「膝枕、してくれンの?」
「いいよ?」
する、と一瞬、熱い指先が唇をなぞっていった。
サングラスの下、キラキラのキャッツアイ。
「じゃあ寝とく」
よくよく考えてみれば。
ロンドンはいまごろ日付が変わる頃だし。
確かに少し、眠いかな。
リムジンのブーツにコーザがキャリーを入れるのを、見てから、空に視線を跳ね上げた。
ううん、ここはさすがにまだ暖かいねえ。
「景色が良くなったら起こしてやろうか」
「うん……起こして、王子様みたいに」
ふは、と笑った。
おーじさま。うん、オマエ、オレだけのおーじさま?
車に乗り込む前に、ジャケットを脱いだ。
さすがに気温差が7度以上あると、この服装だと暑い。
すい、とジャケットを持っていかれた。うん、至れり尽せり?
車のドアを開けられ、滑り込んだならば。パティションはもう上がってた。
「…りゃ。ルーファス、挨拶もナシ?」
折角久し振りなのになー。
コーザも乗り込んできて、すい、と肩を竦めた。
「ルーファス、挨拶もしてくンねーの、オレ嫌われてる?」
オマエの腹心だからこそ、その辺りはきっちりしときたかったのになー。
「ドライヴァは挨拶しないだろ、」
「んー」
うー…そんなモンだっけ?
つっかまるっきり他人だったらさー…挨拶もしないけどさ。
ミス・デイジーはちゃんと挨拶してたぞ?
……ま、いいや。
「あれな?いまそういう慣れない役してンの。放っとこう。構うのは後から」
「そうだね。まずはオマエにちゃんと挨拶しなきゃな」
すい、と頬に口付けてきたオトコの頬に手を添えた。
目線を合わせたまま、笑いかける。
「Missed you much, darling」
オマエに会いたかったよ。
唇に柔らかく口付ける。
「Wanted to kiss you so badly」
さら、と髪に指を絡めてきたオトコに、間近で囁く。
オマエにすげえキスしたかった、と。
キャッツアイが、きらきらと光っていた。
秋の太陽に煌いて、あー…キレイだね。
「セト、」
「ん、」
ちゅ、と啄んで笑う。
甘く、僅かに掠れた声が耳に嬉しい。
オマエの声。
「寝とけ、って」
電話じゃ伝わりきらないよな、ヤッパリ。
すい、と身体を抑えられ。膝の上に横にされる。
「…オヤスミのキスは?」
んん、眠いけどさー。
耳や頬を、熱い指先がさらさらと辿っていく。
目を閉じる。
すう、と目元に口付けられて、頬だけで笑った。
「ちぇー……」
あーあ、もうすこし、いちゃいちゃはお預け…?
窓外へ視線を投げた。変わらない、LAのただの砂漠じみた景色。
膝の上の重さは、まあ、あれだ。
抱き猫。
淡い金の髪を指先で掬い上げる。
目を閉じて、くるくると動く表情の大半が隠されてしまうと、セトの寝顔の印象は相変らずで。
よく出来た人形のソレ。
頬を指先で辿る。
細い鼻筋や、すう、と引かれた眉。
薄い、けれど充分に肉感的な唇のつくる線であるとか。
流れる景色に目をやった。
乾いた景色。
まだあかるい空と同じほどの乾いた色合いの流れていくさまを見た。
長い睫が頬に影を落としていた。
安心して眠っているんだろう、静かで深い寝息を吐いていた。
「Seth,」
呼びかけてみた。
眠りの邪魔をしないように、そっと。
セト、と。
「Seth, I am the one who missed you so much,」
セト、あえなくて寂しかったのおれの方だよ。
ほんの僅か、ゆらぐようだった淡い金色、その睫の落とす線を眼差しで追う。
窓外、つまらねぇ都会の景色なんかより。あンたをみておく方がおれにはよっぽどイイ。
秋なのがザンネンだなあ、
夏なら。もっと陽射しがあンたの金色に映えただろうに。
さらり、と髪を指先で掬い上げた。
トラフィックに引っ掛かりもせず、順調にドライブしているらしい。
ハイウエイのイグジットを抜けたのだと見当をつけた。
王子らしく起こす、って言われてたか?
