| 
 
 
 
 バスルームを出る直前辺りから、リヴィングで控えめに抑えられた気配がたち働くのを感じ取っていた。
 随分と遅くなったランチを準備しているニンゲンのもの。
 身体を乾かし、部屋に戻った頃には綺麗にセッティングされていた。陽射しの差し込むあたり、時間はとっくに夕方に近かった。
 
 オナカスイタ、とイスにつくなりセトは、ふにゃ、と上機嫌な笑みを浮かべて。
 選んだメニュウは、また合格点をマークした。フン、アタリマエだよ?
 
 のんびりと、プレートを綺麗にしていセトを眺めながら取り留めのない話をした。
 そして、気がついた。
 ひらひら、と話の合間に優雅に動く手が、なんの飾りもそういえば着けていない事に。確かに本人がこれだけ華やかなの
 だから、余計な飾りは邪魔になるだけか?
 
 あー、でもな。想像してみる。
 この完成された造形に、アクセントを足すとしたら何だろう、と。
 そして、思いついた。黄金には黄金色。例えば、あの手元にあれば、良い目の保養だよな。
 
 「セート、」
 ふい、と声をかけて。
 「そこの塩とって」
 なん?とでも言う風に首を傾けたセトに言った。
 「ん」
 差し出すように伸ばされた腕、優雅な線をそのまま手首あたりで捕まえて、掌で握り込んで感覚を再確認して記憶する。
 「さんきゅ、」
 細いなぁ、とまた改めて驚いてから。笑みを浮かべた。
 
 オーケイ、サイズは確認したから。さっさと作らせよう。
 特に理由なんてないけど。強いて言えば、おれがそれを見たいから、だな。
 
 付き合いでアルコール抜き、何かの果汁を混ぜ合わせたグラスを飲み干して、セトに目を戻した。
 「あ、さすが。よく召し上がりました、だね」
 「いつもは朝と昼を結構しっかり食べるからね、」
 空になったプレートを見た。
 「だね?おれと一緒くらい食べてるよ?」
 「お腹空いてたから」
 
 ごちそうさまでした、とにっこりとしたセトに笑いかける。
 そして、付け足す。
 「あ、でもさ?今度から夜もキチンと食べたら?」
 カラダモタナイヨ?
 
 「消費カロリーと胃の働きを考えると、そういうわけにもいかないんだな、」
 にしゃ、とわらった機嫌の良いおーじさまに訊いてみる。
 細かくスナック代わりに野菜とか果物食べるから、補ってるよ、と笑っていたけど。
 「んー、けど。結構な運動量じゃねェ?」
 あンたの極最近の追加事項、と。
 
 
 
 運動量ねえ、とコーザの言った言葉を反芻する。
 「でも午前中のレッスンの分だと考えると、相殺すると思わないか?」
 に、と笑って、キラキラと目を輝かせているオトコを見遣る。
 嬉しそうだね、オマエ。
 
 「それってさ?」
 「んー?」
 「昼までは、セト放さなくていい、ってことだよな」
 にこお、と笑って。ああ、ブンブンと空を切る尻尾の音が聴こえそうだ。
 
 「毎回ってわけにもいかないけど、そうだな、」
 すい、と立ち上がって、コーザに近寄る。
 「再会した日くらいは、それくらいしたいよな?」
 すい、と目を覗きこんで笑ってみる。
 もちろん、翌日に公演があったらムリだけど。
 それくらいのことはきっちり解ってるオトコだし。
 
 「非常にデリケェトな選択だな」
 少し真面目な声に、眉を片方跳ね上げた。
 「初日を見逃し続けるのもね、ウン」
 に、と笑ったオトコの両頬を包んで、一つ口付けを。
 「オレのサイコウは最終日だから、問題無いよ」
 「大事なコイビトがシアワセかどうか、最初にみたいだろ、けど」
 
 目元で笑ったコーザの額に額を合わせる。
 「観に来てもらえたら、そりゃ嬉しいけど…なんだったら初日、これない時は舞台直前、電話してやろうか?」
 舞台、幕開けの直前。
 バックステージ、多分携帯電話は使えないから、公衆電話から。
 「ハハ!偉大なるピアニストに倣って?」
 「そ。ホロヴィッツのおやっさんに倣って、ラヴ・コール。ど?」
 会えなくても、きっとシアワセなままステージに出れるねえ。
 毎回シアワセな役柄ができるとも限らないけどサ。
 
