退屈をする、というならそれは大きな間違いで。
容が綺麗にその型を変化させていくのを眺めているのは、苦痛でもなんでもない。
時おり声をかけて。返って来る応えになんとなくわらったり、であるとか。
丁度良い距離で眺めていた。
邪魔にならない程度の視線で動きを追って。たまに感想なんかを言って。
そして、CDが2度目のピアノ曲を流し始めて、疑問を口にしてみた。
「セート…?」
「んー?」
うっすらと浮いた汗が、たまに肌にヒカリを弾かせていた。
「質問、」
「なーん?」
はい、と片手をおざなりに上げてみる。
「なんでしょ、コーザくん?」
ゆったりとした身体の動きに添って四肢を伸ばしていくから、ツラレテ口調も同じテンポだ。
「や、単なる疑問なんだけどさ?」
セトセンセイ。
ちょっと気になってたんだけど、実はさっきから。
くうっと伸ばした片足に添って体の側面をキレイに伸ばしていくセトから、ちら、と視線をあわせられた。
「セト、」
「んー?」
「カラダ、ダイジョウブ?」
「まーだ、オマエがいた感覚、のこってっけどー、」
す、と身体を中心に戻してから、反対側へ重心を移しながら伸ばしていきながら、お返事だ。
「でもって、ちょいっと腰がー、重いけどー、」
ありゃりゃ。
「ヒリヒリしないしー、切れてないみたいだしー、」
そりゃあね?
まあ、ハイ。
にひゃ、とわらったおーじサマに笑みで返す。
「オレ、体力のー、オニだしー?」
ふわ、とあまい笑みが返される。あーだからさ?どうしてそうかわいいかな?
まるっきり、悪ガキの自慢。
「動けないー程じゃあないからぁ、なんか、ダイジョーブー」
くう、っと綺麗にフロアに身体が影を一瞬落として。また、上半身がゆっくりと倒されていっていた。
「フウン?」
ソファから立ち上がり、セトの側まで行ってみた。半分身体を折って、覗き込んで。
「あと何分、」
聞く。
別に退屈したわけじゃあないけど。
「んー…そーだなー…」
「うん、」
「あとー…さんじぃっぷん、くらいー」
ふうん?30分か。
綺麗に真横に開いていた足をゆっくりと後ろに閉じていき、上半身はフロアについたまま、ぴくりとも動きゃしなかった。
さっすがだね、ウン。
ダンサアの基礎レッスンってのは、退屈しないよ、動きがキレイな分さ。ちらり、といままでの記憶を引っ張り出してみても。
セトの動きがイチバン無駄がないかもナ。
「なあ?」
声をかける。ちょっと気になってたんだよな。
「んー?」
ぺったりとフロアに着いていた身体のパーツ、足裏と後頭部がアーチに引き上げられていく。
上体がいいぐあいに反ってる。ウン、見てて愉しいけどさ。
「あンたがもうすこし身体メンテしてる間。着替えでも取りに行ってやろうか、よければ」
カギ貸せよ、と付け足した。
「あ、うん」
とん、と額に手を添えた。はい、その位置でストップ。
「ど?」
「よろしくぅ」
「リョ―カイ」
こしょ、っと耳あたりを擽ったなら。
「ん、こ、ら、」
くく、と反った喉から笑いが競りあがり。ポジションを崩していた。
その前に片膝をついてしゃがみこんで。頬に口付けた。
「カギは?カバンのなか?」
「そう。内ポケット、」
「オーケイ。じゃ、すぐに戻る」
「あ、買物頼んでイイ?」
「はン?」
立ち上がったまま、見上げてくるセトに視線を戻した。
「ハチミツ一瓶と、レモンをでかい箱1箱」
「セトセンセイ、」
ひょい、と半身を折る。
「それと、オレに似合う水着と、オマエに似合う水着」
目線をあわせ、訊いてみた。
「後者はともかく。最初のは、バトラーに頼めよ」
やなこった、と音に乗せた。
「ありゃ。冷たいのー、」
「使えるものは使えよ、あぁ、バトラーがいやならコレ、」
「コレ?」
すい、とフロアに手足をついたセトのハナサキに携帯をぶら下げる。
「電話だ、」
「メモリの1.出るヤツに言えよ、大体―――そうだな、そのオーダーなら5分で持ってくるはず」
「でもオマエの電話だろ、ソレ?」
おれよりよっぽど早いよ、と付け足して。肩にする、と懐いてくるキレイナキレイナおーじさまに告げた。
「あ、いまかければいいのか、かけるぞ?」
片手で取り上げ、フラップを跳ね上げるのを見ながら。もう一度頬にキスしてみた。
「出るのダレ?」
コドモみたいじゃねえの?好奇心丸出し。っは、かーわいいの。
「部下」
「そりゃそーだ。名前、」
とんとん、と頭を撫でてから立ち上がった。
「ん?知らなくていいさ」
「けど人にモノを頼むんだし?」
す、と足を捉まれた。
「失礼じゃねーの?」
膝で立ち上がって、見上げてくる。
あのさ、セト。むしろ、知らない方がいいと思うんだけどね。けれど、じいっと見上げてくるアイスブルーが言外に、
そういうのはスキじゃない、と告げてきているみたいだった。
連想ゲーム、脳内で瞬間的に。ペル→ルカ→カル??カルー?ふざけた名前だけどしょうがないか。悪いな?