寝顔を見下ろした。
そうしたなら、く、と力の入り具合が変わって。セトがこと、と顔の位置をずらせていた。
おれの方へ一層近づいて、ハナサキが着ていたTシャツにあたってた。
「セート、」
ちいさな呼び声。
柔らかな笑みがセトに浮かんでいた。んんんん?あンた、まるっきりドーブツだな?
おれの匂いでもした?
「Seth,]
くう、と身体の力をぜんぶ抜いて預けられていた。
半身を折って、額に唇で触れる。
そのまま腕をまわして少しだけ抱き上げ。
ぴくん、と瞼が小さく動いていた。
「Seth,]
セェト、
「Wake up my little sleepy head,(起きろよ、オネムサン。)Let me kiss you(で、キスさせて)」
唇に口付けた。
うん、そろそろ。ステイツでもめずらしー、有料道路ってやつ、入るよ?
不意に、ふわりと瞼が開き。
とろり、とどこかまだ眠そうなアイスブルーが覗いた。
「Mornin'(ハヨウ、)御目覚めですか、イトシノキミ」
王子のセリフ?こんなモンか。
オハヨウ、セト。よく寝れた?
「……Darlin'…are we there already?」
んんんん、すっげえキモチイイ目覚め。
まだ夢を引きずってるような…ヤ、オマエに抱かれてたから、いい夢見たんだろうけど。
もう着いちまったの、とコーザを見上げて笑った。
んー…起きるのか、キモチガイイのになあ。
けど、夢じゃなく、オマエがいるんだし。
「ん、もうすぐだよ」
「ン」
すい、と身体を起こした。
さらさら、と頬を手の甲で撫でられてから。
窓の外に目をやった。
「あと、そうだな、7ー8分ってとこだ」
驚くほど真っ青な海が、窓の外一面に広がっていた。
くねくねとした道を、緩やかに車が進む。
「…ドーヴァとは大違い」
くす、と笑った。
真夏でない限り、殆んど灰色の空と濃い海とはチガウ、キラキラの海。
岩場や砂浜があって…ああ、イギリスって砂利なんだよね、海岸線。
「あぁ、カリフォル二アだしね」
「California dreamin'」
少し笑ったコーザに古い曲の一節を口ずさむ。
「20年後には水没エリアか?」
「んん、それまでにたっぷり堪能しとかないとなー」
すう、と車が曲がって、側道に入っていった。
「断崖絶壁、陸の孤島で精々愉しもうぜ?」
深い木立の中…ふうん?潮風対策はさすがに万全…おや、カメラまであるねえ。
すい、と軽く口付けられて笑った。
「ハメ外してはしゃいでも叱られねー?」
する、とコーザの頬を撫でる。
ンンン、ああ、すっげ…餓えてたんだなあ、この手触りに。
「なに?天使長でも来てンの?」
すう、と染み渡るようにココロが甘くなる。
にこお、と笑ったオトコに、ぎゅう、と抱きついた。
「降臨しちゃうヨ?」
「天使の町にホンモノが?」
「ここだからこそ降りやすいのかも」
さら、と背中を撫で下ろされて、笑う。
「オマエをいっぱい祝福しちゃうからナ」
「まあ、おれにはあンたがアークエンジェルみたいなモンだし」
そうっと口付けられて、ああマイッタ。
「ダーリン、アイシテルヨ」
笑って口付けを返す。
足元、タイヤが小石を跳ねていくパラパラって音がかすかに聴こえる。
「…さしずめ、この音は羽ばたき?」
あの羽なら、ばっさばっさ言うだろうか?
「セェト、ベイビイ」
「ン?」
くくっと笑ったコーザの額に額をくっつけて。
甘い色を佩いたキャッツアイを覗き込む。
「When I loved you that much, haven't you become a fallen ones'?]
