扉の向こう側に、第3弾の第1陣が見えた。
見覚えのあるカオが1人。以前セトに紹介された覚えがある、酷く人辺りの良い笑みを浮かべる男、たしか―――
あぁ、サイモン。職業は、……忘れた。

セトの肩越し、オトコノコが2人、オンナノコが3人。かつ、と耳あたりの良いブリティッシュ・アクセント。
僅かに緊張してでもいるのか、何秒か固まっていたがどうやら舌が動き出したらしい。
――――妙なカタマリ具合だったけれども。
目だけが高速でセトとおれの間をいったりきたり。ううん?セイショウネンに悪いオーラでも出してるか?まだまだだろ、
キスもしてねェのにね。

謁見の始まり。
サイモンが、たすけてくれ、とでも言いたげな眼差しをおれに投げてきた。
少しばかり口端を吊り上げて、挨拶をしてみる。

ショウネンショウジョに少し加算した年恰好のコドモたち。
きらきらと憧れと喜びで一心に見開かれた瞳で自分たちの「プリンス」を見つめている。
崇拝の対象。
さもありなん、セトは超一流だ。

あーあ、サイモン。なにおれが「いないこと」にしようとしてるんだよ。苛めるぞ。



ブリティッシュとスコティッシュのファンのコドモタチにバイバイと手を振って。
サイモンが、"セト?"と眼差しで訊いてきたのに、にっこりと笑みを浮べた。
何をしているかちゃんと解ってる、御心配無く。
"オマエがそう言うのなら"と肩を竦めたサイモンに、ひらひら、と手を振る。

そのまますかさず近づいてきた、芸術監督のアーカディと、振付師のJJ。
中に入って、と腕で示して扉を閉めた。
「セト、素晴らしかったよ」
アーカディからキスとハグ、ロシア・スタイル。
「今日はいつもより跳んでいたね、」
JJからもキスとハグ、こちらはあっさりとローカル・スタイルで。
「アリガトウ、つい楽しみすぎちゃった」
笑って返したコトバの中に込めた、反省点は解っています、の自戒。

「ヴィックも解っているだろう、最終日はオマエが視線を攫っていくってことを」
アーカディが、笑って言った。
JJがちらりとコーザを見遣る。手を挙げて、挨拶。
彼らとは、コーザはもう馴染みだ。
オレの楽屋に、アタリマエのように居ることを、もう受け入れてくれている。

コーザがにこり、と笑っていた。
躾のイイ狩猟犬、礼儀代わりに尻尾を左右に一振り?
あーチガウか。ガードドッグ?
少なくてもアイガンドウブツという風情じゃないけどね。
いまのオレの愛の対象だけどサ。

暫く、彼らとコトバを交わした。
最終日、ハネた直後、彼らがくれるのは褒めコトバのシャワー。
反省は明日から。
次にする演目はほぼ決まっていて、そのことについても少し意見を交わした。
それからやってくる、この質問。

「今日のアフタパーティは、ラ・ガルーダだよ、セト」
「ああ、そのことだけど、アーカディ」
心底ゴメンナサイ、という顔を造る。
「今日は跳びすぎちゃって、できればマッサージを受けに行きたいんだ」
JJが、さもありなん、といった風に頷いた。
「セトは今日、本気で跳んでいたからな」

アーカディがちらりとコーザに視線を移していた。
オレも振り返って、物柔らかな雰囲気を纏ったまま静かにソファに座っているオトコを見遣る。
コーザの少し冷えた光を湛えた目が、アーカディに合わせられて。唇が、く、と上がっていっていた。

「良いものを見せてもらいました、」
静かに、気品すら漂わせる口調でコーザが言っていた。
にこり、とアーカディが笑った。
「ミスタ・ヴァリアルドはいかがかな?セトの大事なスポンサーだ、アフターにはいつでも歓迎ですよ?」
「ありがとう、」
「アーカディ!」
JJとコーザが同じタイミングで口を開いた。
にこお、と笑ったコーザに、失礼、とJJが頭を下げた。

「ですが、むしろプリンシパルを目的の場所まで連れていってやりたいですね」
ウンウン、とJJが頷いていた。
「むろん、セトが許してくれれば、ですが」
にこやかに言ったコーザに、思わず笑顔を向ける。
You take me to heaven, I, in your arms.(天国に連れてってくれんだろ、オレを、オマエの腕の中で。)
思わず過ぎったコトバ。
明らかに、愛しいです、という微笑みが返された。
コラ。勿体無いから見せるなよ。

