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 ティン、とシートベルト着用と、リクライニングの使用終了のサインが点いた。
 次いで、キャプテンのアナウンスが、気圧のコントロールされた機内に満ちた。
 『間も無く当機は、ロサンゼルス・インターナショナル空港に到着します。到着予定時刻は―――――』
 
 「ミスタ・ラクロワ、フライトは楽しんでいただけましたか?」
 制服姿のキャビン・クルーが声をかけてきた。
 今回のフライト中、なにかと面倒を見てくれたミズ・エリオットだ。
 「とても快適に過ごさせていただきましたよ。おかげで機嫌よく旅を終えられそうです」
 にっこり、と笑いかけると、彼女は頷いて。
 「着陸しましたら、ジャケットをお持ちしますので、それまでは着席したままお待ちくださいね」
 同じ様ににっこりと笑いかけてきた。
 
 すい、と彼女が遠のいて、乗客数の少ないファースト・クラスはやがてエンジンの轟音と気圧差による妙なエコーに沈む。
 窓の外、青いカルフォルニアの空。
 もうすぐ会えると思うと、子供のようにウキウキした気分になる。
 眼下に広がる、青い海。
 一緒に砂浜を歩けるのは、明日になるかな…?
 
 く、と機体がアングルに傾いた。
 エンジンがバランスを整え、フラップが作動する機械音が聴こえてくる。
 
 入国審査、さっさと終わるといいなァ…って、そうか、アメリカか。じゃああまり待たなくて済むかな?
 モスクワは時間がかかったよな……。
 する、と腕のバングルがシャツの中で動いた。
 くう、と勝手に笑みが刻まれるのが解る、自分の顔に。
 
 「もーちょいだぞ、ダーリン」
 バングルにキスをして、目を閉じる。
 オレの最愛のオトコは、どんな顔してオレを待っててくれるかな…?
 
 
 
 「あぁだから、何度言えば判るんだよ―――?」
 デンワ越し、ちらりと時計を見上げた。
 す、と。窓際に立っていたルーファスも目で言って寄越す。だァからわかってるって。
 「とにかく、おれはソイツに会う気は無いって言ってる」
 ――――これ以上愚図愚図言うといなくなって貰うぞ、オマエ?
 
 ラチがあかない、まだなにかスピーカから言ってくケイタイをルーファスに向かって投げた。
 受け取って、浮かぶ苦笑らしきもの。あぁ、もうそいつはオマエに任せた。
 
 時計は、午後1時を回っていた。
 ―――ヤバイじゃねぇかよ、遅れかけ。
 ドアを抜け出す直前、ひらひら、とデンワ片手のヤツが手で、喉元に線を空中で横に一筋引いていた。
 ウン、同感だよそれにおれも。
 なにしろ、ヒトの逢瀬の邪魔しやがる、上等だ。
 ピニン・ファリ―ナに轢かれて死んじまえ、ってヤツだ。
 先に行く、とドアを指差してから廊下へと出た。
 
 「コーザ、」
 ああ、へいへい。判ってるよ。
 追いついた声を振り向く。
 「そいつ、死んだらおれに何かデメリットでもあるか」
 「さあ、とくに思い当たらない」
 足早にガレージへ向かう。
 「ちゃんと、ドライヴァ付きで頼みますよ?」
 ルーファスがデンワを返してきながら、ほんの少しばかり眉を跳ね上げていた。
 「うーわ、」
 「今日のところは、」
 フン?わかってるじゃねぇの、おまえ。
 
 「この時間だと……LAXまでざっと1時間半、ってとこか」
 ガレージへのドアを開けて寄越したヤツに言えば、軽く頷かれた。
 ハイウェイに乗るまでが、このエリアは微妙にメンドウだ。半島の海岸沿い、なんてロケーションに好きで住んでるんだから
 ショウガナイといえば、それまででも。
 「遅れかけだな」
 単語の羅列、ブリティッシュ・エアウェイ283便、到着予定時刻15時20分。
 マジ、やばいって。
 いつものドライヴァにちんたら運転させてる場合じゃねぇか。
 
 「ルー、おまえがドライヴァしろ」
 そういわれると思った、と。横からでかい溜め息が聞こえた。
 ま、そう言うなって。
 モントレーの湾岸、この風光明媚とやらな海岸線をおれが跳ね馬ぶっとばしていくよりおまえも安心だろ、その方が。
 
 
 
 
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