波打ち際で、ひどくキレイな良き者が笑みを顔中に浮かべていた。
海流の関係で夏でも冷たい海水は、11月で少し陽射しが足りなくなっているいまならかなり冷たいはずなのに。

なにをしても流れるように美しい所作ていうのは一流のダンサアのもつ恩恵なのかもしれないけれど。
光にはじけてちる波の蹴られていった欠片だとか。
水際を海水の散った跡を作って走り回る様子だとか。
ずっとうれしそうにわらっている声や、たまにまげて膝に手を置く身体の線だとか。
打ち寄せて、そして引いていくのにあわせて波を追いかけて走ったり、だとか。

ふい、と思い出した。
むかーし、飼っていた犬。
あれも、ビーチこそ我が人生、って顔して。
よく、波乗りに付き合ってたなぁ、と。
ほんの、10年位前の話なのに。随分、遠くなったモンだけど。

「コーザ、すっげえ!」
きらきらと、惜しげもなく落下しかける夕陽にまあ照らされて。
おーじ様が天然のライティングつきで呼んでる。
―――フン。
結構ハードでもあったけど?ご褒美があれ?すげえ悪くないディール。むしろ、上出来すぎだよ。

「キモチイー、」
そうけらけらとわらって。
また波を蹴り上げていた。
あーあ、そんなにしちゃってさ?
そのスウェードの。折角あンたに似合ってたのに。

なんとなく、面白い気分で。近づいていった。
んー、まあ。
また着てもらえばいいか?似たようなの渡して。

ああ、機嫌よくわらってるな、と思っていたなら。
走り寄ってきて。ぴょん、と無邪気なくらいにいっそ子供っぽく抱きつかれてわらった。
抱きしめた。
「あーあ、足べしゃべしゃじゃねえの」
「いーんだ、だって言うだろう?」
「なん?」
軽く唇を啄んだ。
「ズボンは250ポンド、思い出はプライスレス、ってサ」

く、っと笑いが喉から零れていった。
笑みの欠片が乗った瞳を覗きこんだ。
ひどく近くで。
やわらかな口付けを送られて、思わず瞬きした。
「愛してるよ、アリガトウ」
そして届けられた言葉。
「――――セト、」
「ンー?」
どこまでもやわらかな色に蕩けるアイスブルーを見つめた。
「"セト"、」

ふわり、とどこか照れたような笑みが浮かぶのを間近で確かめる。
すこし風で冷たくなったハナサキが摺り寄せられて。その仕種がまるで猫みたいだ、と思っていた。
そして柔らかく、唇を啄まれた。
背中を腕にきつく抱いて。
「水遊びは終了?」
そう聞いてみた。

「ウン、冷えてきたし」
空気に溶け込んでいくあまい声だ。
くう、と両腕に抱きしめる。
「じゃあ、くっついて、次の計画立てようか」
頬に口付けてから言った。



「次、かー…」
コーザを見上げて笑いかけながら、呟いた。
ううん、次。楽しいね、計画立てるのってサ?
そうだなあ、もう11月だし。
ガーラの練習に入っちまうから。

「あ、コーザ。アレって座れる?」
砂浜に横たわってる巨大な流木を指し示した。
「ン?あぁ、もちろん」
「立って話すのもなンだし。座ろ?つかいい加減、足つめてーかも」
にこ、と笑ったコーザに、にゃは、と笑いかけた。
「ちょい待ってて。履いちまうから」

ざっざと砂の上を走るのは楽しい。
足、冷たい事は冷たいけれど、じんわりと感覚は戻ってきていて。
靴と靴下を拾い上げ、コーザの元に戻った。
「オカエリ」
「ただいま」
靴を両手に持ったまま、ちゅ、と口付けた。
ふにゃん、と笑うとさらさらと頬を撫でられた。
「うっわ、暖かいねー」
くい、と引き寄せられて、肩でくっ付いた。
そのまま流木に向かって歩き出す。

「もう11月だからね、」
「うん、そうだよナ。びっくり」
オンもオフも充実してると、時間が経つのが早いねえ。
「オマエに会えるの、指折り楽しみにしてるとさ?」
すり、と肩に頬を摺り寄せる。
「結構、あっという間」
な、オマエはどう?
長いと思う?短いと思う?

