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 ラゲッジは、後から適当に運ばせることにして。
 家の中のこととかも、まあ適当にあとからでいいよな?
 広い分メンドウだし。
 
 じゃあ、と。
 まっすぐに進んでいき。ドア口に立っていたルーファスに、ビーチまで行く、と声をかけた。
 バックヤードから、ガケを下る道があって、それがちょっとしたビーチへ続いている。
 所詮、国立公園みたいなモンで「プライヴェート」とは言い切れないが。ウチからしか行けないなら似たようなモンだ。
 
 「わお、挨拶はいーの?」
 「セェト、」
 とん、と髪にキスをした。
 「だからあンたさ、誰に挨拶したいんだよさっきから?」
 くすくすと上機嫌にわらう猫。
 「家のヒト。執事さんとかメイドさん一同とか。そういう習慣ないの?」
 「メイドなら見えないところにいるし、バトラーは付けてない。おれさー、」
 「んー?」
 すい、と腕に抱いたセトの顔を見下ろしてみた。
 「家に帰ると、あんまりヒトの顔みたくねえの、実は」
 「ふゥん?そうなんだ?」
 きらきらと、光りが弾ける瞳をみつめた。
 「そう、並んで挨拶、っての止めて貰ったんだどうにかね、」
 「ああ、そうだったンだ。や、オレが来るの、ミナサン知ってるんだったらソレでいいんだけどな?」
 
 じゃあオレのこと、いっぱい見てナ、そう甘い声が言葉を模ったと思えば、すぐにくるりと入れ替わる。
 「まあなんてぇか、ミナサンに不審者だと思われたらカナシーじゃねえの、と思っただけなんだ」
 「あー、だねぇ?コロサレチャウヨ」
 まさか、とわらって口付けた。
 「言ってないはずないだろ、」
 「ふふ、信用してるヨ」
 
 あまい声、おなじだけあまい濡れた熱がぺろ、と唇を滑っていった。
 「あぁ、ここにあンたの入れない部屋ってないから」
 テラスへ抜け出た。
 「うわ、別に探検とかしないよオレは」
 「歩いてく?」
 とん、と軽い身体を降ろしてみた。
 「ウン。ってビーチ?靴脱いでったほうがイイ?」
 「着いてから。ガケ降りてくからさ」
 ほそい小道のハジマリを指差してみた。みえねえけど、ここからだと。
 
 「オーライ、歩いてく。ガケ降りた下は砂?」
 「モントレーの地形をご存知で?」
 「太平洋に抉られて断崖絶壁?」
 バックヤードを抜けて行く。
 「はい、さようでございます。岩場の方が多うございますね、旦那様」
 バトラーにでもなってやろうか?気分転換だ。
 「あ、オレがダンナでいいの、ダーリン?」
 「いま、おれちょっと執事の気分だったんだけど」
 
 にひゃあ、と。
 ゴキゲンな大猫がわらった。そして、くるりと振り向き歩いていき。
 「執事よりダーリン・スウィート・ハートがいいよ、」
 何歩か先から、手を握っては開いて、早く来い、と言って寄越していた。
 「たまには?」
 わらって、追いかけた。まだ陽がおちるまではしばらくある。
 あぁ、でも。
 ちょっと風は強いかな。
 
 
 
 狭い小道を、手を繋いで降りていく。
 潮騒、甘く重い潮の匂いとともに、一歩ごとに密度を増す。
 「カルフォルニアって、全部砂浜のビーチだと思ってたよ」
 そういやロスにはバレエコンクールで来たっきりだ。
 「ノースはね、けっこう岩場が多い」
 「ふぅん、まあまだ暖かいのが嬉しいネ」
 「泳げないけどな」
 
 砂浜のビーチでゴロゴロ。それは別の機会に取っておこう。
 「足着けるくらいはー?」
 「ああ、でも」
 「うん?」
 「こじんまりした感じで、砂浜もあるよ、この下」
 「やった!」
 砂浜!うーわ、わくわくするねえ!
 
 「ブランケットとかるいピクニックバスケットでも持って。晴れたら行ってみる?」
 「いいね、ソレ!ピクニックは大好きだよ」
 おいしい紅茶とサンドウィッチ。
 「そ?よかった」
 「けどな?」
 「んー?」
 「オマエがいると、特別、格別」
 にひゃ、と笑いかけてから、崖を降りきる。
 コーザがくしゃんと笑っていたのが見えた。
 ラヴラヴ?イエイ。否定はしないぜ?
 
 「あ、ホントだ。砂浜じゃねーの、」
 とっとっと、と歩いて、砂に足を踏み入れた。
 くしゃ、って感覚…うーわ、なんか感動。
 結構粒が大きいんだな。砂って貝とか骨の細かくなったヤツだっけ?
 
 「海が好きなんだ?セト」
 優しい声に、靴と靴下を脱ぎながら見上げる。
 「やー?ちびちゃい頃に数回来ただけだから、すンげー久し振り!しかも砂浜は初めてだよ」
 「そう、」
 だってイギリスの沿岸はジャリ浜だからサ。
 
 声がやさしいまんまのコーザに笑いかける。
 「オレさ、バレエ中心の人生だったからねえ、遠出とか公演以外ではしなくてサ。スキーもスノボも止めたしね」
 「うん、」
 砂浜、うわー、足埋もれそう。
 「街では随分と遊んだけど、海はほとんどないよ」
 森と川縁だったら。ああ、テームズ川沿いの広い公園で、思わず踊ったね、オレは。
 
 さくさく、と少し近づいてくる。
 いい音だネ、それも。
 「そっか。おれはさ、」
 「うん?」
 「14までボード乗ってたぜ?」
 あはははは、とコーザが笑ってた。
 「それでな?」
 「うん?」
 うーわ、似合いそうだねえ?
 きっとモテタんだろう、悪ガキめ。
 
 くう、とコーザが目を細めて笑っていた。
 「フィンでここ、ざっくり切ったんだ」
 そう言って、左目の疵痕を指差していた。
 ううん、ま、そういうコトにしとくか。
 真相を必ずしも知る必要は無いしね。
 
 「あ、信じてねェな?そのカオ」
 「ボード乗ってるオマエ、きっとかっこよかったんだろうな」
 にかっと笑ったコーザに、肩を竦める。
 「オレは信じるよ、オマエのコトバをさ」
 オマエが必要とするならば、オマエが提示する"物語"をさ。
 
 すい、と視線を海に向ける。
 寄せては引く波は、随分と気持ちよさそうで。
 「オマエも来る?」
 白い泡を轟音と共に立てている水際まで走る。
 ズボン、だめにすっかな?
 まーいっか?
 記念だと思えばサ?
 
 コーザも靴をぽん、と脱いで、のんびりと歩いてきていた。
 なんだよ、付き合い悪いな、はしゃげよコラ!
 
 
 
 
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