意味も不明な唯の音だ、まぁ気にするな、ウン。後で謝っておこう。
おれの部下にも、名前の親元にも。
「あー、そいつ?カルーだよ」
にっこり、と笑顔つき。
「フーン?どこの出身だろ。あ、ちょい待って。かけたら電話返すから」
「オーケイ」
ぎゅ、と膝立ちのまま腰に抱きついてこられたら、動くに動けない。
プッシュ音のあと、2コールで応答。
「ハロゥ、コーザの部下のカルーさん?突然にごめんなさい、オレの名前、セトっていうんですけど。
お願いしたいことがあって。頼まれてもらえますか?」
笑いを抑え込む。
悪い、ルーファス。おまえ、いまは「カルー」だ。
「え?カルーさん、ですよね?ああ、…大丈夫ですか?声、ちょっとゆれてますけど?…あ、いえ。使い走りをして
いただきたいんですけど、いいですか?」
ほんの一瞬、ケイタイの向こう側で空気が微妙に揺れている気配がする。
ははは、がんばれ笑うなよ?
セトの、「オフィシャル」な声。あまい、けれどどこか硬質なそれが、さっきのオーダーを告げていく。
「ハチミツ、アカシアでもメイプルでもなんでもいいです、ハチミツを1瓶と、レモンを箱で1箱。50個でも100個でもいいです。
お願いできますか?」
かすかに聞こえる。
御時間を5分ほどいただけますか、か。はやいね、相変わらず。
ふわ、とセトが応えに笑みを浮かべていた。
「よろしくお願いします。突然なのに、アリガトウ、カルーさん」
おい、気張れ、笑うんじゃねえぞ、ルーファス。あーあ、また、空気が揺れかけてるじゃねェの。
すこしばかり声の硬さが感じられなくなった声でセトが通話を終えて。
見下ろしてみた。
セト、そろそろおれ出かけたいんだけど。
「アリガトウ、いい人だね、カルーさん」
二ッコリと笑って。さすがおれの部下、とコメントつきでケイタイを返された。
「あぁ、優秀じゃなきゃ墓場行き、」
に、と笑みを刻んで返し、まだまわされたままの腕に、名前を呼んだなら。シャツを引っ張られた。
「ン?」
「イッテラッシャイ、ダーリン」
「ハイ?」
は???一瞬言葉の意味がまっすぐに入ってこなかった。
そして、擬音で言うなら「ちゅう」としかいいようのないやつで、口付けられ。
多分、ちょっとばかり惚けたカオでもしていたに違いないおれを、きらきらと目を煌めかせるみたいにして笑いながらセトが。
言ってくれたわけだ、完璧に悪ガキ。
「Hurry back to eat me (オレを食べに早く帰ってね)」
ふうん?そーおういうことを言うか、このおーじさまは。
する、と乗り上げるようにしていた身体を下ろして、また手足をフロアに戻してから、空いたスペースに優雅に戻っていく。
得意げな大猫。
いま、あれを捕まえたなら、薮蛇だ。ルーファスはきっちり4分でドアをノックするだろうし、着替えを持ってこないとおーじサマは
ナニを言い出すかわからねェし?
ふうううん、そうか。そうくるか、なるほどね。
オボエテオキヤガレヨ?
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