「オレもタクシーよりは彼に送ってもらいたいですから」
アーカディとJJに向き直る。
「プリンシパルが欠席するのも失礼なハナシかと思いますが」
「いや、体調管理が一番大事だからな」
JJがにこり、と笑った。
「そうか。それじゃあオツカレサマ、」
アーカディが、残念そうにハグをくれる、
「次のプログラムのブリーフを5日後にする。トレーニング場はいつも通り開いているから、いつでも顔を出してくれ」
すでに知っている事項の再確認。
「しっかりと休んでくれよ、セト」
「もちろんよろこんで、アーカディ、アナタも」
ハグ、キス、にっこり笑顔。

「体調、悪くなるようであれば、ドクタ・ブライトリングにアポをとりなさい」
「ドクタ・チェンでもいいのかな?」
「ああ、もちろん。ああ、そうか。キミの担当はドクタ・チェンか」
JJに頷いてみせる。
ハグ、キス、にっこり笑顔。
「それじゃあ、5日後には会おう」

揃って出て行くのを見送る。
一度バイバイ、と手を振ってから扉を閉めた。
もう、誰にも会う必要は無くなった。
シャワー…うー…浴びたいけど、化粧だけでいいや。

「セート、」
笑い声が混じったコーザの声に視線を向けた。
「オツカレサマ」
「You have 4 nights to make trip to the heaven with me、」
にっこりとしたコーザに、にやり、と笑ってみせる。
"オマエ、オレを天国に連れて行くのに4日分の夜があるぞ、"と。
「With my honour、」
にぃっとした笑みと共に返されたコトバ。"ヨロコンデ"。

「だけど早くすっぴんのカオみせて」
「うん、オレも早く落としたい」
「その衣装も取っちまって」
「取るのはいいけど、シャワー、あとでいいかな?」
「モンダイあるはずねぇって」
「汗臭いぞ〜?」
雑な口調にからかい口調で返す。
「官能的でよろしいかと」
「あーあ、」
参ったね、そう来たか。

「オマエ、」
にかり、と笑いかける。
「んン?」
「ホント、遊びまわったナ?」



「セート、」
歌うように言って返した。
「なぁん?」
「"おれ"だよ……?閑にしてるハズねェって」
「んー、偉くないけど偉い!」
わらった。
際限がないくらい、愛情にちがいないものが充たしていく。

セトが慣れた手つきで、立ったまま舞台用の化粧を落とす準備を始めるさまを鑑賞している間にも。
んー、ちょっとくらい、いいか。
反動をつけずにソファから立ち上がり、その後ろまで行き。項に落ちかかっていた髪を払い除けて唇で触れた。
あまい肌。

「待ちきれないか?」
「んー、そんなことない」
おなじほどに甘い声が聴いてくる。
「ただ、」
「前戯、ここからスタート?」
からかい口調で言ってくるのに。立ってるだけ、っての勿体無いだろ。そう返した。
「それに、ここからなんて。そんな勿体ナイことするかよ」

耳もとまでキスを移し。
「ん、くくっ、」
広めに取られた襟の開き具合が、実にセクシィな「コンラッド」が、鏡越しに笑いかけてきた。
「はーやく、化粧落とせって」
「あんまり煽るなよ」
耳もと、声を落とし込む。

すう、と腕が上げられ。肌の表面をコットンが撫でていく。
「弟くらい肌焼けてたら、ドーランいらなかったのにな、クソ」
右腕の邪魔にならない心臓の側から、腕を前に回しながら。セトが言うのを聴いていた。
鏡の中のカオは上機嫌な笑顔だ。
「ふうん?」
指先で、ゆるく留められていたあわせめの紐を引いた。
あっさりと、それは緩んでいく。

「うーわ、ドキドキしやがる」
「うん、確かに」
開かせた前から手を差し入れて、鼓動を掌で確かめた。
ううん、ちょっと姿勢にムリがあるね。
「腕、ちょい上げて」
返事を聞く前に右手を差し入れて、左腕は着替えの邪魔をすることにした。抱きしめとく。

「おおい、コーザー?」
「んー?」
「脱がしてくンないのー?」
笑いを含んだ声。
「あ、あとちょっとな」
「なン?こういうシャツスキなのか?」
「あンたの匂い堪能しンの。」
「うーわーオマエなあ!!」
くすくすと笑いながら、すっかり化粧を落としたセトが今度は盛大にケラケラわらっていた。
「もうちょっと恥らえ」
笑みを浮かべたままで言葉を綴り、きゅう、と目が細められる。
キレイな豹だな、と。また思った。

「4日か。微妙に足りない日数だ」
「天国へヴァケィションに行くのに?」
「そう、全然足りない」
つ、と首筋を舐め上げる。
「オマエ、大変だね?」
「なにが、」
「Night flight to heaven, you're my capt'n」
"天国へ夜のフライト、オマエがオレの操縦者。"
シャツの紐を解いて遊んでいる隙に、挑むような笑みがセトに浮かび。視線をあわせたなら。
―――――天国への夜間飛行か。
なんてェセリフだよ、大反則だっての。
一瞬、心臓が止まるかと思ったぞ。

