ケイタイを切り。ここまで届く外の気配に笑みが浮かんだ。
イースター・パレード、女王の謁見、天使の降臨、なんだっていい。そういう気配。
華やか、という単語に尽きるのか。プラスの思考が集まり容を取る。
馴染みのものとは正反対のソレ。

まったく、因果なものに惹かれるモンだ、ヒトってのは。
ナイモノねだり?まあな。
けど、手に入ったんだからショウガナイ。
奇跡だと思って大切にさせてもらうさ、―――そうだな多分。何よりも大事に。

ざ、とバックステージを見回す。
おれのいた形跡は、ゼロ。オーケイ、上出来。
セトの、通ったあとのきらきらと金粉が残ってでもいるような色濃い気配だけだ。

そろそろ、あのドアが開くか?
あぁ、近づいている。
扉の内側。ドライヴァに、あと1分で向かうと告げ、ケイタイをもう一度切ったところでドアが開いた。
すっきりとした水の匂いと、にこやかな笑みが「王子様」に浮かんでいた。
流れ落ちる前髪はすっきり上げられている、洗顔終了、ってところだな。
あぁ、だから。王子がタオル首からかけてるし。
わらった。

「Welcome back, my prince」
「My lord,」
優雅に一礼し、背が伸ばされる。そして、露わな額にわざと音を立てて口付けた。
にひゃあ、と。
上機嫌なネコ笑いだ。
髪に指を絡め、そのままパイル地のヘアバンドを取り落とす。
絹糸の束が流れるのと同じ速さで、解かれるそれに指を絡める。

「報告、」
目元に口付ける。
「おー?」
「プールは4日、貸しきった。いつでも使えよ」
「うーわ、ゴージャス!」
「ジムは、午前か午後か。これはさすがにファシリティからクレームが出るから、どっちかだけな」

オマエもおよげ、と言ってきていたのが、ジムの話で満面の笑みになった。
「ラジャ、」
そして、付け足す。
「午後にしよう、朝起きる自信ナイ」
「オーケイ」
「あ、それから。ホテルにまた電話するなら、ついでにルームサーヴィスも」
「リョウカイ」
笑みを返す。レイト・ディナーにどこかへ寄ってくまでの余裕はおれには皆無。まったくモンダイねェよ。
「エネルギー切れるからなんか腹に入れないと、」
「賢明な選択ですな、王子。私もアナタを離せる自信はアリマセンとも」
に、とわらっておれも追加する。

ふふん、とセトが自慢げにわらっていた。
ごく僅かな身の回りのちょっとしたものだけをぽんぽん、と放り込んでいき。
扉のそばでセトのそんな様子を眺めていた。花束とプレゼントは一旦カンパニが引き受けるのだそうだ。
おかげで花が絶えない、といつだったかさっきのJJが言っていたこと思い出した。

「セト、」
「なぁん?」
ジャケットとサングラスが、ぽつねんと取り残されかけているのを目で示せば、あぁ!とでも言う風に笑みを浮かべると
取り上げ、すい、とサングラスをかけていた。
「どうやらオレはメドゥーサになったらしい」
「ん?」
促して扉を開ける。
たしかに、あンたが蕩け出しそうな笑みを浮かべちまったなら予期せずそれをうっかり見ちまったニンゲンは固まるだろうさ。

ざ、と。視線がいっせいに集まった。
王子様の出待ち?
見慣れてはいても相変わらず奇妙な景色だ。
肩から荷物を軽く下げたセトがにこにこと手を振ってその真ん中を通っていく。
セトの背中を追い縋っていた視線が、なぜかこっちまで飛び火するのはなんでだかな。ぱあ、と一旦セトにすべて視線が
流れて、それが、ざ、と戻る。

「失礼、」
こっちもサングラス越しに目礼をして両脇に並んだ「お花」の真ん中を通り向けて行く。あぁ、くそう。
コレがファミリに知れたらかなりなヒンシュクだが。けどまぁ、―――もう今更でも在る。

上げた目線の先、セトが廊下の端で振り返っていた。
にひゃ、とまた王子の癖にネコ笑いだ。
「Hey, buddy, come on!(早く来いよ、)」
手招き。
「Certainly,(わかったよ、)」
応えてはみるが。追いつき、腕を掴まえすこしばかり引き寄せ。
声を落とした。
「けど、イクのはあンたダロ?」



イタズラな光を見返した。
クソ、いまここでキスしてやりてェ。
ガキみたいな気持ちが湧き上がる。
「オレだけじゃねェだろうが」
耳に直接、落とし込む囁き。
背後で、ざぁ、と湧き上がる感情の嵐。

「そりゃァ。見てるだけでヤバイだろうね」
「ふふん、クソ、楽しみだな」
にかり、と笑みを浮べたオトコの目に、同じ感情を見出す。
くるん、と振り返り、一礼。
「オツカレサマでした」

嬌声が聞こえる前に、ドアを抜けた。
すたすた歩いて、警備員がいる場所で貴重品を返してもらう。
「オツカレサマでした」
「良い夜を」
顔馴染になった警備員に、一つ、スマイルを。
くっと喉奥で笑ったコーザの脇腹を突付いて、地下駐車場に向かう。

黒のロールスロイスが、目の前に滑り込んできた。
パティションで区切られてるかな?
ドア、コーザが開けて。そこへ滑り込んだ。後からコーザが乗り込んで。
バタン、密室の出来上がり。

