愛情、というものに見える形があるのなら。
それはいまこの場所を埋め尽くしているにちがいない、と。あまい吐息と齎された言葉と、どこか深い場所から自然と
起こったような笑みと。
間近で見つめて、思っていた。そしておそらく。
紛れも無い真実が、目の前に在る。ずっと探していたのかもしれないもの。
手を伸ばし、引き寄せ。笑みと快楽を取り混ぜて通り過ぎてきた幾つものものに、探していた影。
すう、と悦楽を淡く纏い、それでもあまい声で囁くもの。
「アイシテル、」
熱を帯び、掌の下で潤っていくかと思う、頬に。額に。口付けをそっと落とす。

喉奥で、軋みかける声を自覚する。
セトに浮かぶ微笑みを確かめ、同じように言葉に乗せる。
背中にまわされる腕の促すままに、身体を重ね。
く、と笑みに細められた眦に唇を押し当てた。
「また、さきに言われたよ」 
目を覗き込む。
「ふは、」
「せっかちな王子サマだね、まったく」
甘い声が、笑う。
それだけでひどく幸福だ。

「王子だからね、オレも欲しいものには自分から手を伸ばすのさ、」
「ふうん?」
すんなりと伸びた腕を掴まえ。
あまい声にまた笑みを佩く。
「けど、オマエも言え。聞き飽きないから、」
両の手首を纏めて。頭の上、リネンにそうっと押し当て。
「愛してるよ、」
言葉と一緒に、掌に口付ける。

「もっと、」
くぅ、っと笑みが刻まれる。
そしてそれを囁きが彩る。
反らされた腕の線が淡く浮かぶ。落とした灯かりの中で。
肩に近い腕の内側に唇を寄せる。
「アイシテルよ、セト」
つる、と舌先で擽り。
やんわりと唇で食む。

「ふぁ、」
言葉に出来ずに、うれしいと言っているような甘い声。
もっと溶かせるから、もっと甘くなれよ?
「セト、」
声に落とす。
「なァん?」
「愛の上は何だろう、」
「さぁー?」

肘まで浮かぶ滑らかな線を辿る。
「おれね、知ってるよ」
また、柔らかく歯を立てる。
「なに、教え、ろ、」
「"セト"、」
口付けた。



呆れる位に、甘い感情が湧きあがった。
愛の上がオレ、だってサ。
まぁいったねえ、そんなこと言われたのは、さすがにハジメテだよ。
「コォザ、」
甘ったるい声に、笑いが混じる。
「オマエ、シェイクスピアとハーレクインに勝てるぞ、」
喉の奥で笑う。

目の下に口付けられて、目を細めた。
「そ?」
自慢気に囁くオトコが愛しい。
「すげェ、文句、」
笑って、頬に口付ける。
「かわいいよ、コーザ」
オトコが目を細めて、また笑った。
「うううん、そいつは……」
ン?不満か?

「褒め言葉?」
そう言って、ぺろっと唇を舐められた。
つるつるしたリネンに押し当てられていた腕が、自由にされて。砂色の髪を梳いた。
「モチロン、」
濡れて重くなり、落ちかかる前髪の間から、真意を測ろうとしているような眼差しのキャッツアイが覗く。
「信じろよ、」
にこり、と笑う。
「ハードボイルドなだけじゃ、今日び誰も靡かないダロ?」
それにな?
「おーじさまは欲張りなんです、」
あむ、と唇を啄む。
「色んなオマエを、愛したいじゃないか」
な?

ふわん、とオトコの見下ろしてくる表情が柔らかくなった。
「なら、いいか」
そう言って、にかり、と笑った。
かぷっとふざける様に、喉を甘く噛まれて笑う。
一つの表情より、万の表情。
くるくる変わるカレイドスコープのように、イロイロあった方が愛しさも倍増ってモノ。

「セト、」
「なぁん?」
あーあ、甘ったるく蕩けちゃって、オレ。
「アイシテルよ、」
「あぁ」
さらり、と髪を撫でる。
する、と掌が、腕を辿っていくのを感じる。
「もっと示せ、」
オマエに、"愛されたい"んだからな、オレは。

「あァ、もちろん」
足を引き上げて、オトコの足に絡ませる。
するする、と長い脚を辿って指先で突付く。
コーザが、す、と目を覗きこんで。
「もー、いい加減おれも死にそう、」
そう言って笑った。
「死ぬな、これからがイイトコなんだろ、」
からかい口調で先を強請る。

に、っと笑いを象った唇が、触れる寸前にちらりと舌先を覗かせた。
笑って先に舌を絡めてから、口中に引きずり込む。
掌に濡れた髪の感触。
絡めた片足で、コーザの濡れた肢を辿る。
大きな掌で腕の表面を撫でられて、くう、と舌を吸い上げた。
くっと喉奥で響いた笑い声。

同性に愛されるのはハジメテでも、愛されたいと思うなら、することはあまり変わらないダロ?
欲しいから、求める。
ああ、くそう、愛しさで満ち溢れるぞ。

口付けの間に、囁きを落とす。
もっと、オマエが欲しいよ、と。
掌が覚えこもうとするように、優しく腕を辿っていくのを感じる。
けれど薄く開けた目の先。
キャッツアイの底の方に、冴えた光が過ぎったのが見えた。
笑う。
あーオレってば、相当なゴチソウ?

「喰ってイイんだ、」
ご馳走を目の前にした、上機嫌さが聞き取れる。
「ハジメテだからヤサシクよろしく」
くすくすと笑って伝えるリクエスト。
「アタリマエ。――――溶かしすぎ、ってクレームは無しな?」
「うーわ、」

低く甘い声に、ぞく、と身体の奥に甘い痛みが走った気がした。
にか、と笑ったオトコが、すう、と首筋を薄く穿った。
少し肩を抑えるようにされたせいで、仰け反った仕種でシーツに頭を擦りつけてしまった。
「キレイだね、」
「…っ、」
濡れた髪を掻き上げる。
ぺろっと舌先が鎖骨を辿っていった。
「んぅ、」
甘く鼻を抜けるような音。
くう、と僅かな痛みに、薄く痕を残されたのを知る。
心臓のペースが、走り出す、ゆっくりとまた。

「あ、そうだ。セト?」
「ンー?」
仰け反ったまま、鼻の先でコーザを見る。
首筋を逆に辿りあがってくる唇に、背中が僅かに浮き上がる。
耳朶をくちゅりと吸い上げられて、「あのさ、」と声が落とされる。
「なぁん…?」
掠れた声が、酷く甘ったるい。
「余計なモノなし、ってのは次のオタノシミに取っておいて。少し楽してその分愉しもうぜ?」
オーケイ?と耳朶を口内で弄びながら囁かれ、小さく笑った。
「…ま、かせた、て、」
声が蕩けて震えてるのは、愛嬌、な?
「一応、おーじ様の了承は得ねぇとな」
「こ、ころづ、かぃ、…りが、と」
「うん、」
笑ってるのか、感じてるのか。
震える声はどっちに彩られてンだろうな?

くう、と中心に手を添えられて、笑った。
ダイレクトな快楽、すでに回復し、反応していたものに与えられて、深い息をつく。
く、と一瞬だけ首元にきつく口付けられて、んぅ、とうめいた。
体温が、す、と上がって。
また勝手に、笑みが口の端に刻まれていった。




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