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 エレヴェータの中では、ただ抱いているだけで満足した。
 たとえ無人カメラのレンズにもセトを晒したくないなと思う辺り、ヤキが周った、といえばまったく語弊ないじゃねえのな。
 自分でも笑えるが、まあいいや。
 
 首筋、柔らかな髪がさらさらとかすめ。クスクスと機嫌よく笑う声が響いた。
 肌蹴けさせたままのシャツが、とろりとした質感で腕に触れていた。
 すう、と直接に目指すフロアまで鉄の箱が上がっていき、扉が開いた。
 
 「到着、」
 扉の前にそのまま進み。
 「セート、ちょいとカード出して」
 「どこ?」
 言葉を返してきたセトの頭にとん、と頤で触れる。
 「胸ポケット?」
 ほわん、とした声と一緒に、ジャケットの内側に手が差し入れられて、がさがさと引っ掻き回される。
 「そう、内ポケット。さっき戻しちまったから」
 本日、ガンの携帯はしておりません、あしからず。
 「あった、」
 「あけてくれると助かる、」
 「モチロン、」
 
 ちゅ、とそのまま髪に口付ければ、扉が開き。
 「お風呂は?入らせてくれんのか?」
 そう笑いながら言ってくるのを耳にしてまた笑い出しそうになった。
 「そういわれるとさ?いま廊下で剥いちまえとか考えてたの見透かされたか?って思うな」
 冗談交じりで返しながら、そのままリヴィングル―ムへと連れて行く。
 「とりあえず、オレンジジュース1杯と、風呂だけ先に。栄養補給は後でいいからサ」
 やんわりと首筋に歯をたてて、そういうことを言うか、このおーじ様は。
 
 「はい、どうぞ」
 する、と腕を解きやたらとデカイ3人掛けのソファにそっと降ろし。
 窓辺、セッティングされていたテーブルを見遣る。
 あぁ、おれの優秀な部下共め。
 バトラーを呼び込んでセッティングをさせれば自分たちも雲隠れ、か。まだ、連中が消えて1―2分ってとこだな。
 「セト、」
 「うわ、エライ!」
 視線を同じ方向へ流し、セトが満面の笑み、ってのを浮かべていた。
 「やっぱり、途中でヘタるのはつまんねェじゃねェの」
 そして、そんなことを言いながら、笑みを乗せたままの眼差しが返された。
 
 「どうする?向こうで食うか、ここまで持ってきてやろうか?」
 「向こう行くさ」
 額に落ちかかる髪を指で絡めていたなら、手を差し出された。
 「オーケイ」
 手を引き上げ、立たせる。
 そのまえに。
 でもさ、キスさせろ。
 
 
 
 柔らかな瞳が、近づいてくる。
 目を閉じて、唇を啄んだ。
 空いている手を伸ばし、オトコの頬に触れる。
 馴染み始めたオトコの骨格の感触。
 つる、と唇の内側を少しだけ、舌先で擽られて笑った。
 ああ、オマエのとても忍耐深いトコロ。
 すげえ感謝してる。
 つか、それが無かったら…オマエとこうはなってなかったんだろうなぁ。
 
 リズムを崩されるのが嫌だ、というよりは。
 物事に順序を立てるには理由があって。それが尊重されないのが嫌なんだろう。
 バレエ最優先、以降その他。
 それだけのことなのに、いままで理解されることはなかった。
 いつも、理解できたフリをされて、最後にはこんがらがって、ジ・エンド。
 恋愛とはそんなもんだろう、とどこかで諦めていた節があった、オレの中で。
 
 やんわりと一瞬だけ舌を絡められて。
 そうっと解かれる口付け。
 目を開けて、オトコの目を見遣る。
 薄っすらと笑みを浮べているようなキャッツアイ。
 すい、と肩甲骨辺りを押され、促された。
 
 「…いま流されちまうのはカンタンなんだよなァ」
 歩き出しながら、ゆっくりとコトバを落とす。
 「ダイジョウブ、引き止めるから」
 優しい声に、どうしようもなくアイジョウが湧き上がる。
 ああ、やっぱり。オマエは他と違うんだな。
 First thing first、最初にやることはやれ。
 「…オレにはオマエのほうが奇跡だよ、」
 微笑みを浮かべる。
 「ハ!!」
 小さく笑ったオトコが、椅子を引いてくれた。
 
