例の偽造アイジン騒動で、冗談も程ほどにしろよ?と言っていたのが。
『いい、セトのメール、読むよ?』
サンジのひどくたのしそうな声がする。
す、っとひとつ息を吸って。ああ、本気で読む気だぞこれは。
『"今度はジョークじゃないよ。契約アイジンのハナシも終了、オレたちの間ではね?頭の良いベイビィのことだから、
相手解るかな。そう、コーザ。オマエのダーリンのキョウダイだ。ずっとダチでパトロンでアイジンだったけど、今度からは
ダチでパトロンでコイビト。"だって!!』
あの、バカからのデンワで悪夢を聞かされてたが。まさかホントだった、ってわけか??
「サンジ、」
声がかってに低くなった。
『セト、すっごい幸せなんだって!!』
「おまえのアニキ、そういう冗談言ってくるヤツか?」
ふわんふわんに浮かれた幸せそうな声に訊いてみた。
「ウン?ジョーク?ありえないよ」
ジョーク?ああ、契約アイジンってハナシはジョークだったけどね?
「ああ、ちょっと待って、続きも読むから」
メーラをスクロールする。
ええと。
「"レンアイってたのしーな、久し振りにそう思うよ。くったくたになるまで愛し合ったりなんかして、なぁんかガキみたいに
恋してるよ。運命の網の片端を寄越してくれたオマエとオトウトに大感謝。おかげでニーチャン幸せダヨ。"って書いてあるし」
ジョーク、なんてアリエナイ。
ああ、オレだってびっくりしたけどね?
ジョークでここまで嬉しそうな感情は伝わってこないもん。
「思い切り、本気だと思うよ、ゾロ、」
ふふふふ、と笑いが込み上げてくる。
「嬉しいよね、幸せだって!!」
『――――――Jesus,』
ゾロ、ううん、戸惑ってるのかなあ?
『本気かよ……………!』
「オレ、もう嬉しくって!セトの恋人が男性だっていうのは、ビックリしたけど。でも、アナタのキョウダイなんでしょう?」
ふふふ。きっとゾロみたいにかっこいいんだろうな。
『キ印だぞ?これ以上は無いくらいの――――――――あー……、』
…キ印?
「キ印ってなに?うん??」
ゾロ、なんかすごいコトバに詰まってる??
セトの恋人になるくらいだから、きっとすっごおおおいスペシャルなヒトに違いないと思ったのにね?
どんなヒトなんだろう?
『笑顔で世の中騙して渡ってきたような妙に人当たりが良いくせに容赦ねぇし、いい加減だわ、飽きっぽいわ、
おまけにバカみてぇに――――』
「…え?」
え?え?ちょっと待って?
「……ええええ?」
笑顔で騙す?容赦ない?いい加減?飽きっぽい?おまけにバカみたいに???
それってどういうヒトなんだろ?
というか、あのセトが恋人に選ぶくらいだよ?
…まさか。
「ゾロ、コーザさん、嫌いなの?」
『……愛情不足、ってヤツ、慢性の』
…愛情不足?
「…言ってる意味、よくわかんないよ、ゾロ」
あァ?と少し苛付いた声が電話口で言ってきた。
「オレ、コーザさん、知らないけど…兄貴がスキになったヒトだから、きっとイイヒトだと思ってたのに。チガウの?」
サンジの声が微妙に揺れた。
―――――あ、しまった。言い過ぎたか?一瞬思った。
サンジ曰く「イイヒト」の定義がいまひとつ微妙にわからねぇけど。
「あのな?サンジ、」
『…なに?』
なるべくサンジに伝わる言い方を考えてみる。
おれの普段の物言いならば、余計混乱させるだけだろう。いい加減だが、バカみたいにまっすぐなところもあって
勝手にへこんでまた勝手にわらってるようなヤツ、だとか。
来るもの拒まず、のくせしやがって本命にはずっと振られオトコであげくの果てはコイビトを一度死なせてから余計に
愛情過多になったバカだ、とか。
ますます混乱させちまうな。
サンジの声が沈み始めてた。――――ヤバイぞ。
妙なことを考え始める前に――――
うー。
もしかして、ゾロは…。
『いいか?』
電話口で少し強い声が聴こえる。
感情を落ち着けて、ゾロの言葉を待つ。
『なんでもいい、とにかくオマエの好きな血統書つきのでっかい犬、それを考えろ』
…犬?
『イメージしろよ?』
オオカミでもいいのかな?でも犬指定だし。じゃあ、ピレニーズ。
エマの毛並みを思い出す。
「イメージした」
『エマはダメだぞ、イメージじゃねえ、あのバカの』
「え?」
なんでわかんの、ゾロ?
「うー、じゃあええっと…ジャーマン・シェパード?」
『あー、まだ近いな』
「シープドッグは?」
『微妙に違う、』
「ハスキーハウンド?」
『それより微妙にでかいな、どっちかってとウルフハウン……………じゃなくてだ!』
え?狼犬???