「ふうん?」
からかい口調が返ってきた。
お?なンだよ、異論かい?

コーザがすう、と音も立てずに木に腰をかけていた。
その隣に腰を掛けて、靴を片方に寄せる。
ぱらぱら、と小気味良い音と共に足から落ちていく砂に笑った。
手を伸ばし、足を曲げて。出来るだけ細かく砂を落とす。
スウェードのパンツは、いい具合に内側が濡れていた。
あーあ…ちと冷てぇかな?

ひょい、と足首を捕まえられた。
「おあ、」
オマエ、掌あっちぃねえ!!
とんとん、と砂を払われていく。
そして、ぺた、と手を押し当てられ、じわり、と湧き上がるように染み込んでくるコーザの体温。
うーわ、冷て、と。小さな声で独り言を言っていた。

「…オマエの手、キモチイイ」
今だけの感想じゃねーけどサ?
「そ?」
「ウン、すげえキモチイイよ、」
あーあ、なんかさ。それだけで満たされてきちゃうモンがあるよな。
ヤ、欲張りだから、それだけでマンゾクってわけじゃないけど。ショージキなハナシ。

パンツについた砂を軽く払う。
きゅう、と何度か掌の熱を移しこむように、足を包まれた。
そしてそのまま靴下と靴まで履かせられる。
「…ううん、小学校以来だね、これされるの」
笑う。
靴だけとかなら、まああるけどさ?
シューフィッターにとかな。

もう片方も同じ様にトリートされる。
You're treating me like a treat.
ゴチソウにでもなった気分。

「寒くない?」
「ダイジョーブ」
アリガト、とハグとキスをする。
ん?…んんん。寒くはないけどネ。
「でもくっ付いてるとキモチイイよな、」
ふふン。

コーザの膝の上に、せい、と足を跨がせて座る。
腰、すい、と引き寄せられて笑った。
うん、あったかいネ。
さて。続き続き。

「なー、次ってやっぱりクリスマスになっちまうわ、」
それまでオフはちょおっとムリだな。
「ガーラがイヴ辺りにあンだけどサ、その前に学校に顔出さないといけないし」
「だろうね、」
クリスマス前の試験、外部の採点者がオレなんだよね。先輩だから。
「それまで、オマエも忙しい?」
暮だしな、いろいろあるかな?

「ニューイヤーズイヴは?」
「あー…クリスマスの後で、1回アントワンにNYCで会わないといけねーんだけど。空けるヨ」
毎年恒例、実父様との会食。
アントワンも忙しいからねえ、それくらいしか会う日はないし。
「ニューイヤーは?」
同じ口調で訊かれた。
「空ける」
「なンかあんの、オマエ?」
「ん、表の方のビジネスのバカ騒ぎ。ご同伴願います」
「リョーカイ、」

にこ、と笑ったオトコに、笑って口付けでサイン。
「"アイジン"のお役目?」
「そ。で、ニューイヤーになったら、その足で飛行場な」
って、はぁい?
初日の出の追っかけですか、ダーリン?

「だけど、セト。ニューイヤーはいつまで空いてるんだ?」
「そうだねえ、いつも通り自己トレーニングはするけど、場所さえあればどこでもできるからな…」
ううんと…
「アジア飛んじまおう?だからもう一回、ニューイヤーのやり直し」
間近で、すっげえええ満面の笑みを浮べたコーザがいた。
「極々プライヴェートで、」

……おお?じゃあダッシュで行かねーとな?
ニューイヤーのやり直し。
ははン、そうだよな。年の初めっから「オシゴト」ってのは、悲しいモノがある。
「知り合いがね、去年かな。新しく開いたホテルがあるんだよ、けっこういいぜ?」
にこり、と笑っていた。
オマエの"知り合い"なら信用度は高いな。

