イツカラすうぃっちヲ入レラレテイタノダロウ?
まどろみよりは昏睡に近い状態の脳で考える。
イツカラおれハ、こーざヲ受ケ入レテイタノダロウ?

―――最初の時にオレに会いに来い、と誘ったのは、半ば気紛れに近く。
むしろ愛する弟の物騒な伴侶に近しい誰かを、知ってみたいという興味であったと思う。
バレエ、とは上流階級のニンゲンが嗜むものだという意識は未だ根底にあり。
だからこそ、オレの誘いにオトウトに近しい誰かが乗るとは考えていなかった。
礼儀として、事務的な関係者の誰かでもいいから、とにかく誰かが来ればいいな、と思っていたし。
あわよくば、オトウトについて、もっと知るチャンスを作れればイイ、と。それくらいの気楽さしかなくて。

オトウトがヤクザな家業に携わっていることに気付いたのは、偶然といえば偶然。
NYCでの公演の時、興業がどうのとか、スポンサーの性質がどうのとか、バレエマスターと何かの機会で
語っていた時に知った。
大型の興業と金に絡んでくるのはいつも、政治家、マフィア、そして企業。
昔ほど、興業費を取らなくなったんだよ、とバレエマスターが笑っていた。
「その上にね、結構、マフィアのヒトはスポンサーに名乗り出てくれることもあってね?クリストファ・エヴェレットって
名前で、スポンサーしてくれてる個人、アレはワタシが睨むには、マフィアのヒトだね」

何の用意もなく齎された名前に、聞き覚えがあった。
母、シャーロットが電話口で告げた名前。
弟のサンジが、亡命した革命家とやらが起こした事故に巻き込まれて、その処理のために寄越された弁護士を
雇っていた男が、確かその名前だったハズだ。

スキなヒトができた、とフワフワした口調でサンジが言っていたのは、暫く一緒に彼――ゾロ―と住む、ということ。
サンジが事故に巻き込まれる直前に、多分ナイショでオトウトが送ってきたメールには。
ナマイキにも"ゴチソウサマでした。ザマァミロ"と書いてあって。
添付してあった写真に写っていたのは、偉くオトナにセイチョウした弟の姿。
撮ったのはゾロ本人なのだろう、そんな顔を弟に浮べさせることができたというからには、二人はそうとうディープな
関係になっていたハズで。

サンジが事故に巻き込まれたなら、ゾロも一緒でなければ、どうにもおかしい状況だと、電話口で母からハナシを
聞いた時に思ったものだった。
そもそもコイビトが事故に巻き込まれて、本人が側にいなかったのならなら、電話の一つでも寄越すのがフツウだろう。
けれど、シャーロットはサンジに恋人が出来たことを匂わせもしなかった。
事前に別れていたならば――ありえないハナシだが――サンジから電話もしくはメールで連絡があった筈だし。

"愛していますよ、彼のことは自分自身よりも"
そこまで言い切った弟の伴侶が絡んでこないなんて、常識的に考えてありえなかった。
けれど実際、その存在をすっぽかして、事故処理の話が進んでいた、ということは。
ゾロ、という名前のオトウトは、そうとう隠されなきゃいけない身分のニンゲンだってことだ。

よっぽどの御曹司か、よっぽどヤバい筋の人間か。

ハジメテ電話口でオトウトと直に話した時、穏やかな口調の中にどこかキレすぎる印象を受けていた。
声から察した職業は、やり手の実業家、もしくはマフィア。
夏休み中、弟とべったり過ごしていられる環境にいるというのであれば、フツウのビジネスマンや学生ではありえない。
軍隊等の組織に属する人間かもしれない、という印象を受けたものの、あのオトコは上に立つニンゲンの気配をさせていたし,
第一それならそんな長いホリディをとるのは不可能だろう。
自由に時間を使えるならアーティスト系、けれどそういうニオイはこれっぽっちもしなかったから、確実にチガウ。
思いついた他の可能性も、消去法で切り捨てた。

交わした言葉を思い出し、考えた。
御曹司が、天然天使のような弟を、"太陽"とイメージすることはないだろう。
マフィア、なるほどね。
それなら、あの存在感も、口調も、考えつくした電話越しでの会話も、納得がいく。
事故に巻き込まれたのに、名前どころか存在が公表されないことにも。

