揺らいでいる、唆されたイタズラ心といつも忘れることのない理性が。
目の前の灰色がかった琥珀色の中で。
キャッツアイ、なんて。大型狩猟犬のオマエが持ってるなよ――――スキだけど。
オレたち、目を取り替えたらいいのかもな。
ハスキー犬みたいなオレのアイスブルーと、煌くオマエのキャッツアイ。
まあ、最初からオマエに預けてたと思えばいいか。
って、うーわ、オレ今なに考えた?
薄いグラスに唇をつけた。
今欲しかったもの、あとでむさぼればいいか。
ヒンヤリとした液体を、身体にゆっくりと染み渡らせる。
時間をかけて、目を閉じて、味わいながら。
すいすい、と肩から腕にかけて、オトコの大きな掌が触れてくる。
オツカレサマってか?
グラス1杯分、きっちり飲み干してから、オトコの胸に顔を埋めた。
オマエに会う前じゃ、考えられない仕種。
実父のアントワンや、義父のエドワードにすら、したことがないのにな。
柔らかく、重さをかけないよう細心の注意を払って、背中に腕が回されたのを感じる。
目を閉じる、耳の下から響く心音。
確かなリズムを刻むソレを追って、身体のリズムを合わせる。
意識、溶けさせる。
ほとんど眠りの深さにまで落とす。
鼓動のリズムに合わせるみたいに、背中を指先がそっとリズムを落としていく。
じっとしたまま、動く事無く与えられるものに浸る。
深い、深い場所で。
公演が終わって、このオトコが楽屋に入ってから。
それからきっちり30分は、誰もこの部屋のドアをノックしない。
最初の頃だけ何人かが、ノックの直後にドアを開けて、固まっていた。
"シンジラレナイ、セトがオトコにダカレテイルヨ。"
オレだって信じられないっつーの。
けど、気持ちいいんだよ、この場所。
最初はアソビでゴッコだったのになあ?
世の中おかしなもんだ、知っちまったら手放せないモンに度々出くわす。
なあ、オマエもそうだったのか?
口にしないまま、意識で訊く。
オマエも、オレを手放せねェんかな?
弟の"伴侶"の、オトウト分。
クレイジーな運命。
どこでどう繋がってるか、わかったモンじゃねェやな。
髪に口付けられた感触に、安堵する。
やっぱりオレ、オマエに恋したみたいだなァ。
恋愛のスウィッチ、何時の間にオマエ、点けてたんだよ?
腕の中で、身体の中からもてるものをすべて出し切った奇跡じみた存在が、ゆっくりとまた深くからなにかを引き出し充たして
いくのを感じていた。
ひどく、プライヴェートな場にいることを許されたものだな、と。最初は暢気に考えていた、そういえば。
公演の後の、ざわめきの余韻が空気の隅々にまで行き渡っている妙に浮かれた静けさの中で腕に抱いて、そんなことを
思っていたんだ、最初は。
けれど、たとえば、と自分に置き換えて考えてみて実は後から驚いた。
ゆっくりと、上下する背に腕を回し。セトがその意識を深く休めているのを感じながら、おれまで酷く「静謐」としかいえない
場所に紛れ込んだ感覚を味わっていたんだ。
例えばヒトが生まれ変わる瞬間、生れ落ちる刹那。そういった場にあることを許されている。
それだけで、満足していればいいようなモノなのにな、と。少しわらった。
確かに、あの「東のバカ」がいつだったか言ったみたいに、おれは。
―――greedy for affection(愛情に目がナイ)、そう言って寄越したあの小切れ良いアクセントが甦る。
『放っとけ、アホウ。てめえにヒトのことが言えるのかよ。』
そう言って返した頃と、こうしてバックステージを訪ねるようになった頃はちょうど重なっていた。
シャレの立場を昨日ぶち壊して、受け入れられた。
それでも変わらず、おれは無条件にセトが好きなんだろう、何度目かまた自覚する。
どこか、意識の深くに潜り込んでいるセトに、言葉に出さずに何度も語りかけていたように。
抱きしめてみる、やんわりと腕に力を戻しながら。これは、今回始めてのココロミで。
だってさ?
あぁ、まったくバカみてぇだけど。
もう一度この世界にあンたが「もどってきた」ときに、最初に抱きしめていて、いちばん最初に
気付いて欲しいじゃねえの?
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