広いシートに荷物を置いて。
するり、と滑り出した車の動きに合わせて、コーザに向き直った。
と同時に、引き寄せられて、笑う。
「ハラヘッテキタ、」
口付ける。
「バッテリー切れそう」
また口付ける。
「用意させてるからさ」
するりとグラスを取られた。
唇、啄まれる。
「偉い、コーザ」
「あンがとよ」

笑った口の容のまま、下唇を噛む。
に、っと笑ったオトコの首に両腕をかけて。
「恋してンな、オレたち、」
ぺろり、とその痕を舐めた。
「あー、否定のしようがナイ」
舌、コーザのものに捕まえられて、喉の奥で笑った。
ティーンエイジャみたいな口付け。
ホテルに着く前のアペレティフ。

弄って、弄られて。
吸い上げて、吸い上げられて。
すう、と大きな掌が遠慮無く腰を堪能するべく動き回るのを感じる。
キツいデニムの中、反応するパーツの元気の良さに、我ながらあきれ返る。
喉奥で笑って、口付けを解いた。
角度を変えて、何度もプレス。
指先がデニムの中に潜りかける度に、甘い声が勝手に上がる。

「好きだよ、コーザ」
吐息に囁きを混ぜる。
すい、と背もたれに頭を押し付けられた。
「理由は、あとで聞くかな」
「なんの?」
「ん?それはアトデ」

オマエをスキな理由、か?
参ったね、答えられるかな?
ありすぎて困っちまう。

「ちょっと、いまは。セトの中食わせろ」
「は?中?」
中ってどこだ?
に、っとして。噛み付くようなキスをされる。
ああ、まあ長い間待たせたしな。

「オーケィ、ガーディ。コントロールできる範囲で」
守護者じゃなくて、守護犬か、やっぱり?
尻尾、ばったんばったん、間近でキャッツアイがきらっと光った。
「さーすが、セト」
「任せた」
ちゅう、っと口付けて、主導権を渡す。

中?Inside?どこのことなんだろうねえ?
とか思っている矢先に、器用にシャツのボタンを外されていく。
「残念ながら、ちょっと外味見するくらいだな、どうせ着くし」
ほんとうに残念そうな声。
「スリムだからあんまり煽ってくれるな、歩けなくなる」
笑ってオマエが欲しい、と反応しているものがあることを、暗に告げてみる。

す、と胸元に唇の感触。
はむ、っと立ち上がった小さなピンクを咥え、ちらり、と視線が上げられた。
「あ、そしたら抱えていこうか?」
歯の間に挟んで何を言いやがる。
クスクスと笑った。
反対側のは、指の腹で押し撫でられて、思わず呻き声を漏らした。
「それでもい、けど…ッ、」
舌先で跳ね上げるようにされて、息を呑む。
「あんまり育てるなよ、ソレ」
ふっと笑った感触に、また息を呑んだ。
「なんで?」
「可愛、がられて、る、ことが、丸バレじゃ、ね?」
くちゅ、と押し潰されて、シートを掴んだ。
声、半分笑って、余裕じゃね、オマエ?
「実にソソラレルアイデアじゃねェ?」
似た様な口調。
ほーう、そうきたか。

「わかっ、た、オ、マエの、も、育ててやる、」
揺れる声。
防音だよなコレ?
きゅ、と吸い上げられて、舐められて。
ひく、と上体が揺れた。

唇が浮かせられた。
「セート、」
「なぁァん?」
甘えた声、ネコ撫で声。
肌に触れるギリギリの距離で囁かれて、ぞくり、と背中に電気が走った。
鎖骨をきゅ、っと吸い上げられて、閉じていた目を開いた。

「なぁん、コーザ?」
あーなんだクソ。
潤んでるじゃねェの、視界。
参ったねえ、キモチイイよ。
「痕つけちまうかも。なるべく努力するけどな、」
「きょ、は、ゆるす、」
低くて優しい、甘い声に笑う。

くっと唇が喉元に移っていった。
「あしたは?」
「かるく、なら、」
甘えた声。
確信犯め。

「わかった、ありがとう」
きゅ、とタイヤが止まった音。
…着いたか?
…着いたぞ?
「…なぁ、コーザ」
蕩けたオトコの声に負けてないねェ。
ぺろ、と喉を舐められた。
「着いたな、」

「オマエのドライヴァ、困ってンじゃね?」
あーあ、掠れてンね、声。
「ん?平気平気」
「慣れてる、ってか?」
にぃ、と笑みを刻む。
ちゅる、と耳朶を含まれた。
ああ、わかった、ニーサンが悪かった。
はぁ、と甘い息を吐いた。

「ダァリン、こんなトコはヤダ、」
く、と抱き寄せられて笑っていた。
「じゃあ、抱えてく」
ドアが開いて、さぁ、と冷たい外気に肌が触れた。
「あースキにしてくれ」
くて、と身体を預けた。
「すきだよ、セト」
「知ってる、けどもっと教えろ、」

抱き上げられて、すい、と車から下ろされた。
顔をオトコの首筋に埋めて歯を食い込ませた。
エレヴェータまで一直線、なるほど、視線はセキュリティカメラだけか。
「ヒミツデェトには完璧、――――−って」
跳ねたコーザの声に笑った。
「天国まで直行、ありがたいねえ」




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