「…一度、シャーロットとエディと、いればサンジのとこに顔だそうかと思ってたけど。折角だしナ?」
年内どっかで行きゃいっか。
「オニーサンは、14日まで、オマエのために空けるよ?」
目がすう、と笑ってたのに、にかり、と笑いかける。
「そっからロンドンに直帰しなきゃなンねーけど。マックス、14日まで」

「セト、なあ?」
「ん?」
「あのバカがベイビイ連れてどこにも行かないはずないと思うけどね、おれ」
「オトウト、ひでえ隠したがりだよなァ?」
やっぱり隠匿しちまうかなぁ?
「そ。だからセト、オトウトに会うなら年内じゃないと無理だろ」
にかり笑ったコーザに音を立ててキスをされる。
ん?んん?それって…?

「……オトウト、初仕事は?」
オマエだけなのか、お仕事は?
「実は。ニューイヤーズイブのバカ騒ぎ、ヤツも来るよ」
「じゃあサンジは独り?かっわいそー!!」
まあ、うん。あの弟が、新年だってことを気にかけてるかどうかは、
「はっずれ」
…って、ハイ?
「はずれぇ?」
どうすンだ、オトウトは弟を??

「ん。おれさ?あンたの弟くん。家に預かる約束してンだよ、パーティの間」
「…ふン?」
あはははは!と笑っているコーザの顔を見詰める。
つーか新年パーティの会場ドコよ?
「ホテルより安全だしね」
「あー、ホテルに独りはいただけないな」
サンジ、オレのかわいい天使チャン。
そんなトコに置いといたら、精神的窒息死しちまうわな。
それとも少しはマシになったんだろうか、あのワイルドチャイルドは?

「…じゃあなに、ルーファスが子守?」
「イエス」
「ぶふっ、」
イメージ。
カタブツのドーベルマンと、ふわふわ笑顔で恐いもの知らずの天使チャン。
「モニタで見たいよマジ。きっと見ものだぜ?」
「うーわ、見てみてェ!!うーわ!!」
けらけらけら、と仰け反って笑う。
つーか笑うっきゃないっしょ、そのイメージ!!

「るーふぁーあすぅ、がぁんばれよう!」
ふざけて海に向かって叫んでみた。
喉元に音を立てて口付けられて、意識を戻す。
「つーかさ、パーティ会場、どこ?こっちサイド?」
「ん、そう」
「飛ぶ前に、オレも弟に会えるかナ?」
途中、こっそり抜けてサ?隠したがりのオトウトに、ナイショで。
うっくっく、と笑いが込み上げてくる。
うーわ、なんて楽しいパーティ!!

「あ、そういうのも得意技、おれ」
「よしゃ!段取りは任せたぜ、ダーリン!!」
イリーガルトラフィック、とケラケラ笑って言ったオトコに音を立てて口付ける。
うんうん、頼りがいがあるぞ、オマエ!!
「ダーリン、最高。オマエってすげェイイよ!!」
ぎゅう、と抱きしめて笑う。
ああ、マジで。

「ウウン……セェト?」
「なぁん?」
上機嫌な声に、上機嫌なオレが返す。
「いまさらそれかァ?」
わざと作った、と解るぶすくれた表情。
「コーザ、ダーリン、オマエが最高、世界で一番愛してるよ」
ぶすくれたままの唇に、うちゅう、と音を立てて口付ける。
「もう何度でも惚れ直すよ、スウィート」
アイシテルヨ、コーザ。

「That's better(それでヨシ、と)」
ハハッ!!かぁわいいオマエ!
目がきらっとしていた。
「セェト、」
ああ、もう。
「新年、楽しみだなあ!」

ぎゅう、と抱きしめられて、顔の横に頬擦り。
ああ。ゴロゴロ喉を鳴らせるモンなら鳴らしてみてェわ。
「そこのヴィラ、もし気に入ったら買ってやろうか?ニューイヤー・ギフト」
「…そうだな…毎年新年はそこに決定しちまうか?」




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