 座って、離れていくオトコの腕にするりと手を滑らせた。
 すい、と目が光を過ぎらせた。
 カチ、と僅かな音だけで、銀のプレートカヴァを外された。
 覆いの中からは、トマトとハムのパスタ。
 あっさりとしたコンソメ仕立てのシーフードのスープと。
 サイドにはフルーツ・サラダ。
 グラス1杯のオレンジジュース。
 デザートには、ハチミツの入ったヨーグルト。
 必要な蛋白質と、糖質と、ミネラル類とヴィタミン。
 油は少なめの、いいサパーだ。
 
 「…誰かダンサーの知り合いがいたのか?」
 「出来るだけ、あンたの食事に近づけたつもり」
 にこお、と笑ったオトコに笑いかける。
 「パーフェクト!」
 コーザの方には、ワインのボトルが1本と、かりっとしたトーストにキャビア。
 ああ、付き合ってくれるのか、やっぱりオマエ、最高だよ。
 
 ワインのコルクが抜ける音がした。
 「あ、ワインもダメなんだよな?」
 「ああ、ゴメンな。仲間の連中には、呑んでるヤツもいるけどね。オレは関節が固くなるからアルコールは避けてる」
 「オーケイ」
 「18までに大体呑んだしな、」
 にっこりと笑ったオトコに、にやり、としてみせる。
 「聖人君子にゃ女神も惚れないって」
 ステキなコトバだな、コーザ。
 「注ごうか?」
 くっくと喉の奥で笑う。
 「ん?いいよ」
 コーザが視線を落として、自分のグラスを満たし。オレのグラスにもほんの少し注いだ。
 
 「でも、まぁ。乾杯だけ付き合えな?」
 「モチロン」
 「呑まなくていいから」
 「唇を濡らす程度でなら」
 手渡されたグラスを受け取った。
 「トースト、オマエが言う?」
 「じゃあ、"奇跡に"」
 そう言って、ティンとグラスを合わせてからコーザが笑い出した。
 「チァーズ、」
 く、とグラスを傾けて、芳醇な赤の液体で唇を濡らす。
 グラスを置いて、唇を舐めた。
 
 「いかがでしたか?」
 まったりとした甘味、濃い目の渋み。深いアロマに記憶を辿る。
 にこっと笑ったオトコに、笑いかける。
 「いいワインだ、」
 「そりゃあね?良い年のだから」
 「そんな味だ、」
 「セトと同じ生まれ年」
 そう言って、くいっと飲み干したオトコに、うーわ、と小さく笑い声を上げる。
 「オマエ、オレよりロマンティストかもよ、コーザ?」
 笑いながら、オレンジジュースを半分ほど飲み干す。
 
 「言ったろ?大体おれの家業はロマンチストじゃなきゃ死んでるの」
 くくっと笑ったオトコに、あのオトウトもそうなのだろうか、と一瞬考えて。
 実は、アイツが一番ロマンティストなのかもしれない、と思い直す。
 なんていったって、オレのスウィート・ベイビィ・サンジの伴侶ってのをやってるのだから。
 ふわふわの仔猫のように甘えん坊のクセに、実はそうとうリアリストな弟の面影を思い出して、それを内に追いやった。
 
 「それじゃ、イタダキマス」
 「どうぞ、」
 片手を握って唇に押し当ててから、フォークでパスタを絡め取った。
 コーザも豪快にキャビアをトーストに乗っけて、優雅な動作で口に運び始めた。
 「あァ、味見する?」
 する、とキャビアを指で掬い、すう、と差し出してきた。
 ぺろり、と唇を舐めてから、その指を口に入れる。
 キャビアは、ビタミンA、B、Eにレシチン、カリウム、リンが豊富……で。
 舌先で指から粒粒を舐めとって、そのまま舌で押し潰してから咀嚼する。
 塩気と甘味に、うっとりと目を細める。
 「コレストロール高いから、あんまり食えないけどな、」
 
 「ヴェルーガ。美味い?」
 甘い声に、頷く。
 「オマエの指からだとなお美味い、」
 ぺろり、ともう一度唇を舐めてから、またパスタに戻る。
 にっこりと笑ったコーザが、ワインのグラスを傾けた。
 
 ダンサーをやっていて大変なのは。
 この世の中、美味いものがけっこうたくさんあって。
 それを好きなだけ、好きなものを食えない、ということ。
 踊りを最優先事項にセットした時点で、諦めなきゃいけないけれど。
 それでもまだ誘惑は多い。
 けれど。
 
 「あとでもっとくれな?」
 にっこりと笑う。
 「キャビアじゃなくて、オマエの指」
 きっとキャビアより美味いだろ。
 オレが舐めた指を、コーザが音を立てて口付けた。
 仕種に幾重にも取りうる意味を読み取り、笑う。
 
 あーあ。参ったねェ。愛情が湧きあがるばかり、だ。
 
 
 
 
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