「Why do these things take a bloody time」
クソ、なんでコンナモンにこんなに時間かかるンだよ。
あーあ、手ぶらで来ようかな、いっそのこと。
毎度このベルトコンベーヤに乗っかる荷物を待つ度に思う。

あ、やっとキヤガッタ、
ジーサス、頼むよ、こんなトコで5分も10分も15分もムダにしたくねーんだからよ。

黒い小さめのキャリーケースを引き上げて、緑のランプの出口へ。
チケットをオジチャンに手渡し、ラゲッジのシールを差し出す。
「免税するモンないね?」
「ないよー」
「ロンドンからかー…なさそうだな」
だからナイッテバ。
「荷物から目を離してないね?」
「さっきやぁっと出てきたのを引き上げて、さっさと歩いてきましたとも」
「そっか。ニーサン、良いヴァケイションを」
「へーい、ありがとー」

オンナノコ、数人、後ろ。荷物と写真撮影の間で心がゆれてるらしい。
荷物、大事にしなよー?
オレはさっさと消える。

真っ直ぐには出れない仕組みになっている出口を通り、ロビーに抜ける。
あー…さっき中で携帯に電話しときゃよかったかな?
カラカラカラ、とキャリーを引っ張りながら、すったすったと人込みを歩く。
んー…そういやどんな服装してンのか、聴いてもいなかったや……って、アレ?
オフホワイトのスゥエードジャケット、グレイのTシャツに…デニムのボトム、モチロンヴィンテージ。
ああ、オマエ。そういうカジュアルだと、ほんとカワイイよ。
My darling guardian hound(オレの愛しい守護犬クン)。

ひょろ、と抜きん出たオトコに、すい、と手を挙げて挨拶。
す、と視線が合わせられ、コーザがひょい、とサングラスを跳ね上げて笑った。
うっわ…ひさしぶりに見ると、ソレ、心臓にクる。
うーわー…バクバク言ってるよ、ハハ。もうあんなに何度も愛し合ったのにナ?

間近まで歩み寄る。
すい、とサングラス、自分のも引き上げて。
すう、と近づいてきたオトコに笑いかけた。
「Hey ya,(やほ)」
片腕、伸ばして。
オトコの首に抱きつく。
久し振りに会う親戚、くらいのイメージで。

「会いたかった、コーザ」
小さな声で囁くと、一瞬だけ頬に唇で触れてきた。
くう、愛情湧くなあ、クソウ。
「久し振り、」
コーザも満面の笑み。
「会いたかったよ?セェト」
「やっとこさ、だな」
笑って返すと、とん、と一瞬肩を抱かれた。
視線でいこ?と促される。

「オマエ、運転してきた?」
「いや?」
からから、とキャリーを引っ張る。
ざわめく人の声がはるか遠い。
「させてもらえなかったよ、」
笑っている声で喋りながら、キャリーを引き取られる。
「ルーファスだな?」
「そ、カルーさん」
トン、と肩で腕に僅かに触れる距離で並ぶ。
にぃ、と笑ったオトコに、くすくす、と思い出し笑い。
あーあ、ルーファス。アナタ、愛されてるねえ。

「ま、でも彼なら安心だ」
警察犬か軍用犬だった面影を思い出す。
「おもいきり、バックシートでいちゃいちゃできるネ」



冗談じゃなく、光りが落っこちてきたかと思った。
出てきた姿は、すぐにわかった。
歩くだけでも、酷く優雅で。
11時間近いフライト後でも、おーじ様は相変わらずきらきらした大猫だか豹みたいで。
これでわからなけりゃ、どうかしてる。

フウン?
まだ合わされない視線をいいことにまずは鑑賞から。
色のコントラストの妙、ってヤツだなと思った。
とにかくきらきらした存在感を黒のジャケットで締めて、白のシャツが抑えたそれを一層引き立てて、襟元のアクセントが
きつすぎないゴールドのシルク、トータルの印象をアマイものにする茶色のパンツはどうやらスウェード。
すっきりと、背筋の伸びた端整な印象。
あぁ、「セト」だなぁ、と。妙に納得した。

最後に実物を見たときよりは、髪が伸びていた。
項から手を差し入れて、指に絡めて触りたくなる長さ。
あぁ、そろそろ気付くかな―――?
すい、とセトの眼差しが上向けられていた。
そして、眼差しが合う。
サングラスに隠された目元が、それでも目線があった瞬間にあまく色を佩いて蕩けたのがわかった。

あぁ、セトだ。
すげえ、――――あいたかったよ。

交わす言葉は、けれどどこか軽く。
仕種も、「オフィシャル」に収めて。
不特定多数の前に晒すに十分な距離をキープしたまま眼差しだけを一瞬絡みあわせる。
促して、到着ロビーを抜けて行った。

進むうちに、すこしづつ触れる。
一歩を踏み出すごとに僅かに揺れるような髪先だとか、柔らかな色あいを増す声であるとか。
ポケットからケイタイを取り出し、もうアトリウムを出ると告げた。
うん、たしかに。
バックシートは個室に違いないけれども。
ちょっとね、役不足。
それに、時差ぼけのおネコさまだかおーじ様だし。

すう、と開いたガラス扉の向こう側、冗談じみてもう4時近いって言うのに、空の色はひどく高いところからヒカリを
弾くような蒼だった。
「ま、着いたら起こすから寝ておけば?」
ねむい?と聞いて。顔を覗きこんだ




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