みつめた。
そうしたなら、唇の動きだけで言葉が模られ。溶け込んでいった。
「Take me、」
連れてけよ、と。
「セト、」
「なぁん?」
甘く挑んでくる目が、あわされる。鏡越しに。
肩に手をかけて、向きなおさせる。
一瞬のインターバルで、視界が金色の光りで充ちる。
美しく描く弧。ヒトの身体がここまでも優雅に動くことが、俄には信じられない。未だに。
「あンた、奇跡みたいだ」



「うーわ、」
声に届いた甘い声。
見詰めるキャッツアイ、スキダヨ、って書いてある。
「いっぱい味わえよ、オレの守護者(ガーディ)」
「あぁ、有難くイタダキマス」

さらり、とシャツを脱がされた。
汗の引いた肌、心臓の上。さら、と唇で触れられた。
「奇跡の果物はオマエのものだから、」
コーザの砂色の髪に口付ける。
「食って、伸ばせよ、運命の糸の長さ」

きゅう、と抱きしめられた。
くう、としなやかな動作で、身体が起きた。
空いた両腕でオトコの頬を包む。
「足掻くさ、」
「足掻け、見苦しくても」
音を立てて、穏やかな笑みを浮べた唇に口付ける。
「褒美に、何度でも果汁でオマエの唇、濡らしてやるから」
啄む。
「実に美味そうだし、実際美味い」

あーあ。
重症、訂正箇所一個。
にかりと笑ったオトコに。
I believe myself to be madly in love with。
クルッタミタイニ恋シテル。

「あークソ、コーザ、手ェ離してくれ」
ヤバイ、マテナイ、いますぐクイタイクワレタイ。
「ああ、着替え。ウン、ヤバイな」
するり、と衣装を手早く落とす。
着替えの服を手渡されて、着替える。
スリムジーンズに、白いシャツ。
「完璧、」
「あー顔ぐらいは洗うぞオレは」
「それくらい待てるさ」

笑って脱ぎ落とした衣装を手に取った。
そして出してあった洗顔道具一式。
ぎゅう、と背中越しに抱きしめられた。
「―――――なんてな?」
くくって笑ったコーザの肩口に後頭部を擦りつけた。
「ダァリン、オネガイ、パックして待っててくれ」
アマッタレ口調。
にこり、と王子様の微笑みを一つ。
「あークソ、車でオマエを食い始めちまいそうだ」
裏腹に物騒なコトバを漏らす。

さら、とデニムのフライフロントに触れられて、うン、と甘い吐息が勝手に落ちた。
にっこり笑ったオトコが、するりと離れる。
「おれのセリフ、それ」
ふふん、忍耐比べ開始か?

笑って、ドアに向かい様、ふと思い当たった疑問を口にする。
「いつものホテル?」
昨日過ごしたホテル、あそこへ戻るのだろうか、と。
「セトの部屋ってのも魅力的だけど。悪ィ、諸般の事情により同じところで」
「そか。まああそこのマットレス、結構固さが好みだし」
にぃ、と笑みを吊り上げる。
「ふうん?寝る気だ」
「寝かせてくれる気があったのか?」
くい、とコーザの長い指が唇を撫でていった。
「まさか!」
ああ、そうだろうなあ。
出会ってから1年近くか?オマエは我慢してたもんなあ。

「…あそこ、下にプールあったよな?」
「あるよ、」
ぱくん、と一瞬その指を咥えた。
「泳ぎたい、と」
「ジムもあったよな」
「そしてワークアウトもなさる、と」
「そしたら、家に帰る必要ないダロ?」
ストレッチは、あのバカ広いリヴィングのフロアでもできる。
「いいけど。あ、ちょい待ち」
すい、と離れて電話を取ったオトコに言う。
「空いてる時間あったら入れとけな?顔洗ってくる」

荷物を持って、するりと外に出る。
廊下、まだ人がたくさん残っていて。
すい、と視線を向けられて、にこ、と笑いかけた。
にこ、と条件反射で返ってくる笑顔が、いつも鑑賞しがいがあると思う。
そのままで、フリーズ。

「みなさん、オツカレサマでした!」
にこやかに、朗らかに。いっそ明るく言い放つ。
「また次頑張ろうな!」

花道みたいに両サイドに立ち尽くす名前を知ってる人たち全員の名前を呼んでいく。
知らない人には、特別"王子様"スマイルを。
今夜、アフターには顔出さない分。
前払い、だ。




next
back