なに言ってんだおれは!!と言い出しそうなゾロの声に小さく笑った。
「ウルフハウンドも大好きだよ?」
『わかった、じゃあソレでいい。とにかく、それがな?』
「うん!」
ふう、と息を吐いてから、ゾロが話し出した。
『それが、にっこにっこにっこにっこ毎日毎日おまえのこと下から見上げて好きだ好きだ言ってくるの、想像してみろ』
想像する。
じいっと見上げて、目がきらっきら。
舌を出して、鼻先を上げて。
「うん、した」
すっごいかわいいね!!
『うぜぇだろうが』
「ええ?かわいいよ!!」
なに言ってるの、ゾロ?かわいいじゃないか!!
「尻尾ばっさばっさ振って見上げてきてくれるんでしょ?すっごいかわいいよ?」
『で、それがぺた、って頭膝に乗っけてくる。イメージできたか?』
「うんうん!!」
うわあ、すごい!!うわ、愛情のあるコだなあ!
頭の中でウルフハウンドがゾロの言ってくる通りの姿勢を取ってるのを想像する。
『けどな?兎まるごと食ってきたから顔汚れてンだよ』
嫌そうな声だねえ、ゾロ?
「兎食べたら血糊顔付いちゃうよ?そりゃそうじゃない」
オレだって、生で食べてた頃は鼻先からほっぺたからなにまで血でいっぱいになったもんだよ?
『バカだから忘れてンだよ。で、ぺた、ってくついてから思い出すんだ。小突きたくもなるだろ?』
「そう?お腹いっぱいになった?って訊きながら毛繕いしてあげたくならない?」
毛並みを舌先で整えて…オレは手があるから、手でそれを拭って。
『はぁ?!』
あれ?
…うううううん?
あ!!そうか!!!
「もしかして、コーザさんて、オレみたいなヒト???」
しまった、ぜんぜん通じてねえ………………!
思わず、エフワードを噛み殺した。
アレがおまえと一緒??ありえネエだろうが。
『森で生活してたの?』
「違う、あのバカはオンナとクラシックカーと波乗りがすべて!!みてえなバカ」
『あ、なーんだ。フツウのヒトなのか』
だったんだよ、18くらいまでは、と付け足した。
『ふぅん?』
オマエみたいオオカミ少年がそうそういるか、とも。
『うううん、やっぱりオレってフツウじゃないのか、』
「おれが言いたかったのは。そういう過剰な愛情表現をしでかすバカで、それを怒ろうと思ってもああいういぬっころ連中
みてぇなごめんごめん好きなんだ!ってカオでぜんぶ許されてるようなバカオトコだってことだ」
一気に言い終えて息が切れかける。クソウ。
コーザ、てめえ。覚えてとキヤガレ。
『……うん???』
「うぜぇから止めるならいまだ、ってあのビジンに伝えとけ」
「えええ?止めないよ!4年ぶりにできた恋人さんだし。恋をしてるセトを、止められるわけがないよう」
前の彼女さんを思い浮かべる。
パリッ、キリリッ、でグラマラスなオンナノヒト。
結構恐かった。
『バカの見た目で騙されンだよ、大抵のヤツは―――』
溜め息を吐いているゾロに、ううん、と唸る。
「けどね、相手があのセトだよ?顔だけで騙されると思う?」
『まぁ、オマエのアニキならそんなことねぇだろうけど、』
「うん、そんなことないねえ」
セト、オレには優しいけど。
どこか心の中、すごく厳しいところがあるから。
『―――――サンジ、あのビジン、』
「うん?」
兄貴を思い出していたら、酷く嫌そうな声でゾロが、構いたがりか?って訊いてきた。
「んーとね、セト、バレエダンサーでしょ?バレエがどんな時も一番だから、構いたがりでも四六時中ってことはないよ?」
むしろ、会えない時間だけはせめて、って感じで集中してるけど。
『その代わり、構えるときは限度なし?』
「ああ、うん、その通りだね」
すっごい惜しみなく、コトバも動作も差し出してるね。
『―――――――――――――――――――――――サイアク、』
「ええ??なぁんで?」
ああ、でも。"重たい"のかなあ?
セトが、振られる時によく言われた、っていう言葉。
"愛されてるのかそうじゃないのか、わからないわよ!"が二番目。
『そういう種類の愛情が、あのバカの理想なんだよ……!』
「…理想?じゃあ何が問題なの??」
ああああ、もうダメだサイアクじゃネエか、と言っているゾロに訊いてみる。
オレにはお互いがいいなら、それでいいと思うけどねえ?
『サンジ。上機嫌なバカの惚気に付き合わされるおれの身にもなれ』
「惚気?ってどんなの??」
う?そういえば、オレもよくサンドラとかタカフミとかに言われるなあ、それ?
『―――――――あぁ、もういい。機会があったら直接聞け。』
ウン、そうする。
あ。そうだそうだそれで。
「ねえ、ゾロ?」
訊かなきゃいけないことがあったんだった。
『―――――ア?』
うん?ゾロなんで声が疲れてるかなあ?
「"くったくたになるまで愛し合ってる"って書いてあるんだけどね?コーザがオレみたいにふにゃんふにゃんになるのかな?」
『オマエたちがキョウダイだって事はよくわかったよ、って――――――――ハ?』
「だぁから。オレみたいにふにゃんふにゃんのとろとろになるの???」
『――――――――――――っぶ、』
ほあ?
笑われた???
ナンデ?
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