サンジがシアワセなら、自分が口を出す幕はない。
アレも、天然で危なっかしいとはいえ、しっかり18になったわけだし。
大学にも2年、通っていれば、ある程度の常識を持って大丈夫だと判断したんだろうし。

ゾロの口調と声を、思い出した。
本当に、弟を想っているのが、しっかりと伝わってきていたから。
オトウトの素性は、本音を言えばどうでもよかった。
問題なのは、気質と想いの深さ。
サンジを心底愛するかということ。

そういう時、無責任な噂は、大変役に立つ。
真実味のない流言が、囁かれることはないから。
けれど。
オトウトについての情報は、ほとんどといってもいいほど得られなかった。
だから、判断材料を欲して、オトウトを知る誰か――誰でもいい――に、観に来い、と誘ったのだった。

そして来たのがやはりどこか切れる印象を持った優しい男と、その更に弟分のようなショウネン。
「海賊」の公演の後、両方と妙に意気投合して、夜更かしして遊んだ。
彼らが、ゾロについて直接的にその夜、語ることはなかったけれど。
オトウトの気質や、姿勢について、ある程度の情報を得られた。
こんな楽しい連中に、特に天真爛漫なルフィに慕われているようなオトコだから、大丈夫だ、と。
さり気なくついてきていたボディガードに気付いて、やはりマフィアの重要人物なのだという事実にも併せて気付いたけれど、
それはもはやどうでも良くて。

サンジが恋したオトコは、その想いを裏切ることはないだろう。
サンジを任せてもイイ、と二人に出会った夜に決めたのだった。

そこで、本来なら終えてもいい関係だったけれど。
……できなかったンだよなァ、と内心で息を吐く。
仔犬のようなルフィに、愛想のいい狩猟犬のようなコーザ。
…思えば、出会ったその日から、惹かれていたんだろう。
セクシュアルではなく、人間性に。

ルフィは学校の関係で、あまり会うこともなかったけれど。
コーザ、は。誘った公演すべてを観に来るようなオトコで。
会う度に、柔らかい物腰とにこにことした笑みで接してきていた。純粋な好意、寄せられているのを肌で感じたから。
マフィアであろうとなかろうと、ダチにはなれる、と思った。

"アイジン"契約はノリとジョークから始まったけれど。
どう演じなければいけないかわかった上で、二つ返事で快諾したのはジブンで。
恋愛、という意識そのものを自分の中から消し去っていたから、気付くのが遅れたけれど。
…多分、いま思うには、その時点ですでに相当惹かれていたんだろう。
シャレで唇に口付けたり。見せ付けるように長い抱擁を交わしたり。
嫌悪感、湧き上がってもおかしくないはずなのに、いつもオトコの腕や口付けは、気持ちよかった。

恋心の存在には、薄っすらと勘付いていた。
オトコが寄越す想いに、情熱、と呼べる熱が含まれていることにも、どこかで気付いていた。
ただ、恋心だと認識するには。あまりに恋愛感情を実生活から締め出していたせいで。
気付くのに、時間がかかってしまっていた―――否、薄々気付いていたのを押し殺していたのかもしれない。
恋愛を厭うていたのは、随分と前のことだったにも関わらず、気付かないフリをしていた。
オトコの寄越す感情が心地良かったから。
気付いたら、応えなきゃいけない。受け入れるにも、断わるにも。
踊ることだけに浸っていたかったから、友情まで失いたくなくて、無視していたのだろう。

受け入れる気になったのは、オトコの掌に刻まれた生命線のあまりの短さに、失くしたくない、と強く思ったから。
失くす前に、もっと深く関わりあいたいという想いが、嵐のように湧き上がったから。

そしてジブンの中に見つけた、余裕ではなく、自信。
踊るという目標と、恋愛を今ならば両立させられる可能性。

コーザに会う度に示される愛情は、深まる一途で。
意識的に、なのか、無意識的に、なのか。本人に訊かなければわからないけれど。
示される愛情の深さが、関係を居心地悪くする前に。受け入れるきっかけを、だから実は探していたのかもしれない。

ダンサーとしてのジブンにも、惚れてくれたというオトコ。
両立できる可能性が跳ね上がって、スウィッチが入った。
このオトコに心底愛されてみるのも、いいかもしれない、と。

一度自分の中にある感情に気付いたら、あとは――――。




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