シャンクスにペーパバックを手渡して戻り。部屋で手近にあった白いシャツを着込んだ。
長袖を捲くる。
愛用の時計を腕に嵌めてから、ダイニングに戻って残りの片づけを終わらせた。
しばらく経って鍵の開く音。ベルボーイと一緒にリカルドが戻ってきた。
「オハヨウ」
「よう」
先ほどのベルボーイとは違う青年だ。
「クァスラ様、こちらへ置いてよろしいのでしょうか」
「ああ、ありがとう」
見ると、透明プラスティックのショックアブゾーバに包まれたライトスタンドがあった。やはり光源が足りないのか。
あとは、新品同様に磨かれた、アンティーク風のファン。
こちらは包まれていないところを見ると、ホテルのものらしい。

バスの方から、キゲンがいいシャンクスが、リカァルド?と呼びかけていた。
リカルドはベルボーイにチップを払い、小さく口端を引き上げて例を述べてから、ドアまで見送っていた。
青年が僅かに嬉しそうな眼をしていたのは、チップの多さには関係していないと断言しよう。
「おはよう、シャンクス」
バスルームの前で、リカルドが返事をし。それからダイニングに戻ってきた。

「ライトだけか、買ってきたのは?」
ラッピングを外しながら聞けば、首を横に振っていた。
「高感度のレンズを買い足してみた。フラッシュの予備バッテリをあと二つばかり」
「会計士を雇うかな」
レシートを出させてから笑った。
「足りているのか?これが終わったら飛び回るんだろう?」
「んー。足りなかったらどうにかする」
「レンズも含めて経費で落とすぞ?」
「カメラの部品はオレのものだから」
「じゃあランプ代は」
「よろしく」
「了解」
ごろごろと出てくる未使用のフィルム、しっかりと冷蔵パックに入っていた。

「試し撮りするんだろう?」
訊けば頷かれたから、行って来い、と手を振った。
先にインテリアの写真か、衣装のでも取って試すのだろう。
リカルドは暫く、忙しそうだ。シャンクスも風呂から出てくる気配がない。
ラッピングをバッグに寄せておいてから、ラップトップを取り出した。
撮影会に入ったら、買出しに行こうと予定を立てる。
先ほどシャンクスに貰ったスープのレシピを見て、頭の中でつくるメニュウを考え、材料を割り出す。
食べるかどうかは疑問だが、残れば明日にも食えるようなものがいい。
ショッピング・リストを、付属のプリンタでプリントアウトした。
それからメーラーを開け、いくつか仕事関係のメールを送った。

リカルドの試し撮り、フィルム1本分が終り。
持ってきていた現像機にかけている間に、シャンクスにもう1杯氷水を持っていく。
「そろそろ出ないとふやけないか、あンた?」
ページからふい、と顔を上げ、にこおと笑ったシャンクスの頭にキスを落とす。
「まだ平気だよ、」
さら、と渇いて火照った掌が頬に触れていった。
笑いかけてからバスルームを後にする。
リカルドが、現像されるのを待ちながら、煙草を吹かしていた。
辛い匂いが不意に脳を刺激し、自分のパックを取りにベッドルームへ行く。
窓が開け放たれ、スタンドが設置され。レトロなファンがゆっくりと回っていた。

リカルドの写真の持ち味は、被写体が“そのまま”であること、だ。
作り込むことを嫌っているのか、機会がなかったのか。
ライトなどを使って撮ることはまずなかった印象を受けた。
けれどこのセッティング。
シャンクス、という“練習台”を使って、“作り込む”つもりなのか?
目指す山は、アンドリュー・マッキンリィに、巨匠アントワン・ブロゥ、だ。
底力を試すつもりなのかもしれない。

ダイニングに戻れば、リカルドが見ていたもの。
それは、写真集ではなく画集。レンブラントを始めとするバロック美術のモノ。
「アーティスティックな絵を撮るのか?」
訊けば、リカルドが咥え煙草のまま見上げてきた。
「やったことないからな、チャレンジしようかと。セッティングがパーフェクトだし」
「ヴァン・アイクあたりの構図を模倣するのか?」
「しないよ。ただ配置のバランスは参考になる」
「世界はバランスの上に成り立っている、だっけか?」
L.B. Seguriaのレポートの末尾にあった言葉を思い出した。
リカルドが、くぅ、と笑った。
「アルトゥロとオマエ、話しが合いそうだ」
「会ってみたいさ」
「一度儀式に立ち合わせてもらうといい。オマエなら“解る”」
「兄貴と連絡は取り合っておけよ」
煙草に火を点けながら言えば、リカルドが小さく笑った。
「そうだな。そろそろやらないと、カミナリが落ちる気がする」




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