会った当初より、何倍もあンたを愛しているから。
 “おまえがおれのでウレシイ”と告げられたのは素直に嬉しい。
 「たとえ一部でも、」
 そうっと付け足されて、笑って口付けた。
 
 100%は例え神が相手だとしても成り立たない。
 それにオレはあンたの枷になりたいわけではないのだし。
 「いつかあンたに、“オレがオマエので嬉しい”と言わせられるかな」
 意地でもなく、演技でもなく、リップサーヴィスでもなく、本心から。
 す、と翠目が合わされ、微笑む。
 「“全部”でなくて構わない、あンたの還る場所で在れるのならば」
 ふわ、と甘い笑みを幸せそうに浮かべたシャンクスの唇を啄ばむ。
 オレの最愛、定義に間違いはない。
 だからいつでもあンたを受け入れる場所を空けて置こう。
 “愛している”とはそういう意味だ。
 ―――オレにとっては。
 
 
 
 
 口元、笑みが浮かんだのがわかった、自分でも。
 ―――そうだと、いいかもな。と、どこかで思った。コイビトの言葉に。
 それでオマエが、幸福ならもっといいけどネ。
 
 笑みを浮かべたままで、少し身体を引き上げた。
 瞳を覗き込む。
 銀色がかった灰、不思議な色味だ。ヒトよりは、多分―――野生の生き物の眼窩にでも嵌まっていた方が合いそうにも思えるのに。
 柔らかな目線で見下ろしてくるソレを捕らえながら思った。
 
 片足をすっかり捕られていたマイナスの感情の澱からは、知らない間に自由になってた。
 オマエは言葉を自由に引き出せてしまうのは仕方ないとしても、それがおれにとって好ましいってのは、―――貴重。
 けど、言葉より先に。この眼で伝えてくるのモノの深さをイトオシイと思うよ。
 
 「…オマエの眼、すきだな」
 唇に軽く口付ける。
 「眼だけか?」
 少し啄ばむようにして、笑みをまた見上げる。
 「全部言わせる気か?」
 もう一度、軽く触れ合わせる。
 「リストが長いと嬉しいんだが…な」
 同じように、笑ってさらりと追いかけられ。
 指先で輪郭を辿った。端正な線を楽しみながら、言葉にした。
 「“あなたの瞳は僕に魔法をかける、そして僕はその中にいつまでもまどろみ、蕩揺っていたいと願うのです、”」
 何かの台詞。
 「―――なんて、言われたくないダロ…?」
 
 ちゅ、と。返事の代わりにやんわりとキスが落ちてきた。
 そしてそれが、遊ぶように深いものへと変わっていき、黒髪に指を潜り込ませた。
 ゆらり、と波立つ。欲情の欠片とそれよりも深い何かが。
 煽るわけでもない、それよりも。
 アイジョウを伝える術。
 コイビトが饒舌なのは、言葉だけじゃない。
 深く唇を重ねても、どこか軽さを残して。けれど、その『軽さ』は伝えてくるものを軽減するよりは逆に。
 際立たせる、このオトコの持つ思いの深さのようなモノ。
 
 嚥下する音が、妙にくっきりとジブンの中で聞こえた。
 あまく食んでから唇を浮かせようとすれば、すう、と解かれ。
 ふんわりと笑ったコイビトが起き上がった。
 その離れていった肩に向かって片腕を伸ばす。
 「……まだ、寝る」
 「オーライ」
 許可が出た。
 肩を掴まえて、引き寄せる。
 肩口に一つキスを落とした。
 銀灰、それをみつめながら、一層身体を引き落とさせる。おれの上。
 横、じゃダメだ。今日はなんとなく。
 
 コイビトはそのまま体重をゆっくりと重ねてき、ふ、と身体が弛緩していった。
 ―――うん、コレ。
 ちいさく息を吐いた。そして眼を閉じる。
 もう、眠れそうにないことにすぐ気付いたけれども、この重みはキモチイイ。
 離す手は無いと思う。
 ―――やばいな、うれしくって足先でもばたつかせたくなる。…しねェけど。
 
 代わりに、背骨にそった流麗なラインをゆっくりと手で辿った。
 オマエがおれので、ほんとうにうれしい。
 もう眠る気は無いことが、どうせお見通しなんだろう。さらさらと、片手で髪を梳かれた。
 起き出すまで、ずっと。
 
 
 
 
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