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 「ついでだから、色を合わせる」
 「いいよ、」
 片手にどうやら中身がカラのメイクボックスと、まだパッケージに入ったままのケショウヒン。
 それも大量だな、そのバッグの大きさから思うに。
 「ハイ、」
 つい、とカオを差し出す。
 「肌触りの良さは保証付き」
 
 ベンがラッピングフィルムを剥がし始め、リカルドの指先がするりと頬を撫でていった。
 「―――掌じゃないと微妙にワカンナイよ」
 ひやり、と。水で冷やしてきたのかな、力強いけどやさしい感触。
 「使うのは指先と道具だよ?」
 そう笑っても、我侭を受け入れてくれたのか、する、と掌が撫でていった。
 すう、と溶け入る感覚。
 「―――気分イイ、合格」
 「ん、」
 「転職したくなったらいつでも言ってナ?多分オマエ引く手あまた」
 く、と唇で笑う。
 「腕が良くて、気分よくておまけにストレートなんてな!すっげ貴重」
 
 「これでメシ食わせてもらってた、しばらく」
 「ふぅん?じゃあ、もう全部任せっきりにしよう、」
 好きに料理してイイヨ、と。
 アントワンだとか、アンドリューだとか。他にも真面目に仕事したニンゲンなら引っくり返って笑うだろうなァ。
 おれがそう付け足したのを知ったなら。
 「昼食う時には一度落とすだろ?遊んでイイ?」
 「オマエと遊ぶのはタノシイから嫌なはずが無い、リカァルド」
 満開の笑みにこっちまで嬉しくなる。
 「厳しい目のジャッジもいることだし」
 「鏡見て文句言うなよ、」
 「ブッ細工にしたら文句言うけどなー」
 
 遊ぶ、といった割には。
 下地からちゃんとするわけだ。真面目なのか律儀なのか。
 ベースメイク、きちんと工程通り。
 それからファンデーションを幾つか手の甲でブレンドし始めてた。目が真剣。
 「厚塗り嫌い」
 すい、と眼を閉じて軽口。
 「好きになったら引退時だと教わったよ」
 「はは!」
 
 指先がする、と肌を滑っていく。
 慣れた工程とタイミング。
 あぁ、ガンガン音が鳴ってないのは違うか。
 ここは、とても静かだし。
 スポンジがくうっと滑っていく。
 んー、これも微妙にいい具合に気持ちいいじゃんね。
 静かな声がアクセントになってた。
 
 「オマエならどの色のコンビネーションを選ぶ?」
 ベンはアドヴァイザかよ?笑う。
 そのチョイスにだろう、リカァルドが低く笑ってた。―――バラードさん、何を選んだんだよ。
 ブラシと指先。迷いが無いな、動きに。
 ちらり、とリカルドを見上げる。真剣に、遊んでるカオ。かーわいいなぁ。
 ああ、ハイハイ。ライン引くのか、じゃあ笑わないヨ。
 真面目な顔に戻せば、視界の端に妙に楽しそうに見学中のアドヴァイザが入った。
 す、と。眼差しを戻せば、的確に指示をぽんぽん出してくるリカァルドは確かに。
 半分どころか完全にプロだね、このタイミングと邪魔にならない言い方。
 上見て、下見て。アイライン引く、上見て、ビューラ当てるよ、マスカラも乗せる、って具合。
 途中で、ソレ嫌だ、と言わせないタイミングなんだな、コレが。
 フォトグラファ、それは特技だよオマエ。
 
 「出来た?」
 訊く。
 「チーク乗せたら」
 「ハイ」
 すい、と一刷け。ブラシも良いの選んでるね。
 す、と見上げれば。リカァルドはまた手を洗いに行って。ああ、メイクじゃなくてヘア・メイクかオマエ。
 髪、バックで固められた。
 無香料なムースってチョイスがまたリカルドらしい。
 「出来上がり?」
 ひら、と手を上げる。
 「ん、」
 「おー」
 楽しみ?
 タノシミだってな。
 
 「自己採点では?」
 「B+くらい」
 「うーわ、ソレ!」
 笑う。
 「“おれ”使ってB+?!」
 どこから持ってきたのか、ベンが。
 ひょい、とテーブルに大きな正方形のミラーを立てた。―――これも買ってきたって?
 「趣味だからね」
 そう言ってリカルドが笑った。
 趣味でしたから、な評価なわけだ。この謙虚さがすげえイイ。アントワンも惚れこむって。
 無理も無い。第一、おれがかなり―――
 鏡、ひょい、と覗いて。
 「――――わ、」
 
 コレは、流石に。
 ううううううん、ここまでされたのはハジメテだぞ?
 趣味、ねぇ?
 テーマはどうやら。
 モダン・シノワ?ヌーベル・シノワ、そのあたり。モダン・チャイニーズ・スタイル、ってヤツ。
 「楽しかった」
 リカァルドの感想。
 「素材に負けてねェのな」
 に、と。
 鏡の中のカオ。艶とキレを持ち合わせてるソレが塗られた唇を引き上げてた。
 
 
 
 
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