「Have a nice trip, Mr. Lacrois(良い旅を、ミスタ・ラクロワ)」
「Thank you all(みんなアリガトー)」
クルー数名に見送られて、一足早く入国審査カウンタの方に回る。
ロス、来たことないなァ、そういえば生涯初?
あ、前は国内便だったからじゃねーの。
国際便専用ターミナル6の方は初めてってことだネ。
機体を後にし、長い廊下をさくさく歩く。
微妙に静かで、けれどどこか緊張感が底に漂ってる空間。これはどの世界の空港でも一緒だ。
「ミスタ・セス・ブロゥ・ラクロワ?現在の住所はロンドンで?」
今年はどこの審査官も時間をかける。
ま、情勢を考えるとショウガナイカ。
「ええ、ロンドンのバレエ・カンパニで踊るダンサーなんですよ」
生まれはパリで、実家はコロラド、と声に出さずに心の中で続ける。
名前の発音は読む人任せ。きっと一度会ったらそれっきりのニンゲンにまでイチイチ直して回る気はない。
「私用ですか?ホテルのアレンジメントなどは?」
「ちょっとした息抜きってヤツです。久し振りのオフなんですよ。泊まる所はもう決まってます」
ぱらぱら、と中のノートを見た審査官が頷く。
「なるほど、お忙しいようで」
「本当に。もっと長く居たいんですけどね」
半年以内に、モスクワ、トーキョー、メルボルン、とスタンプがしてあれば、忙しいという言葉の意味も解ってもらえるものだ。
にっこり、と笑うと、審査官…ジェフ・ハンフリー…はニヤリ、と笑った。
そうだよ、恋人と逢瀬だよ、悪いか。
心内で毒づくと、ドウゾ、と言ってパスポートを返された。
「Have a good vacation, Sir(良いヴァケーションを)」
「Thanks(アリガト)」
ひら、と手を振って…さて。次はラッゲージ。
預けたのは1個だけだし、税関はないし。
もう回ってるといいけどナ。
国際線のターミナルは、一時期ほどに混んでいない。
11月という中途半端な季節ではあるし…まあ、その分楽だけど。
すい、すい、と視線を寄越される。
カワイイお嬢さんたちなら嬉しいけどねえ、オッサンはおよびじゃないよ。
掛けっぱなしのサングラスを押上げた。
バレエダンサーって、歩き方だけでバレちまうのが損だよなァ。
ここはまだ写真撮影禁止エリアだ。ありがたい。
ラゲッジを拾い上げるのを待つ間に、7人のサイフやら使用済みチケットの裏だとかにサインを強請られた。
今、暇だからいいけどね。そこまでだよ?
オレはプライヴェートで遊びに来てンだから。
ダーリンに会いに。
「るーふぁーーすー」
「変な呼び方は止してくれないかな」
「あと10分で3時ですが、ドライヴァ」
バックシート、いまは降ろさせたパーティション越しに文句を幾つか。
早くしないとおれの大事なモノが空から降りてくる。
「ターミナルは、」
「トム・ブラッドリィ国際線ターミナル」
「なるほど、ありがとうございます」
ドライヴァ役があっさりと言って寄越した。
「アライヴァルゲート前で降ろせよ、オマエは待ってろ」
「跳ね馬に蹴られたくはありませんからね」
すい、とわずかにスピードが上げられた。
窓外、LAXのサインが見えてきた。
「シマッタ、」
「ハイ?」
アライヴァルゲートへ右折したところで思い出した。左手側には飛行機が何機か離陸待ち。
「タバコ、吸い収めの時間がなかった」
あーあ、と軽く溜め息をついて。
パッケージとライターをナビシートに落とした。預かっとけ、これ。
に、と。放り投げられた「嗜好品」を尻目にルーファスが笑いやがった。フン、そうだよワルイか、おれにとってセトは
最優先事項なンだよ。
時計は、3時15分。
うん、ギリギリ間に合ったか?
滑らかに停車したリモから飛び降りて、国際線の到着ロビーに向かう。
キラキラとやたらとガラスで光るのは、何の演出なんだろう、毎度の感想。
アトリウムだか到着ゲートだか、えらく微妙な近代建築、ってヤツ。
クリスマス前でもない、感謝祭でもない、この時期の空港は空いているとは言ってもやはりある程度は人波がある。
到着ゲートの素っ気無いドア、その辺りに家族やコイビトやトモダチの迎えにきている善良なる市民の皆さま。
ちょっと紛れるぜ?
時計は、3時30分。
フウン?そろそろ入国審査を終えた頃か?
到着便のインフォメーションボードには、セトのフライトは定刻に到着、とのサイン。
だったら、そろそろラゲッジクレームかもしれないね。
LOS ANGELS(天使の町)に金色の羽の本ものがご降臨か。
シャレにならねぇよ。
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