 「いいね。言ってやるよ、あンたがサイコウだよ、愛してる、ってさ」
 「オマエのために踊る、って言うよ。見てない時も、さ」
 く、と背中抱きしめられた。
 「セト、」
 とても静かな声。
 すり、と鼻先を合わせてみる。
 「…なぁん?」
 「微妙に泣きそうだぞ、おれ」
 「いいよ、泣けばさ?オレはもういっぱい泣いたし」
 さらさら、と砂色の髪を撫で上げる。
 
 きゅ、とコーザが目を細めて。笑いかけた。
 「見られたくないなら、目を瞑ってるよ?」
 「ん?」
 「泣くとこをさ」
 間近で笑いかける。
 キレイなキャッツアイ、キラキラしている。
 澄んで、キレーな宝石。
 
 「いや、いいよ。涙なんてでねぇし、」
 にこ、と笑ったオトコの唇に噛み付いた。
 ふぅん?
 「まぁ、ただ。そういう気持ちになれたのは最後がいつだったか、思い出せないくらいだよ、」
 静かに告げられて、目を細めた。
 そうっと口付けられて、目を閉じて、笑いかけた。
 「幸せってヤツ、実感してくれてるンだ」
 オレといることで?
 さらさら、と短めの髪を撫でる。
 
 きゅう、と強く抱きしめられて、暫くの沈黙。
 ゆっくりと穏やかな時間が流れていく。
 「セト、カラダあったかくなってる、」
 ぽつ、と言われて笑った。
 「オマエに抱かれてたときは熱かったけどな」
 こめかみに口付けを落とす。
 「踊った後より熱くなってたと思うけど、オマエ、どう思う?」
 
 ふ、と笑ったコーザが、首元に顔を埋めてきた。
 腕を背中に回して、その後頭部を抱き寄せる。
 「熱くってキモチ良いよ、」
 肩口に落とされたコトバ。
 すり、と頬を摺り寄せた。
 「オマエも熱くて、キモチヨカッタ」
 耳朶に甘えた声でささやきを落とす。
 
 「いい匂いするね、セト」
 「なにも付けてないぞ?」
 「そ?」
 そっと言われた言葉にくす、と笑った。
 「あぁ」
 
 く、とまた顔を埋められて、側頭部に唇を押し当てていく。
 「なぁ…?」
 「んん?」
 柔らかで穏やかな声に、同じくらいに甘いトーンで返す。
 「なぁん、コーザ…?」
 
 くう、と両腕で抱きしめられた。
 すり、と頬を砂色の髪に摺り寄せる。
 ……んん、オマエもイイニオイだ。
 「気分がいいから少し一緒にくっついてねぇ?」
 「…そうだね、折角太陽があるし…昼寝、なんてどう?」
 「異議なし、」
 「窓際?それともソファ?」
 ぺろ、と首元を僅かに舐められて、小さく身を竦めた。
 「ソファ」
 「ベッド、リネン変えてもらわないとすっげえことになってそうだね、」
 「あ、もうそれさせてる」
 うわ、そうなんだ?いつのまに?…というか、あのすごい状態を………。
 チップ、はずまないと…。
 
 「気付かなかったか?」
 すい、と抱き上げられたまま、コーザが立ちあがった。
 「ランチ食べてる間、ベッドルームの方メイドがいたぜ、」
 「ちっとも。…リヴィング抜けて、出て行ったっけ?」
 「いや?別のドア、」
 「じゃ、わからないよ。プレート片付けるのと、オマエ見るのに夢中だったし?」
 かぷ、と首筋に噛み付いてみた。
 
 とさん、とやたらとでかいソファに、まるで宝物みたいに降ろされて、思わず笑った。
 「ん?」
 にこ、としていたコーザを、引き寄せる。
 「オマエの腕の中、安心する」
 すい、と身体を半分重ねるように寄ってきて、両腕で抱きとめた。
 す、と頬に口付けられて、笑う。
 「愛してるよ、コーザ」
 吐息に乗せて囁くコトバ。
 いくら言ってもいい飽きないコトバ。
 アイシテルヨ、コーザ。
 オマエダケ、トクベツ。
 
 する、と髪に鼻先をもぐりこませるようにしたコーザが。
 「あァ、おれも」
 囁いてきた。
 続く言葉、"あいしてるよ。"
 
 酷く安心した。
 ふわ、と心が温かくなった。
 するする、と頬を摺り寄せて、目を瞑る。
 く、と抱き寄せられて、腕の中、抱きこまれた。
 ああ、オマエの腕のなか、本当に安心する。
 「……幸せダ、」
 
 
 
 
 next
 back
 
 
 |