あれだけ愛されたとき、羽は無くなっちまったんじゃないの?
すう、と笑みを浮べたオトコに口付ける。
「Oh, but you make me fly」
オマエがオレを飛ばすんじゃん。
「I thought you knew, hadn't I taken you up with me?」
オマエ、知ってると思ってたのに。オマエを一緒に連れてってねー?
じい、と見詰める。
なぁ、オマエと一緒に気持ちよくなって、あの高みまで飛んでるダロ?
「確かにネ、」
「ダロ?」
目を逸らさないオトコの唇を、つるりと舐める。
挑発?
うんにゃ。
楽しいレンアイの遣り取り。
「天使、っていうより、ううん・・・・」
醍醐味ってヤツ?
「なぁん…?」
ぺろ、と言葉を捜すオトコの唇をもう一度舐める。
ン、美味いね、オマエ。相変わらず。
つる、と舌先を捕まえられて笑った。
まだ考え込んでいるようなのを無視して、くちゅ、と吸い上げて甘噛みする。
んん、オマエの味だネ、コーザ。
「ンンン、」
喉奥でわざと甘い声。
くう、と絡ませて首をもっと、と引き寄せる。
項にする、と手を添わされて、ぴくっとしちまうカラダがおかしい。
つうか、スウィッチ・オン?
く、と唇を浮かせ。コーザがにこお、と笑った。
「わっかんねェわ…!」
「ふ、」
ふふふ。そっかわかんないか?
「コアクマ?とか思ったんだけどな、」
「Well, we've got quite a time, why don't you think about it for awhile?」
少し首を傾けたオトコに、笑ったまま口付ける。
まあ、ちっと時間もあることだし、なんだったらもー少し、オマエ考えてみな?
「だけど、微妙に違うんだよね」
「んー?」
なぁにがさ?
少し声が真剣みを帯びていた。
んん、オマエ、ロマンチストだからナ。
「女豹、とかいうなよ?」
笑ってジョークを唇に落とす。
「ん、セト、ガラ悪いからさ一瞬アリ?とか思ったんだけど」
「あっはっは!!」
に、と笑ったコーザの頭をぎゅう、っと抱きしめる。
「それも微妙に違うんだよ、」
「ふぅん?」
「だってさ?」
ああ、もう。もう少しで着いちまう?
まあいいや。
すい、とコーザの膝に跨る。
密着、ン、キモチイイネ。
「んー?」
なに、ダーリン?
「セェト、初心だし?」
に、と笑って腿を撫でられた。
「うわあ!!!」
思わず仰け反って笑う。
やー初心なのはショーガナイんだけどさ?
オマエしかオトコは知らないし?
喉にきゅう、と口付けられた。
「んん、」
笑ったまま、抗議なんだか甘えてンだか、な自分でも判断の着かない声を漏らす。
「オトコの理想を堪能させていただいてます、ありがとな?」
ふは。
思わず声を漏らす。
「オレも理想の、や、ちがうなー……」
ああ、今度はオレが言葉に詰まる番?
「んー…ヒジョウニ文句ナシのイイオトコを堪能させてもらってます、ダーリン、もっと愛して」
く、ともっと引き寄せられて笑った。
すう、とクルマが停止した。
…このままドアとか開けられちまったら、かぁなりヒンシュクモノ?
「セト、着いた」
首元に顔を埋めてきたコーザが言った。
「んん、じゃあ一先ずいちゃいちゃ保留?」
「すげえいいこと教えてやろうか?」
「なぁん?」
すい、と顔を浮かせたオトコの目を覗きこむ。んん、ああイマスグ喰っちまいてーっての。
「あいしてるよ」
にっこりと笑ったオトコに、抱きかかえられたまま車から降ろされた。
「うわあお!!」
笑ってコーザの首にしがみ付いた。あーもー……ま、いっか?
「ダーリン、オレも愛してるよ、」
誰かが玄関のドアを開けている音がした。
あーあ、いいのかねえ、こんな初顔合わせで?
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